第18話 稲荷信仰の総本宮・伏見稲荷大社

二泊三日の京都旅行も、最終日を迎えようとしていた。

宿泊したホテルをチェックアウトして京都駅で荷物を預けた後、私達は目的地・伏見稲荷大社へ向かう事となる。


JR奈良線を乗り、稲荷駅を下車したすぐ先に、伏見稲荷大社そこは鎮座していたのである。

「広々した神社ばしょだなぁ…!」

境内に入り込んだ後、健次郎がその広さに圧倒されていた。

「私も一応訪れるのは二度目だけど、伏見稲荷大社ここは本当に広々として気持ち良いのよねぇ…!」

彼の台詞ことばを聞いた裕美が、それに同調していた。

 初めて来る場所なのに、何だか少し安心できる感覚がする…不思議だな…

私は、友人達みんなを見つめながら、そんな事を考えていた。

「伏見稲荷大社は、全国にある“お稲荷さん”の総本宮と云われる神社ばしょ。お話できる事も多いと思うので、歩きながら解説したいのですが…。ところで、皆さん」

いつもの口調で話すテンマが言い終えると、全員の視線が彼に集中する。

そして、当のテンマはスマートフォンの画面を見ているはじめを横から覗き込む。

「な…なんだよ…!?」

突然覗き込まれたため、はじめが少し動揺していた。

「伏見稲荷大社は、初日に美沙様達が上った鞍馬寺同様、先へ進むごとにこの稲荷山を登山する形になりそうですが…。皆様は、頂上まで行かれるおつもりですか?」

唐突な質問に対し、私や健次郎はその場で瞬きを数回する。

「あー…。その件について、皆に提案」

すると、少しけだるそうな口調をしながら、裕美が右手で挙手するような体勢をとっていた。

伏見稲荷大社ここが聳え立つ稲荷山。頂上まで行くのは結構しんどいし、お昼をここの参拝殿で食べられればな…と思っていたから、奥社奉拝所まで行ければいいかな…って思っているの。…どうかな?」

「奥社奉拝所…」

裕美の台詞ことばを聞いた私は、はじめも開いていた境内案内図のページをスマートフォンで確認する。

彼女が口にした場所は、伏見稲荷大社ここで最も有名ともされる千本鳥居を抜けた先にある参拝所である事が確認できた。

「前回初めて行った時に、奥社奉拝所そこたどり着いた時点で引き返したのを、先程思い出したのよ…」

「そうか…。俺ら野郎は山登りになっても問題ないだろうが、東海林しょうじが前回しんどかったと言うならば…」

「京都駅からの新幹線も、午後とはいえ…。あまり根詰める訳にも行かねぇしな」

「…では、千本鳥居を抜けた先…。一般的には“奥の院”で知られている場所で引き返す…という事でよろしいですかね?」

「うん、それでいいと思うよ」

裕美の台詞ことばを皮切りに、健次郎やはじめも同調の意を見せる。

そしてテンマが取りまとめて私が答える事で、私達のこの後の行動指針が決まった。

 そういえば…鞍馬へ行く前も、似たような質問をしていたような…?

皆が再び歩き出したころ、私は不意に京都旅行出発前の事を思い出していたのである。


「ここ伏見稲荷大社は、主な祭神を宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ佐田彦大神さたひこのおおかみ大宮能売大神おおみやのめのおおかみとし、商売繁盛や五穀豊穣。開運招福などのご利益があります」

二つの鳥居を抜けて桜門が見えてきた頃、いつものようにテンマによる解説が入る。

宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみは別称・“お稲荷さん”と呼ばれ、“ウカ”は元来だと穀物や食物を意味するそうです。そこに、稲を象徴する農耕神の“稲生る”がイナリとなったそうですね…」

「狐が…いる…?」

テンマが語る中、私の視線の先には――――――――――淡く透き通った状態ではあるが、境内の至る所に黄金色の狐がいる。

しかも、1匹ではなく、境内の至る場所に彼らは存在していた。裕美達が驚く中、テンマは瞳を細めながら再び話し出す。

「…“お稲荷さん”と聞いて狐を連想する人間かたは多いかと思います。しかし、彼らは本来、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみの遣い。かの神の別名ミケツと古名ケツとの音通から、“三狐神みけつかみ”の字をあてたため…美沙様の目にはおそらく、ここに棲む狐神が視えているのでしょう」

「神の遣い…」

テンマの解説を聞いていた裕美が、その単語ことばをポツリと呟く。

 狐神が、私の方を見つめている…のは、気のせい…だよね…?

私は、境内にいる狐神達の視線が自分に向いているように感じたが、そこはあまり深く考えないようにしていた。


『早よう奥へ…』

「…!!?」

その後、本殿をお参りした訳だが、手を合わせて瞳を閉じていた際に、何処からともなく声が響いてくる。

「美沙様…?」

瞳を開いた後、いつもなら神社巡りの本を取り出すが―――――――――私はすぐに、周囲を見渡す。

ただし、私達や参拝客以外の人影は見当たらなかった。見渡す事に集中していたため、この時聞こえたテンマの声は、ほとんどちゃんと聴けていなかったのである。

外川とがわ…。例の本、中身を確認しなくていいのか?」

私が本来すべき事を忘れていると考えたのか、はじめが私に声をかけてくる。

「あ…うん、そうだったね…」

はじめに促された事で我に返った私は、リュックにしまってある神社巡りの本を取り出す。

「よし…。写真と説明文、ちゃんと表示されたようだな?」

「じゃあ、千本鳥居を通りましょうか♪」

伏見稲荷大社ここのページを開く事で全員が確認し、次へ進もうと裕美が促す。

私達が千本鳥居の方角へ足を進め始める中、その場で立ち止まっていたテンマは、腕を組んだまま考え事をしていた。

「…“彼ら”に遭遇しない事を祈りましょうか」

テンマは小声で独り呟いた後、私達の後を追い始める。

そして、その姿を確認した狐神が一匹――――――――その場から動き出していたが、それは私もテンマも目撃する事はなかった。


「…すげぇな、これは…!」

その後、私達は千本鳥居の前に到達する。

ゆっくりと足を進める中、朱色の鮮やかさや鳥居の大きさに対し、はじめが珍しく驚いていた。

「とても綺麗で、幻想的…」

一方、初めて訪れた私も、この景観に見惚れていた。

周囲では、通りながら写真を撮る外国人観光客や、鳥居の裏側を撮影する観光客もいる。

「裕美、鳥居の裏側を撮っている人いるけど…あれって…?」

「あぁ、あれはね…」

私は、周りの行動を不思議に思ったため、一度来た事のある裕美に問いかける。

すると彼女は、私をある一つの鳥居の裏側へと連れ出す。

「会社の名前…?」

私がその裏側を見ると、そこには会社や個人名が黒い字で書かれていた。

「これは、伏見稲荷大社ここに鳥居を奉納した会社や個人名が記載されているの。千本鳥居ともなるとその企業や個人は相当な数だから、こうして“裏を写真で収めよう”と考える人は少なくないって事かな」

「成程…」

私は、問いの答えを実際に見せてもらった事で、すぐに納得していた。

「崇敬者が祈りと感謝の念を奥社参道に鳥居の奉納をもって表そうとする信仰は、すでに江戸時代よりあるそうですよ」

先程と同じように細いで鳥居を見つめながら、テンマが語る。

「そいつは初耳だな…」

テンマの呟きともいえる解説をちゃんと聞いていたらしく、はじめが同調の意を示していた。

 はじめはテンマの事、元々嫌っているはずだから…こういう光景は珍しい…

私は、彼らのやり取りを見て、そんな事を考えていた。


『ここまで参れば、我らの許へいざなえよう』

『何、ほんの一瞬。一時の事…怯える事なかれ…』

「えっ…!?」

千本鳥居を進み、奥社奉拝所が見えてきそうな場所へ到達した頃――――――――突然、頭の中に声が響いてくる。

 これ…お参りしている際にも聞こえたもの…!!?

私は、自身に起きた出来事が何か解らずに戸惑う。

しかし、同じ声のようだが、周囲から聴こえるのは、まるで複数が同時に会話しているような状態だった。

外川とがわ…!?」

「美沙様…!!」

健次郎やテンマの声が聴こえた際、私は瞳を閉じていた。

それは突然、眩い光を垣間見たため、眩しくて目をつむった事に起因する。

「美沙ちゃん…?」

その光はテンマ達全員も感じていたのか、その場にいる全員が瞳を閉じていた。

裕美が私の名前を呼んだ頃、既に私の姿がその場からいなくなっていたのである。



「ここ…は…?」

一方、閉じていた瞳を私がゆっくり開くと――――――――――そこは先程と同じ、千本鳥居の中だった。

「あれ…友人達みんなは…?」

しかし、見える景色は千本鳥居の中でも、状況が先程までと全く異なる。

友人達は勿論、テンマや他の観光客の姿すらない。代わりに、別の存在が周囲にいた。

「ここは、千本鳥居であって、そうでない場所…。“我らが棲む側”とでも言っておこう」

「もしくは、結界の中…ともいうべきか。我らの長が持つ神通力にて、其方を一度あの輩から遠ざけた」

「狐神…!?」

人間の代わりにいたのが、境内入ってすぐの時にも見かけた、複数の狐神だった。

「我らが長・宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみは、なかなか人前には姿を現さん…。だが、長からの言伝を、我が代わりに伝えよう」

「貴方は…」

複数いる狐神の内、一匹だけ身体が少し大きめの狐神が、“この場の中央”に座していた。

「我も、ここにいる兄弟達と同様、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみの遣いだ。娘よ…その魔導書をこの京へ持ち込んだのは、この伏見稲荷大社が最初か?」

身体が少し大きい狐神が持つ金色の瞳が、私を捉える。

 “魔導書”…。その言い方、確か鞍馬でも…

狐神の台詞ことばで京都旅行初日の事を思い出した私は、リュックから神社巡りの本を取り出してから口を開く。

「…いえ。他の神社にもこれを持ち込んでいるため、初めてではないです」

「では…その本について、これまで訪れた場所の者に尋ねられたりはしなかったか…?」

「それは…」

答えてすぐに問いかけられ、私はどう答えるべきか迷う。

 でも、彼らは神の遣い…。無暗に嘘をつくわけにもいかないよね…

私は、狐神達かれらの存在感に圧倒されつつも、”嘘はいけない“と冷静に考えている自分を不思議に感じていた。

「鞍馬山の…僧正坊にも、この本について訊かれました」

「…やはりな」

私は言葉を紡ぎ出すと、狐神は納得したような台詞ことばを述べる。

そして、狐神の視線は、私が持つ本の表紙に向いていた。

「神社巡りの本…か。近年では確かに、そういった書物を伏見稲荷大社ここに持ち込む人間が多いと、兄弟達から聞いてはいた。だが、“その表紙と題名を持つ本を持つ人間がいる”…と先程聞いた際、実際に相まみえて忠告をしておこうと思い…我らの長が、お前をここへ導いた」

「忠告…」

その単語ことばを耳にした途端、周囲の雰囲気が変わったような感覚がしていた。

「…ともあれ、言の葉で語るよりも…“これ”を見せた方が早いだろうな」

そう述べた狐神は、他の狐達に視線を向ける。

アイコンタクトに気が付いた狐達が首を縦に頷いた後――――――――私と狐神との間に、大きなスクリーンのような映像が映し出される。

「えっ…!?」

私はそこに映った映像を目にした途端、目を丸くして驚く。

映像が映す場所は、今私達がお参りしている伏見稲荷大社ここの千本鳥居。それだけなら特に驚かなかっただろうが、私が驚いた理由はそこに映る人物を目撃したからだ。

「直…子…!!?」

私の視線の先には、今は亡き幼馴染・九鬼くき 直子とテンマが映り込んでいたのである。

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