第11話 出張。





 クアロは、ご機嫌斜めのルアンを見る。小さな少女に手を引かれ、中腰になって廊下を歩いた。


「……ボス、何の話をするのかしら。私まで呼ぶなんて」

「子守りだからじゃない? それか、ガリアンの入試験」


 会話を試みてみると、ルアンは歩調を緩めてクアロを見上げる。

 八つ当たりされなかったことに、クアロは密かに胸を撫で下ろした。

 ルアンの子守りを始めて早一ヶ月。ルアンと兄弟の不仲は、改善されていない。ギクシャクしたままだ。


「試験はまだでしょ……少なくとも数ヵ月はまだギアの特訓しなきゃ」


 ルアンがガリアンに入るためには、試験をするようレアンに言われている。ギアの特訓は、そのためだ。


「したっぱよりは、ギア使えるようになったでしょ?」

「まぁ、それは、認めるわ」


 ルアンのギアの上達は、クアロも認める。先程の素早いギアの発動も、ガリアンに入ることを認められる技だ。


「でも最初に話したでしょ。ルーはちゃんと七光りじゃないと示さなきゃ。したっぱよりはギアが使える程度じゃ、ガリアンのゲスどもは納得しない。ルーは女の子なんだし、尚更力を知らしめなきゃ。……ドSなら、好きでしょ」


 ボスの娘が何の実力もなく入ったと考え、不満で問題が起きるかもしれない。

 それを阻止するために、ルアンは納得させられるほどの功績を手に入れなければならない。それがレアンからの試験。


「まぁ、圧倒的な力を知らしめるのは、楽しそう」


 人をひれ伏すことが楽しいと思っているルアンの鬼畜っぷりは、きっと父親譲りだとクアロは思った。

 圧倒的な力を持つレアンは、ガリアンの支配者だ。その素質を受け継いだに違いない。

 将来ルアンが部下を全員ひれ伏せて、見下しながら笑う姿が簡単に想像でき、クアロは身震いした。

 そんな未来にならないように、クアロが防がなくてはならない。ラアンとロアンはまともに会話も出来きないため、ルアンの性格を改善できるわけがない。

 似た性格のレアンは、論外だろう。

 クアロしかいない。

 正義感で働いていると自負している。自分が一番まともな影響を与えなくてはいけない。

 クアロはルアンに好かれているとも自負している。だから素直に受け入れてくれるはずだろう。


「なに?」


 斜め前を歩く小さなルアンを、黙って見つめてしまう。振り返ってきたルアンに、クアロは少し焦った。


「もしかしたら、ボスが私にデートの誘いをするのかもと思ってね!」


 焦りを拭うように、クアロは自分の髪を撫でて決め顔を向ける。ルアンからは呆れた眼差しが返ってきた。


「アンタ、昨日"おかえりなさいダーリン"って出迎えたら、右ストレート食らったじゃん。懲りろよ」

「いつかはやっておかなくちゃと思って……」


 非番の日は、ルアンの家に入り浸っている。当然、レアンがその家に帰ってくるのだ。想いを寄せているクアロは新妻を真似て出迎えたが、見事に右ストレートで拒絶された。

 それでもめげていないクアロに「今日はやめとけ」とルアンは釘をさす。

 また前を向いて歩くルアン。後ろがはねている栗色の髪、ベストを着た背中と手をポケットに入れたズボン。男の子にしか見えない後ろ姿。


「おーい、やめとけって」


 振り返り顔を上げたルアンは、大きな翡翠の瞳で見上げた。それを見ると、女の子らしいと思え、クアロは口元を緩めた。

 不可解そうに眉間にシワを寄せたルアンが、それに勘づく前に頭を撫でるように前を向かせる。


「今日はやめておくわ」


 ルアンに笑って伝え、レアンの部屋の扉をノックした。返事がないのは、いつものこと。押し開ければ、ダークブラウンの大きなチェアに座り、頬杖をついていたレアンが目に入った。

 右手で頬杖をついて書類をつまらなそうに見ていたレアンは、ダークブラウンの髪をオールバックに決めている。そんなクールな姿にときめき、クアロは胸を押さえて扉に凭れた。

 そんなクアロを、ルアンもレアンも無視をする。


「座れ」


 レアンは顎で前にあるチェアを差し、低い声で告げた。

 ルアンは返事をせずに、ひょいと飛び乗る。小さなルアンの足は床に届かず、ぷらぷらと揺らされた。

 心を落ち着かせたクアロは、そのルアンの後ろに立つ。


「出張する。午後には発つ」

「出張?」

「ここから3日かかる南の街に、強盗団がいるらしい。奴を捕まえろと依頼がきた」


 ガリアンの出動依頼。

 時折、他の街から守ってもらったり、罪人を捕獲もらおうと、ギア使いのガリアンに依頼がくる。


「3日もかかる街に向かうのですか? なんでまた……」

「儲かるからに決まってるだろ」

「そうだ、大金が払われなきゃ行かないだろ」


 クアロの疑問に、レアンとルアンは依頼料のためだと言い切った。


「確か、国王陛下に認められてから、出張サービスを始めたんですよね」


 ルアンは頬杖をついて確認する。

 自警組織であるガリアンは、主に街の治安を守り、捕まえた罪人を監獄に収容。

 手練れのギア使い揃いのガリアンの噂は、国王の耳まで届いて、一度城に招かれたことがある。

 国王に実力も存在も認められたことは、囁かれるように国中に噂が広がった。

 金に余裕がある街だけが、事件を解決してもらおうと、徐々に依頼がくるようになったのだ。


「ああ。国王のお墨付き、そして実力を噂で聞いて、依頼したんだろ。なんでも、強盗団が街に居座っているらしい」


 その依頼の手紙をレアンは、机に向かって放り投げた。

 ガリアンは、街の住人の信頼と国王の承認がなければ、人を監禁して金品を奪い取る新手の犯罪組織だ。自警組織と認められて何よりだ。


「そ、それで? その強盗退治がルアンの試験ですか?」


 少し早い気もするが、クアロは期待して問う。

 通常、強盗団を相手するのは、レアンが率いる精鋭部隊こと幹部。レアンとともに強盗退治をするのならば、ルアンの心配もない。更にはクアロも同行が許され、レアンと出張が出来る。

 その期待が不快だと、レアンが机の上の羽ペンをダーツのように投げた。それがクアロの首を掠め、扉に突き刺さった。


「試験はまだだ。今回はオレと精鋭部隊で捩じ伏せる。ラアンとゼアスは残す。精鋭部隊が出払う分、警備を強化する。留守中は門番やれ」

「あ、はい……」


 淡々と告げるレアンに、首を擦りながらもクアロは返事をする。それからルアンに目を向けた。

 クアロが毎日門番の仕事をするのなら、必然的にルアンも監獄に入り浸ることになる。


「それからルアンの子守りは24時間やれ」

「えっ」


 門番の仕事だけでもなく、子守りも増幅を告げられてクアロは顔をひきつらせた。

 クアロは朝から夕方まで門番の担当だ。子守りもレアンが、自宅に帰る夕方まで。


「よ、夜は……どうしろと?」

「ルアンの部屋にでも泊まれ」

「……」


 24時間ルアンから離れるなと、命令が下った。24時間働き詰めだ。よろめいたクアロは、ルアンの椅子にしがみつく。


「ボス……精鋭部隊とボスが不在だと知ると、囚人の脱走が多くなるので……ルアンの子守りは他に」


 どうせ却下されるとわかっていながら、クアロは一応言ってみる。

 レアンが不在。その噂を耳にするだけで、逃げ切れると思い込む傾向があり、脱獄が増える。そんな忙しい留守番中に、ルアンの面倒を四六時中見るのは負担が大きい。


「は? 今とそう変わらねぇだろ。つべこべ言わずやれ」


 予想通り、却下される。

 レアンと会えないこともあり、クアロは涙目になった。

 追い討ちに「次ルアンを拉致られたら、ただじゃ済ませねぇぞ」とレアンから脅しを受ける。それからもう用がないと言わんばかりに、手を振られた。

 とぼとぼとクアロは、ルアンと一緒に部屋を出る。これからの疲労を考えると憂鬱。


「クアロはオンボロアパートで一人暮らしだっけ?」

「オンボロは余計よ」

「いいじゃん、広い屋敷にお泊まり。夜はふかふかベッドに寝るだけだよ。あたしのベッドでいいでしょ? 前も寝たし」

「……」


 ため息をつけば、ルアンがクアロの手を取り、歩き出す。今度はクアロが中腰にならないように、ルアンが頭の上で引いていく。

 軽い足取り。ルアンはお泊まり会と判断しているようだ。実際、ダーレオク家で事件は起きにくい。24時間仕事だと思わない方が、気が楽になるだろう。


「ルーのベッドなら、悪くないかもね」


 疲れ果てて一緒にベッドで眠りに落ちた時を思い出して、クアロは口を緩ませる。あの日から、ルアンは心を開いてくれた。

 手を繋いだまま、歩いていく。小さな手を見つめた。

 クアロは、ルアンに好かれていると自負している。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る