第24話 美しい景観の先に待つ者

「まさか、この場所を訪れる事になるとはね…」

私は歩きながら、不意に呟く。

三重のホテルで一泊した後、私達はそのまま目的地へ行くために、広島県にある平和記念公園を訪れていた。何故この場所を訪れたのかというと、最後の目的地である厳島神社へ行くためのフェリーが平和記念公園ここの敷地内にある乗り場より出航しているためである。

「“これ”を見ると、ガキの頃聞いた社会の授業を思い出すよな」

「本当に、この場所に原爆が落ちた…ってのが、よくわかるな」

一方、一緒に歩いていたはじめや健次郎も周囲の景観を眺めながら各々の感想を述べていた。

広島駅から路面電車で何駅か乗った後、私達は平和記念公園の内でも特に有名な原爆ドームの前に立っている。世界遺産に登録されている原爆ドームの付近には石碑があり、多くの観光客が目を通している。また、草木が多く在る歩きやすい公園という事もあり、子供連れ家族や散歩する高齢者の数も結構多く、都会の一角とは思えないようなのどかな光景が広がっていたのである。

 この景色を…あとで裕美と一緒に見たいな…!

私は、胸に手を当てながら、これから起こる出来事に対して緊張した面持ちだった。

「…後でまた、平和記念公園ここへちゃんと戻って来れるようにしなきゃな。…東海林しょうじも含めた、俺達4人で…」

はじめ…」

隣で声が聞こえたので振り向くと、そこで真剣な表情をしたはじめが立っていた。

その後ろでは、力強い笑顔を浮かべる健次郎の姿もある。

外川とがわ一人の問題じゃねぇから…俺達も一緒って事を、忘れるなよ?」

「うん…ありがとう…!」

私は、健次郎がかけてくれた台詞ことばに対し、懸命に笑顔を作って答える。

それは、緊張や不安が相まって、そうでもしないと気分が落ち込んでしまうからだ。加えて今の私には、花窟神社で受けた穢れの影響もある。そのため、決して油断はできない状況でもあった。


そして平和記念公園の敷地内にある乗り場より、私達は高速フェリーにて宮島へ向かう。館山じもとが海に近い場所とはいえ船に乗る機会があまりなかった私達にとって、この高速フェリーは貴重な体験だった。旧太田川を下って海へ出る光景を見ている間は、私も他の二人も、周囲の景観を楽しみ、一時緊張や不安を忘れる事ができた時間となったのである。



「よっしゃ、到着!」

世界遺産航路のフェリーに乗って数十分後――――――――――――宮島のフェリー乗り場がある桟橋に到達していた。

「流石、広島でも名高い宮島!観光客が多いなぁ…!」

「岡部…。てめぇはやっぱり、どこ行っても緊張感のないやつだな…」

周囲にいる観光客を見渡していた健次郎に対し、はじめが少し呆れていた。

 でも確かに、まだ厳島神社や他の観光地付近でないのに、賑やかだな…。でも…

一方の私も、周囲を見渡しながらあちこちに観光客ひとがいる景観に見惚れたが、感じたのはそれだけではなかった。

「あっちが確か、厳島神社へ続く表参道だよね?…何か、変なかんじが…」

「…やはり、外川おまえも感じていたか…」

私が表参道のがある方角を指さすと、はじめがそれに同調してくれた。

「きっと、表参道を抜けた先に…テンマの奴がいるに違いねぇ…!」

すると、先程まで陽気な口調で話していた健次郎が、少しだけ好戦的な笑みを浮かべていた。

やっぱり、男性陣かれらも少し緊張しているのかな…

私はそんな事を考えながら、自身の足を一歩前にふみ出す。

「行こう、二人共。まずはテンマ達を捜さないと…!」

「おう!」

「行こうぜ」

私が彼らに対して振り向きざまに告げると、健次郎もはじめもすぐに応えてくれた。

その後私達は、厳島神社もくてきちへ繋がる表参道の方へと向かい始める。


「お待ちしておりましたよ、皆様」

桟橋から歩いて数分後、目的地・厳島神社の入口にたどり着くと、そこにはテンマの姿があった。

彼は自分が視えない他の観光客達にんげんたちには目もくれない状態だったが、すぐに私達3人の視線に気が付いたようだった。

「テンマ…」

私は、真剣な表情で彼を睨み付ける。

「テンマ…裕美は無事なんだろうな?!」

「ほぉ…」

テンマは普段通りのポーカーフェイスだったが、健次郎の殺気立ったを垣間見た時、少しだけ反応していた。

しかし、すぐにいつもの表情に戻って話し始める。

「…無論ですよ、岡部様。それでは、皆様を東海林しょうじ様がいらっしゃる場所へとご案内致しましょう」

「…そうね、早く案内して頂戴」

テンマの視線が私へ向いた事に気が付いたため、その視線に答えるような台詞ことばを私は口にする。

やり取りをした後、私達は石段を上り廻廊の方へと足を踏み入れていくのであった。


「景色が変わった…?」

その後、厳島神社の境内でいう東側の廻廊を進んで行った訳だが、歩いている途中で突然周囲の景色が若干変わったような気がした。

最初は周りで他の観光客が写真を撮ったり周囲を眺めている姿があったが、どこかを通り抜けたのを境に、私達以外の姿がなくなっていたのである。

「…美沙様は以前、伏見稲荷大社で狐神達に連れ去られましたのを覚えておいでですか?」

「え?あぁ、もちろん覚えているわ」

私は、京都の伏見稲荷大社で起きた出来事を思い返しながら、テンマの問いに答える。

「…人間共の多い場所では、何かと話がしづらいと思います。ですので、“神や妖が棲む側”…という、一種の異空間をお借りしたのですよ」

「“借りた”…か」

先頭を歩くテンマが横目で話す中、はじめがポツリと耳にした単語ことばを呟く。

私は見てなかったが、その表情には疑心と憤りが宿っていたのである。

「裕美…!」

異空間となっている厳島神社の境内を進んで行くと、唯一いた私達以外の人影に気が付く。

境内で最も知られている大鳥居がよく見える場所―――――――高舞台のど真ん中に、連れ去られた裕美の姿があった。

「美沙ちゃん…皆…!」

腕を縛られた裕美は、私達の存在に気が付いてその名を呼ぶ。

「先に申し上げておきますが、現在彼女の周囲には結界が張られています。故に、現段階で彼女に触れられるのは、その結界を張ったわたしのみ…という事になりますね」

「てめぇ…!」

「そう怖い表情かおばかりしないでください、岡部様。“商談”が終われば、約束通り解放しますので」

今にも飛び出しそうだった健次郎に対し、テンマは不気味な笑みを放ちながら諭していた。

「岡部…あまり興奮したら、それこそ奴の思うツボだ。少し落ち着け…!」

一方、隣にいたはじめが彼を宥める事で、ようやく健次郎は落ち着きを見せたのである。

「では、美沙様。本題に入りましょう」

「…えぇ、そうね」

美沙の隣に立ったテンマが、振り向いた後に私へと声をかけてくる。

この時私は、周囲の空気が変わったような雰囲気を感じながら、高舞台に立つ彼を見上げる。表情こそ真剣だが、内心では緊張で心臓の鼓動が強く脈打っていた。

「では、美沙様。先日わたしがしたご相談…。“心変わりする”決断はできましたね?」

「…えぇ。最も、選択の余地はなかったようなものでない?」

私は、地面に座り込んでいる裕美を一瞥した後、テンマに告げる。

問い返されたテンマは、苦笑いを一瞬浮かべるが、すぐにその表情は満足そうな笑みへと変わる。

「…その台詞ことばを聞いて安心致しましたよ、美沙様。貴女はやはり、わたしの思った通りの人間かたでした」

「…で?あんたの事だから、”本来の目的もやれ“って事よね?」

その後私は、嫌味っぽい口調で問いかける。

私とテンマのやり取りを、健次郎やはじめが神妙な面持ちで見守っていた。

「察しが早くて、助かります。おっしゃる通り、商談場所を厳島神社ここにした理由は無論…“最後の神社巡り”をして戴く事が一番の理由ですからね」

「じゃあ、さっさと済ませるから、“本物の拝殿”に連れて行ってくれない?裕美ひとじちも、早く解放してほしいしね!」

「…今日の美沙様は、随分せっかちですね…。まぁ、良いでしょう」

私の台詞ことばに疑問を感じつつも、テンマは境内にある左楽房の方角へ視線を移す。

そこには、紫色の霧でできたトンネルらしき存在ものが広がっていた。

「あそこを抜ければ、本来の厳島神社へ戻れます。参拝経路はそこより先右折ですが、左側に拝殿があるかと思いますので、そちらへ向かってくださいね」

「…解ったわ」

「あぁ、それともう一つ」

「!?足が…!?」

私が同意して足を動かそうとすると、テンマが何か思い出したような口調で話を切り出す。

それとほぼ同時に、健次郎の声が響いてきた。

「二人共!?」

声をした方角へ振り向くと―――――――――そこには、その場に立ち尽くして動けないような状態になった健次郎とはじめの姿があった。

「…お参りは、美沙様お一人で向かってくださいね。そこの餓鬼二人と共に向かい、小細工とかされてはかないませんからね」

「…っ…!!」

テンマの台詞ことばを聞いた私は、一瞬動揺する。

 想定内の出来事ではあるけど…。やっぱり、二人を連れて行かせてはくれないか…!

私は内心でそんな事を思いながら、彼らを見上げる。

「足が動かねぇってだけで、後はどうって事はない。だから、外川とがわ。ちゃんと目的を果たしてこいよ…!!」

足が動かなくてつらそうな表情をしていたが、はじめが気丈そうな声音で私に告げる。

「うん…わかった…!」

「こちらは大丈夫だ」と私に言ってくれたようで、この時の私は少し心強くもあった。

そうしてその場にいる全員が見守る中、私は紫色の霧がたちこめたトンネルへと足を進めるのであった。


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