第16話 平安神宮で奉納ライブをしたアーティスト

 風が気持ちいいなぁ…!

私は、周囲の風景を見渡しながら思う。

朝一番で八坂神社へお参りを終えた私達は、レンタサイクル屋へ予約時間ちょうどにたどり着き、自転車に乗って京都の街を繰り出していた。

「今回レンタルしたのって普通の自転車だけど、十分漕げるよね!」

「そうね、電動にしなくて良かったのかも!」

気が付くと、隣で走行していた裕美に声をかけられる。

今回、私達4人が借りた自転車は電動アシストがない普通の自転車だが、乗り心地は問題なくスイスイ進める。ただし、流石に脚力に差があるのか、はじめや健次郎は私達より少し前に進んでいた。

「お前ら、遅いなぁ…」

途中、信号待ちで停まった際、はじめが呆れた表情で私達を見つめていた。

「小川君ってば…あたし達はあんたら二人程、体力がある訳でもないの!ただでさえ、最近は運動不足を気にしていたのに…」

二人に追いついた際、裕美がはじめの小言に反応していた。

因みに現在、私達は京都市内を流れる鴨川沿いにある道を通って北上している。市街地を通って向かう事も可能だが、自転車で市内を回るのが初めてであり迷うと困るため、最もわかりやすい道順で次の目的地・平安神宮へ向かっているのだ。

「まぁまぁ、二人共…。平安神宮つぎが終わったら、約束通り金平糖専門店につきあってやるから」

「その台詞ことば、忘れては駄目だからね?」

健次郎が裕美を宥めようとする一方、私は彼の台詞ことばに対して念押しをする。

「いずれにせよ、皆様頑張ってこいでくださいね~!」

すると、どこから出したか定かではないが、テンマがハンカチを持って私達に手を振るような仕草をしていた。

運転中こんなときに、姿見せんな!!」

思いっきり嫌味に感じたのか、この時私達4人はほぼ同時に、この台詞ことばをテンマに対して口にしたのである。



「大きいわねぇ、相変わらず!」

その後、自転車をこぎ進めた私達は、平安神宮にほど近い岡崎公園の駐車場に自転車を停め、歩き始める。

すると、神宮への入口とも云える大鳥居が聳え立っていた。

「この大鳥居は、昭和3年に昭和天皇の御大典が京都で行われたのを記念して、平安講社が同4年3月25日に造営したものだそうです。造営当初は、日本一の大きさを誇ったそうですね」

私達が上を眺めていると、先程まで姿を消していたテンマが姿を見せて説明する。

「この古都・京都においては、だいぶ新しめ…という事か」

「左様でございます、小川様」

「おし!この境内も広そうなので、早く中へ進もうぜ!」

スマートフォンで大鳥居を写真に収めていた健次郎が、私達に促す。

 観光客が多いとはいえ、ざわついた雰囲気が強いなぁ…

私は周囲で記念撮影をしている観光客らを見渡しながら、そんな事を考えていた。


大鳥居を潜り抜け、更に進むと応天門という門がありそこを更に進むと―――――――――“広大”ともいえる境内の土地が広がっていた。

「観光客がそれなりにいるのに、まだ人が入れそうなくらい広いなー!」

私は、この広大な土地を見て、思った事を述べていたのである。

「そうそう。因みに先程通った応天門は、平安京大内裏の正庁朝堂院の南面正門に当たります。平安遷都1100年にあたる明治28年に大極殿等と共に造営されたそうですよ」

「へぇー…」

テンマの解説を聞いた裕美や健次郎が頷く中、私はどこか上の空だった。

「…外川とがわ?」

「わっ…!!」

そんな私に対し、はじめが顔を覗き込む。

彼の顔を間近で見た事で、私は我に返った。

外川とがわ…。もしかして、また何か視えたのか?」

私が周囲を見渡していると、健次郎が心配そうな表情かおで私を見つめて来る。

健次郎に尋ねられた後、私は一呼吸置いてから口を開く。

「視えた訳ではない…のだけど、何か“音”が何処からか聴こえたような…?」

「音…?」

私の返答を聞いた事で、友人達みんなが首を傾げる。

ただしそれはテンマも例外ではなく、彼も心当たりがないように見られる。


「去年、ここでやっていた奉納ライブ。行きたかったなぁ…!」

「当日に生放送やっていたけど、やっぱり現地へ行きたかったよねぇ…!」

すると、後ろの方で写真を撮りながら話す女性観光客の二人組が、何かを話していた。

背格好からして、私達より少し若い大学生くらいの女子グループだろう。その会話に対して全員が聞き耳を立てていたが、続いていた沈黙は意外な人物によって破られる。

「そうか、“和楽器サミット2017”…!!」

あまり聞き慣れない名称を口にしたのは、はじめだった。

「小川様、“和楽器サミット2017”とは…?」

彼が口走った後、テンマがはじめの方を見つめながら尋ねる。

「当時、現地に行った訳ではねぇから詳しくはないが…。文化庁が京都へ移転決定に伴い、日本の顔から日本の窓に生まれ変わる京都市の全面協力のもとで行われた日本最大級の和楽器フェスだ。期間中は世界遺産である元離宮二条城と、平安神宮ここの2会場を舞台に、和楽器界を牽引する演奏者達が一堂に会する2日間のイベント…だったな」

はじめってば、よく知っていたね」

「でも、それと美沙ちゃんが聴いた“音”と何の関わりがあるの…?」

説明してくれたはじめに私が感心するのに対し、裕美が更に言及するような台詞ことばを口にしていた。

するとはじめは、少し恥ずかしそうな表情かおをしながら口を開く。

「そのイベントで、平安神宮で2日間奉納ライブを行ったバンドがいるんだ。俺は、その内のメンバーが最近好きだから、イベント当日は動画サイトにて生中継していたんだ。…あの時、現地はかなりのファンが集まっていただろうし、“彼ら”の音は響きが良いから…。それが、平安神宮ここの力とやらに同調したのでは…と」

そう答えたはじめは、どこか自信なさげそうな口調で話していた。

「成程…。わたしはそのバンドやらを知らないですが、小川様の話も一理あるでしょう。美沙様、聴こえてきた音の中に楽器のようなものはありましたか?」

腕を組みながら話を聞いていたテンマが、私に尋ねる。

「…そういえば、笛や三味線の音が聴こえたような…」

「あ!小川君の言う通り、去年の和楽器サミット?で、2日間ライブしたグループ見っけ!笛の音は多分、尺八かな」

私が思い出しながら答えると、スマートフォンで調べていた裕美の声が聴こえる。

「ほほぅ、三味線に尺八。和太鼓にドラム・ギター・ベース…ですか。和楽器と洋楽器が集まったバンドのようですね?」

その調べていた画面を、横からテンマが覗き込んでいた。

 そうか、テンマが知らないというのは…あまりに最近に起きた出来事だからかな?

私は、彼らの様子を見ながら、そんな事を考えていた。

「あぁ、このバンドだったら、焼肉屋うちの常連客でも好きでライブ行った事ある奴いたなぁ…!」

すると、同じようにスマートフォンで調べていた健次郎も、“音”の正体を納得したようだった。

私は健次郎が見ている画面を見せてもらうと、和装で華やかな衣装を身にまとう男女が映っていた。

「で?小川が好きなのはさしずめ、津軽三味線を担当しているこの女性ひとか…?」

そして健次郎は、意地悪そうな笑みを浮かべながら、はじめに問いかける。

「わ…悪いかよ…!」

どうやら図星だったらしく、はじめが頬を赤らめていた。

 はじめってば、セクシー系の女性が好みなのかな…

私は、彼らの会話を聞きながら何だか軽い苛立ちを覚えていたのである。


「っていうか、今年だと堂●●も平安神宮ここで奉納ライブやるんだ!?」

その後、”平安神宮での奉納ライブ“の話題で盛り上がりながら龍尾檀を越え、外拝殿である大極殿を目指して進んで行く。

裕美やはじめの話によると、この平安神宮で奉納ライブを実施したアーティストは、先程話題に出たバンドだけではないようだ。私は音楽を聴く事はあってもライブにはあまり行った事がなかったので、今回聴こえた“音”はかなり貴重な体験な気がしていた。

「テンマ…。そういえば、何だか左右から視線を感じるような気がするけど、これって…」

私は、この時感じた事をテンマに話すと、彼は人差し指を自身の唇に寄せながら小声で応える。

「美沙様から見て右手側に見える建造物ものが、蒼龍桜。左側に見えるのが、白虎桜なる建造物もの。おそらく、そこには京の街を守護すると云われし四神の“青龍”と“白虎”に纏わる力が宿しているが故の、感覚かと…」

「“絶対”とは言い切れない…って事?」

「左様でございます、美沙様」

小声に対して私も小声で返すと、テンマは首を縦に頷きながら答えた。

「そうだ、皆様。まだ平安神宮このばしょの説明をしておりませんでしたね」

「あ、そうか!」

「悪ぃ、忘れてた!」

テンマが友人達かれらにも聞こえるくらいの声を張り上げると、裕美や健次郎が思い出したような表情かおを浮かべる。

はじめも声には出さなかったものの、やはりテンマの解説を忘れていたと言いたげそうな表情かおをしていた。そんな彼らを見たテンマは、少し呆れた表情をしながら口を開く。

「では、お参り前にお伝えしておきましょう。ここ平安神宮は、明治28年…西暦だと1895年に創建された、古都・京都の中では割と新しめの神宮ばしょです。ご祭神は、桓武天皇と孝明天皇になり、家内安全や心願成就。商売繁盛等の御利益があります」

「桓武天皇も孝明天皇も、何処かで聞いた事あるような…」

テンマの解説を聞いた私は、そのお二人がいつ頃在位であったかを思い出そうとする。

「孝明天皇は幕末頃で、桓武天皇は平安京に遷都を決定した天皇じゃなかったっけか?」

「そっか!“泣くよ(794)うぐいす平安京”の…!」

はじめが歴史的な話をすると、それに裕美が反応していた。

 年号の語呂合わせ、懐かしいな…

私は、彼女の台詞ことばを聞いた時、そんな事を考えていたのである。

「えぇ、二人共お見事です。桓武天皇は737年~806年。孝明天皇は、1831年~1867年に在位されていた天皇ですね」

「成程…。大鳥居といい、平安神宮は天皇ゆかりの神社ばしょって事なのかね…」

「そう解釈しても、宜しいかもしれませんね。あと、此度も場面シーンを視る事はあまりないのかもしれませんね」

私が不意に呟くと、それにテンマが反応するように述べていた。

「また、境内にある“力”が複雑怪奇とかの話…?」

貴船神社の時に私と一緒だった裕美が、恐る恐るテンマに尋ねる。

「…いえ。平安神宮ここの場合、ご祭神であるお二方が創建時に既に崩御されておりますからね。故に、彼らに関する映像シーンを視る事はないかと…」

「そういう事…ね…」

テンマからの返答を聞いた私は、安堵する。

先程の朝一番で行った八坂神社では神社そこの歴史が古いだけあって、広く浅くても濃密な場面シーンを垣間見たためであった。

 あ…琴や和太鼓の音も…!

私が応天門のある方角へ振り向いた途端、先程も聴こえていた和楽器の音色と共に歓声のようなざわめきも聴こえてきていた。

 そうか、楽器の音色と一緒に聴こえるのは…。ここで奉納ライブを行ったアーティストを見に来た観客の声…って事なのかも…

私は耳に入ってくる音を聞き入りながら、最初に感じたざわめきの正体を何となく悟るのであった。


その場で立ち尽くす私を、テンマや友人達みんなが見守る。

「映像だけでなく、音も聞き取れるってのが、何だか不思議…」

私の後姿を見つめながら、裕美が不意に呟く。

「理屈は解らねぇが…。それだけ、外川あいつが持つ“霊力”やらが“周りを感じ取る力”に長けているって事だろ」

「そうだな…。いずれにせよ、同じように神社巡りをしていた九鬼くきも同じように“霊力”が高かったのか…」

はじめがその後に呟く中、憂いを帯びた表情を浮かべながら健次郎も呟く。

彼らの後ろでテンマが瞳を細めながら笑みを浮かべ、黙ったままその場で様子を見ていたのである。

本来ならば距離的に今の会話は聞こえていてもおかしくなかったが、平安神宮に満ちる“力”で聴けた音色に耳を澄ませていた私は、友人達みんなが呟いていた具体的な内容までは聞き取れていないのであった。

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