第5話 頂上にて蛟と怪鳥と一角獣と狼

 頂上は良い眺め……ではなかった。霧が立ち込め、方角さえ見失いそうになる。なるほど、この辺りでひときわ高い山であるのに、物見にも使われていないのは、魔物が跋扈するからだけではなく、常に霧に包まれているからか。


「よし、やはりここが良い。契約するなら頂上でなければ」


 竜王さまが満足する理由を聞いてみたいが、やはり長くなりそうなので、シファはやめておく。


「さて、それでは、我のオススメの精霊を紹介するとするか! もちろん一番のオススメはこの我であるが」


 ドンと胸を張る竜王さまに、シファは間に合っておりますとまた言いそうになったが、耐えた。それを期待に満ちて待っていると良い方向に勘違いしたらしい竜王さまは、もったいぶって続けた。


「我の次と言えば、こやつであろう! 来るがいい!」


 竜王さまが天に向かって何事か吠える。人間には分からない言葉で呼びかけられそれに答えたのは凄まじい嵐であった。


 シファはすぐさま結界を強化する。


 嵐と共に現れたのは、大きな蛟であった。


 シファの前にとぐろを巻くのに、風が巻き起こり雨がざんざと降り注ぐ。

 シファは、巧みに風を読み、結界と魔法で流れを整えて自分の立ち位置を確保する。


 その技に竜王さまも新たに現れた蛟も感心したらしい。


「ほう、前の奴もなかなかの使い手であったが、そなたもやるものだな! おお、お前も娘が気に入ったか!」


 蛟が嬉しそうに体を揺するのに、シファは申し訳なくなるが、きっぱりと言う。


「私には、大きくて強くていらっしゃる方は身に余ります」


「あっ」


 竜王は、はたと我に帰ったようだ。そうしてすまなさそうに何事か蛟に言う。


 すると蛟はくてっと地面に伸びてしまった。そうして、シファに尻尾の先でそおっと触れたかと思うと、突然消えてしまった。


 後には泥が残るばかり。


「ふむ。奴め、拗ねてしまったようだ。悪いことをしたな」


 反省する竜王さまを前に、シファは今回は諦めようかと下山の算段を始める。


「そう言えばそなたの求めるものを聞いていなかった。申してみよ」


 ようやくこちらの話を聞いてくださる竜王さまに、シファはホッとしながら申し上げる。


「ある人の護衛をお願いしたいのです。その人は街におりますから、人の街におりても騒ぎにならぬような、目立たない精霊を探したいのでございます」


 竜王さまの気が変わらぬうちにとシファは言い募る。


「小さくて目立たなくて、たとえ人に見られても不自然ではない……、商隊を襲う盗賊や魔物からその人を守ってくださるそんな精霊を、私は望みます」


 竜王さまは拍子抜けしたらしい。


「そんなのでいいのか? 精霊でなくとも人で事足りるのではないか?」


 先ほどの蛟は一国を沼の底にしずめたこともあるのだが、と言う竜王さまに、シファは、首を振る。


「そのような大きな力は困ります。人を雇うのも考えましたが、それはあちらも遠慮なさいますし」


「ならば、其奴自身が契約に来れば良いのでは?」


「その方は魔力がほとんどございませんから精霊と契約は無理でございましょう」


「ふーん、なるほど」


 分かったような分からんような。とブツブツ言いながら竜王は独りごちる。


「これも人の理というものであるのか? 前の奴といい、我はやはり人の考えることは分からぬ」


 いえ、おそらく「前の奴にいさま」が考えていることは、同じ人間でもあまり分からないと思います、とシファは言いたくなったが、黙っておいた。自分も考えていることが分からないとよく言われているが、それは棚に上げておく。


「人型などはおられますか?」


「人型。おるにはおるが……あまり勧めぬ」


「それは何故でございましょうか?」


 カイルは人型を連れていたが、何か問題があるのだろうか?


 竜王は言う。


「人型は、確かに町で紛れようが、人が突然消えたり現れたりしたらそれこそ騒ぎになるだろう?」


 その辺をうまくやる精霊はそうおらんから、という説明にシファは納得する。


 カイルの精霊がすぐ消えたのはその辺の都合もあったのだろうか。


「人型はそれを嫌い、山を降りたがらぬからなあ」


 では、カイルに着いて山を降りたあの精霊は、特別カイルに執着を持ったのか?

 シファは、心の端から嫌な気分が顔を出すのを感じ、自分の嫉妬深さに改めてあきれるのだった。


 そんなシファには気付かず、竜王さまは、そうだ、と良いことを思いついたと嬉しそうにシファに問う。


「街に獣はおるか?」


「獣、でございますか? 人間以外の動物と言えば」


 シファは思いつくままに挙げる。


「鳥、犬、猫、家畜でしたら牛、山羊、馬、うさぎ……」


 なるほど、と竜王はいい、そしてまた虚空に向かって何事か吠える。


 すると今度は四方八方から、羽ばたきやら嘶く声やら吠える声やら、いっぺんに押し寄せてきた。


 ばさりと大きな羽を落としながら怪鳥が、頭を振り乱しながら一角獣が、そして最後に唸りながら四頭の狼が現れた。


「どうだ! これなら街に出ても騒ぎになるまい!」


 胸を張る竜王の元に、猛々しい精霊たちが勢揃いする。


 こんなの一頭だって街に現れれば大騒ぎであろう。シファは内心がっかりするが、せっかく竜王さまが呼んでくださったのである。一頭一頭じっくりと見てみる。


 怪鳥はだめだ。先ほどの蛟には及ばないが、羽を広げれば小さな家一軒くらいの横幅である。竜王さまより小さいが、人からすれば十分大きい。


 一角獣は、ツノさえなければ普通の馬……より一回り大きいが、まあ馬と言えなくもない。しかし、やはりこのツノは目立つ。その上、現れてからずっと前足で地面を掻いていて、どうも気が荒そうである。よって却下。


 最後に四頭の狼を見る。


 ほわり、と白い明かりを灯したような、毛の塊が四つ。四頭揃っておすわりをして、それぞれの方向を見ている。シファが近づいても唸ることもなく、時折ちらっとシファを見る。


 シファは竜王さまを見る。


「おお、其奴らは四頭で一つの精霊だ。水、風、火、土と四属性揃ってお得だぞ」


 まるで露天の店主のような説明に、シファは精霊ってそんな風に紹介されるものだったかしらと思いながらも、四頭にさらに近づく。


 一頭に手をやると、体を擦り付けてきた。順番に、撫でてやると気持ちよさそうにしている。


 シファは決断する。

 これは、犬。犬に見えなくなくもないから、これにしよう。時間もないし。


「竜王さま、私この狼たちと、契約を結びたく思います」


「ほう、そうか! 我のオススメは役に立ったか!」


 竜王さまは嬉しそうにいい、怪鳥と一角獣はつまらなさそうに一鳴きすると、やがていつのまにかいなくなった。


「でも竜王さま、契約とはどのように行うものですか?」


「何、簡単だ、そなたが其奴らに名前をつけてやれ。良い名前を呼んでやれ。それだけで良い」


「名前……」


 考えてなかった。しかも四つもなんて。今? 考えるのかしら? ここで?


 困惑するシファは必死で頭を回転させた。

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