第2.5節【目――インチーナ】

 額に突き付けられた銃口は、既に体温と同等になっていてぬるい。

 震えた手で掴まれたそれは、手で払えばすぐに飛んで行きそうだった。

 けれど、私にはそれを出来る力が既に残っていない。

 然り、私はそんな人間であった。


 夢を見ていた。

 偽りで作られた、桃色の髪が肩にかかっているのを見る。

 思い出したくもない世界を思い出して、絶望が始まる。


 ∽


 何となく始めたコンビニでのアルバイト。

 客や店長に与えられた仕事を、言われるがままにこなして行く。

 おにぎりを棚に置いて、レジに立ち、裏表紙に下らない広告が印刷された漫画雑誌を棚に並べて、レジに立って――。

 惰性で日々を繰り返す毎日に、何かを望んだのは言うまでもない。

 変化を望みながら、同じ事を繰り返すという矛盾した生き方を、それごと変えてしまえたら。

 レジ打ちをしながら、やはり毎日そう考えていた。

 最早これさえ日課になりつつある。


 下らない。

 雑誌の裏の出会い系サイトの広告、やたらクレームを付ける客、そして私。

 本当に下らない。


 あぁ、いっそ人生を一度終わらして欲しい。


 ドアウインドウが開き、男が店に入ってくる。

 上下黒い服、深く被ったフード、大きめのマスク。

 顔の三分の一を隠しているその男は、商品を持たずに真っ先にレジに来た。

 そして、笑ってしまうほどつまらない言葉を、つまらなそうに、私に吐いた。実際笑ってしまった。

 可笑しかった。

 今の自分の状態が、男の非才さが、望んでいた転機の訪れが。

 男の目は、私と同じ目をしていた。

 私と同じ、つまらない目をしていた。

 男が上着のポケットから銃を取り出す。


 %


 高嶺の華に恋をした。

 そう分かったのは少し前の事。

 忘れたと思っていた、あの娘の事をやっぱり思い出して、SNSで名前を検索してみたら出て来たのが、僕が通う学校よりも遥かに頭の良い学校に通っていたという事実だった。

 遠くなってしまったなと思った。

 元々近付いても無かったのに。

 彼女とは、中学生の時に出会った。

 教室の中で、一際眩しい光を放つ彼女に、憧れた。

 彼女に彼氏が出来たと聞いて、告白をするタイミングを失った。

 だから僕の恋は終わる事なく、ずっと続いた。


 たまたま行ったコンビニで、彼女を見つけた晩は、ベットの上で足をじたばたさせた。

 夢の中で、も一度会いたいと願った。

 次の日に、同じコンビニに行くと、やはり彼女はいた。

 僕の目に、数年ぶりに映った彼女の輝きは、さらに強くなっていた。

 何となく、彼女の立つレジを避けてしまった。


 %


 銃弾は脳に刺さり、思考が止まり、段々と身体の感覚も薄れていく。

 私が望んだ事の筈なのに、何故だか悲しくて、涙が出た。

 走馬灯らしき物が見えて、その中に最近よくこの店に来る男性を見つけて、あぁそうかと思う。

 中学生の時に同じクラスだった男子だ。

 確か彼は私の事を好きだったんだっけ。

 そっか。

 ――まだ好きでいてくれたんだ。


 =


 目を覚ますと、目の前には可愛い女の子が居る。

 整った顔立ちと、細長い腕と足。女子の願望を全て詰め込んだような美少女。

 白銀の長い髪は、シルクのようで触れたくなる。

 背には小さな羽が付いていて、頭には細かな粒子でできた輪がある。

 これが天使だと言わずして、何と言う。

 ふっくらとした唇が、言葉を紡ぐ。

 天使の声が私を天国へ連れて行く。


 名前を思い出せず、唯一覚えている、ゲームのプレイヤーネームを名乗る。


「私はインチーナ。一応弓使い。よろしく」

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