第5話 リトルブッチャーズ



「そ、そうだ、解体して肉を焼かなきゃ……。でも今からだと大分遅くなっちゃうかな……」。


 我に返ったようにひとちるチェリー。


 いくら彼女のたくましすぎる腕でも、モンスターの解体となると手間がかかることは簡単に予想できる。


「ポケット、なんかいいアイテムはないのか ? 」。


 コウが腹部のウエストバッグに声をかけた。


「ありますよ。アイテムナンバー029『肉はそのいのちでリトル・ある血のあるままで食べてはならブッチャーズない』」。


 ウエストバッグから、にゅるりと木製の箱が出て来た。


 サイズは1メートル四方。


 その一面には小さな扉がついている。


 それがゆっくりと開き、中から身長30センチほどの可愛らしい男の子の人形が列をなして出てきた。


 そして一列にドラゴンの死体へと向かって行く。


 その数は20体ほどで、手には分厚い肉切り包丁を持っている。


「生き物の死体を加食部分と素材部分に分けて解体し、血抜きまでしてくれます。食べきれない肉は箱の中で燻製や干し肉にして保存してくれるというキャンパーがこのアイテムを所持している人から殺してでも奪い取りたくなる逸品です。ただ代償として、たまに反乱を起こして襲い掛かってきます」。


「……その確率は ? 」。


 小人達が血まみれの肉包丁を振るう度に、どんどんドラゴンがその形を失っていく様をコウは血の気がひいた顔で見る。


「このアイテムの場合は確率ではありません。彼らの視界の範囲内である行動をとると、その行為者達を解体しにきます」。


「……それなら気を付けていれば大丈夫そうだな。で、その『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』発言みたいな革命のきっかけはなんだ ? 」。


「男女がイチャイチャすることです」。


「お前らの製作者ってこの世界の人間だよな ? ホラー映画なんて見たことないよな ? 」。


 古いホラー映画の定番で、それを逆手にとってもはやコメディとして扱われることもある法則。


 イチャつく男女は怪物に殺される。


 その行為がこの恐ろしい人形達を暴走させるスイッチだと聞いて、コウは呆れるとともに勝利を確信する。


「ふふ、ならば大丈夫だな。この場にいるのは今日初めて出会った俺とチェリーだけ。決してベタベタするような関係じゃ……」。


「ねえ、コウ。今日は本当にありがとう……。命を救ってもらったし、それにさっき私のことを必死で守ってくれて……。私、男の人に守ってもらえたの初めてで……すごく嬉しくて……やだ、何言ってるんだろう私……」。


 顔を赤くして、大きな身体をくねらせながら、じりじりとチェリーがにじり寄ってくる。


 ピタリ、と人形の一体が解体の手を止めて、ぐるりと顔だけこちらを向く。


(本当に何を言い出すんだ !? さっきの会話を聞いてなかったのか !? )。


「た、たいしたことないよ。それより俺は枯れ木の枝でも集めてくるよ。料理するなら火を起こさなきゃならないしな」。


(ここはこの場を離脱だ ! )。


「えっ ? 木片ならここにたくさん落ちてるじゃない」。


 コウは気づかなかったが、周囲にはチェリーが少し前に使った魔法の余波で、砕け散った木の欠片が散乱していた。


「そ、そうだな。じゃあ少し辺りを見回ってくるよ。血の臭いにひかれて、獣やモンスターが近くにきてるかもしれないし」。


「ダメよ ! 暗い中、一人で行動するなんて危険よ ! 」。


 転移者であるために夜の森の危険性を理解していないと思ったのか、チェリーは駆けだそうとするコウの手を咄嗟に掴んだ。


 ゆっくりと振り返るコウ。


 二人は手をつないだまま、見つめ合う。


 鼓動が速くなっていく。


 チェリーは初めて男性と手をつないで、見つめ合うから。


 コウは二体目の人形が動きを止めて、こちらを見たから。


「み、見回りなら私が行ってくるから !! 」。


 その空気に耐えられなくなったのはチェリーだった。


 彼女は顔を押さえながら、茂みへと飛び込んで行く。


 それを確認して、人形達も再びモンスターの解体作業へと戻る。


 コウはその場にへたり込んだ。


「助かった……のか ? 」。


「彼女の純情さに助けられましたね」。


「……お前の中に入ってるアイテム、リスクありすぎだろ。製作者は何考えて作ったんだ ? 」。


「『退屈な日常に刺激を』が偉大なる製作者様の理念です」。


 コウは軽く溜息を吐いてから、少し考える。


「……いや、俺の考えは違うな。製作者にはそんな理念などない」。


「どういうことですか ? 」。


「海外ドラマで鍛えた俺のプロファイリングによると、カギになるのは初めに使ったアイテム、『愛の経口回復薬ラヴポーション』だ。あの口移しで飲ませないと効果がない回復薬を作ったのは使用後の人間関係にマリアナ海溝よりも深い溝を作ろうという悪意じゃない。むしろ逆だ」。


「……と言うと ? 」。


「善意だ。おそらく本気で『きっときずついた女の子を男の子がキスでたすけてあげたら、そこから恋がはじまるんだょお☆』とか考えて作成したんだ。そうだとするとそいつは人間関係、特に男女の心の機微などまるで理解できていない。きっと他人と触れ合うことの無い環境で、アイテムを作り続けたんだ。人間というものを想像しながらな。……悲しい女だ」。


「……どうして製作者様が女性だと思うんですか ? 」。


「特に理由はない。だがこれだけ生活に便利なアイテムを作るのは女の子っぽいと思っただけだ。結論として『ライオンさんとウサギさんは仲良しで、一緒にマシュマロを食べているんだょお♡』と考えているようなふんわりした女の子が製作者というのが、俺の予想だ。そして今からそれを確かめる」。


「確かめる ? 」。


「今からアイテムボックスおまえの中から『性的なアイテム』を取り出す。それがドン引きするような生々しいものなら男、夢見がちなカワイイものなら女だ ! 」。


 そう言うや否や、コウはアイテムボックスポケットに手を突っ込んだ。


「やめなさい !! 私の中にそんな卑猥なアイテムはありません !! 」。


「……どうだかな ! 出てこい !! 最も性的なアイテムよ !! 」。


 取り出されたコウの手には、白いシャツの袖に包まれた誰かの腕が握られていた。


 にゅるりと全身がアイテムボックスから取り出されて、目の前の地面に倒れこむ。


「……これは……マネキン ? 」。


「いいから、早くしまいなさい !! 」。


 わめくアイテムボックスを無視して、コウはそれを観察する。


 白く無駄にヒラヒラのついた貴族らしいシャツに、黒い革製の細身のズボン。


 髪の毛はサラサラの金色。


 虚ろに開いた瞳は碧眼。


「美少女……いや美少年か ? 思ったよりヤバそうなのが出て来たな……」。


 コウは息を飲む。


「……起動シマス」。


 無機質な声がした。


 そして目の前の人形はゆっくりと立ち上がる。


 肌はまるで生きている人間と変わらない質感だ。


「エイプリル、今日モ、カワイイ、ネ」。


 人形はコウの方を向いて、ニッコリと笑って、近づいてくる。


「……確定だな。アイテム製作者の名前はエイプリル。金髪碧眼の美少年がタイプで、理想の少年を動く人形にしてしまうような恐ろしい女だ……」。


「ちがいます ! これはあなたの前にアイテムボックスわたしの持ち主となった女性の私物です ! 決して崇高なる製作者様が作ったアイテムではありません !! 」。


「あ、うん。なんかごめんね。被造物としては思うところあるよね。自分を作った人間の恥ずかしいところを見せられて……」。


「ちがうって言ってるだろ !! ぶっ殺すぞ !! てめえ !! 」。


 しゅるり、とコウの腰にまかれたウエストバッグのベルトが解かれ、二本のそれは首元へと向かい、再び締まった。


「ぐえっ !! 何するんだ !? 」。


「忘れろ ! 忘れないと殺す !! 」。


 その時、がさがさと茂みが揺れて、ようやく落ち着いたチェリーが帰ってきた。


 首を絞められて苦しむコウの姿に驚いて、駆け寄ると何事もなかったかのように、ウエストバッグ型のアイテムボックスは元のように腰に戻った。


「どうしたの ? ポケットさんと喧嘩でもしたの ? 」。


「いや、なんでもないよ。あまり他人の趣味を探るのは良くないってことだな」。


 そう言いながら、金髪碧眼の等身大人形をアイテムボックスにしまうコウ。


「 ? 」。


「それより解体も終わったみたいだ。ご飯にしよう」。


「そうね。今、火を起こすわ」。


 チェリーは手近に落ちている木片をコウと一緒に集める。


(おかしいわね。遠目に見た時は人間に首を絞められているように見えたんだけどな…… ? )。


 機嫌を損ねたのか、喋らなくなったポケットをチェリーは訝しげに見つめた。



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