第8話 本の虫。




 ルアン・ダーレオクは、本の虫である。

 クアロがいても、本を読んで過ごすことが多い。どれも分厚く、子ども向けではないそれを読み耽る。

 ルアンは物語に対して、涙脆い。

 部屋の窓のそばで椅子に座り、本を読んでいたかと思えば、静かに涙を落とした。

 ベッドに腰を掛けていたクアロは驚き、目を丸めた。


「なに、泣いてるの?」

「ん……悲しくて」

「……」


 泣くことを嫌がっていたルアンが、本を読んで平然と涙を流す。そのことが理解できず、クアロは顔をしかめた。


「昔から、物語には素直に泣けるの」


 ルアンは問われなくとも答える。


「物語に涙を流すのは、家族の中で私だけだった」


 文字を追うことを止めたルアンの瞳は、遠くを見つめるように絨毯に向けられた。


「血の繋がり以外、共通するものが見当たらなかったから……だから、孤独だった」


 呟くように静かに、ルアンは言う。

 物語には涙を流す。しかし、孤独には泣こうとしない。

 そんなルアンを見ていたクアロは、やがて告げた。


「ガリアンに入れば、一緒に働ける。仕事が共通点になるじゃない」


 涙で濡れた瞳を向けると、ルアンはただ微笑むだけで、なにも言わない。


「……ああ……また、前世の話ね」


 クアロは、前世の家族の話をしたのだと悟る。昔から、と言う時は前世の話。

 読書を続けるルアンを少しの間だけ見つめてから、問う。


「前世の家族は……どんな家族だったの?」


 クアロの琥珀色の瞳を見つめると、静かにルアンは答える。


「心から、寄り添うことが出来なかった」


 そして、また文字を追って読んだ。そのあとも、翡翠の瞳から涙が落ちる。

 それがクアロが、ルアンの前世について訊いた、初めての日だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る