第四章 京都での神社巡り

第12話 登山も楽しめる鞍馬寺

『二日目からの参加になっちまって、すまねぇ』

2018年7月の某日―――――――――――はじめからグループLINEに届いたメッセージを、私は目にしていた。

この日は普通に仕事を終えた平日の夜で、8月に決行する京都への神社めぐりについて、友人達みんなと話し合っていた。8月といえば、民間企業だと長期休暇に入る企業が多いため、その内の3日間を使って、京都へ行く事となる。

ただし、仕事の休みが不定休な健次郎はこの3日間の内で2日目よりの参加が決まり、これは私を含めた他の二人も想定していた事態だろう。しかし、はじめが2日目からの参加になるという本人の報せを聞いて、私は驚いていたのである。

 “親族の結婚式に参列するため”…か…

私は、宿泊するホテルのホームページをパソコンで眺めながら考え事をしていた。


「美沙様。京都での巡る順番は、お決まりになったのですか?」

「テンマ!?…びっくりした…」

すると突然テンマが声をかけてきたため、私は目を見開いて驚く。

「うん。今回は巡る神社ばしょが多いから、順番決めるのは結構苦労したわ…」

瞬きをしつつ、私は事前に購入していた京都の観光ガイドに付録で付いている地図を取り出す。

「初日は、貴船神社と下鴨神社。二日目は八坂神社・平安神宮・北野天満宮で、最終日の三日目に伏見稲荷大社を午前中に行ってから、午後の新幹線で帰宅…だね」

私は、地図の中で自分がチェックした神社名を確認しながら述べる。

一方、話を聞いていたテンマは、地図のどこか一点を見つめていた。

「初日…ですかね。この貴船神社は京都の中心街から少し離れた場所にありますが、貴船神社ここへは京都駅から直接向かうのですか?」

「ううん、違うよ?お隣の鞍馬山を登山してから、隣接する貴船山を下る時に行くつもりだけど…」

「……左様でございますか」

私が問いかけに対して答えると、テンマは少しだけ瞳を細める。

 どうしたんだろう…?

その後、彼は黙り込んでしまう。ただし、自宅にいる時はよくある事なので特に気にする事ではないが、テンマが黙る前に見せた表情が何を意味するのか、この時の私には全く解らなかったのである。



そして、来る8月の中旬―――――――――――

「やっと来れたー!!夏の京都…!!」

新幹線で京都駅に到着してすぐ、裕美が発した第一声がこの台詞ことばだった。

「私は学生時代の修学旅行以来だけど…裕美は、今回が何回目の京都なの?」

「4回目だね!!」

キャリーケースを引きずりながら私が問いかけると、裕美は得意そうに答えた。

 京都は、日本国内屈指の寺社がある街だからね…。そりゃあ、御朱印巡り好きは、何度も行きたくなるわけだ…

得意げな表情を浮かべる裕美を見ながら、私は思った。

「4回目と言っても、夏の京都は今回が初だから…。やっぱり、色々と楽しみだな♪」

「うん!今回はほとんど神社巡りで終わりそうだから、食費諸々は全部テンマ持ちだしね!」

裕美と私は、楽しい女子旅気分で話していた。

「本日のみ岡部様と小川様がいないとはいえ、わたしの存在をお忘れなきよう…」

「あぁ、ごめんごめん!」

すると、今まで黙っていたテンマが口を挟んでくる。

少し上機嫌になっていた私は、彼の表情や態度を気にする事なく、その場で聞き流した。


「よし、山門に到着!!」

その後、京都駅で荷物を一旦預けた私達は、電車等を使用して鞍馬寺の山門である仁王門にたどり着く。

周囲を見ると、やはりパワースポットとしても有名な鞍馬寺なだけあり、お年寄りだけでなく若者の姿も多い。

「パワースポットも然り、鞍馬山ここは源 義経や与謝野晶子と縁があったり、『枕草子』や『源氏物語』の一部に記されるほど有名な場所だから、観光客の年齢層も広いって事ね…」

すると、裕美が周囲にいる観光客に視線を向けながら、彼女なりの分析をしていた。

「あとは、山登りにしても富士の山程距離がある訳でもなく、お隣の貴船山と繋がっている事から…山登りが好きなご老人にも人気が高そうですね」

すると、今度はテンマが会話に入ってくる。

「あれ…。今から通る鞍馬寺は神社巡りの本と関係ないけど、知っているんだ?」

私は、彼の台詞ことばを受けて、今その場で思った事を口にした。

「まぁ、今回の行き先の一つである貴船神社が本にある神社ばしょ故に、隣接する鞍馬寺ここの事を知っていても、何ら不思議ではないでしょう」

「ふーん…」

「まぁ、そんなもの…か」

テンマは少し皮肉めいた口調で答えていたが、裕美も私も特に気にはしていなかった。

「では、参りましょう!神社ではないため映像を視る事はないでしょうが、可能な限りわたしも解説致しますので…」

そう述べたテンマは、私達に背を向けて歩き出す。

 いつものポーカーフェイスは崩れていなそうだけど、何かいつもと様子が違うような…?

私は、彼の背中を見つめながら、どうしたのだろうと考え事をしていたのである。


登山を開始した私達は、“魔王の滝”や“鬼一法眼社”がある九十九折参道をゆっくりと登っていく。鞍馬山ではケーブルカーがあってそれに乗る事も可能だが、運動不足解消のためにと、私達は徒歩で登る事にしたのだ。

歩いていくさ中、テンマによって昔、この山で修行を積んだ少年・牛若丸―――――――後の源 義経の話など、歴史的な話をたくさんしてくれた。

そして、山の中腹にある本堂からは、京都市街の景色がよく見えていた。

「あはは!じゃあ、撮るよー!」

裕美が楽しそうに笑いながら、デジタルカメラのシャッターを押す。

本堂に到着した後、お参りはしなかったが、トイレ休憩をする事になる。その途中で、本堂近くにある“金剛床”がパワースポットの一つという事で、床の上にそれぞれ立って記念写真を撮っていたのだ。

「っ…!?」

裕美がシャッターを押し終えて交代をしようとした瞬間、私は瞬時に後ろにある本堂の方へ振り返る。

因みに貴船神社がある貴船山へ行くためには、この本堂から更に山を登り、鞍馬山の頂上とされる場所まだ到達しなくてはならない。

 …誰かに見られていたような…?

私はこの時にそう思ったが、実際に後ろで私達を見ている者の姿はない。

しかも、感覚的に観光客の誰かではないような気がしたため、少し怖くなっていた。

「美沙ちゃん…?」

すると、近くに駆け寄ってきていた裕美の声で我に返る。

「あ…ううん、なんでもないよ!」

私は心配をかけまいと、元の笑顔に戻る。

「じゃあ、次は私が裕美を撮るよ!その後、御手洗い寄ってから登山再開しましょう!」

そう述べた私は、裕美からデジタルカメラを受け取る。

この時、金剛床より少し離れた場所に立っていたテンマは、神妙な面持ちで私達を見守っていたのであった。



御手洗い休憩を済ませた後、私達は“奥の院参道”と呼ばれる道を通りながら、鞍馬山の頂上付近を目指す。

「ここが、与謝野晶子が書斎としていた場所…」

「こんな山奥で、執筆していたんだね…」

参道を進むさ中、私と裕美は一つの小さな家屋を目撃していた。

その家屋は、“冬柏亭”という与謝野晶子が書斎として使用していた場所らしい。また、この場所についてはどうやら、テンマも知らなかったらしい。また、与謝野晶子自体も知らなかったとの事らしく、“神社巡りと関係ない事は知らない事もある”というのを私と裕美は悟ったのであった。

「わ…足場が…!」

「足元に気を付けて登った方が良さそうですね…」

その後、牛若丸が奥州へ赴く前に使ったという“背比べ石”を超えた辺りより、足元が木の根っ子がたくさんある地面になってきていた。

テンマは“転ぶ”という事はないだろうが、裕美と同じように足元を気にしながら前へと進む。

 この先にある“木の根道”に近づいているからかな…?

私も転ばないように足元に気を配りながら、その先へと進んで行く。


「ちょっと、1・2分だけ小休憩しよう!」

「うん、賛成…」

それから数分後―――――――”木の根道“と呼ばれる場所に到達した直後、裕美が小休憩を取ろうと提案する。

しばらく登りが続いていたため、私もそれに同意し、他の登山観光客の邪魔にならないよう少し端っこに寄る。

「すごい…!」

背中に背負ったリュックからペットボトルを取り出した私は、水分補給をしながらその場の光景に目を見張っていた。

“木の根道”とは、文字通り木の根っ子が地表に見え隠れしている道だ。同名の看板が立つその場所は、この辺りの中心地に当たる。そのため、太い根っ子に相応しい樹齢数百年はありそうな大木が、空高くそびえ立っていた。

 確か、牛若丸も…この場所で兵法修行をしたんだっけ…

私は先程、登山中にテンマが教えてくれたマメ知識を思い出していた。

「あー、すっきりした!美沙ちゃん、下りはもうすぐかな…?」

ふと顔を上げると、水分補給を終えた裕美が私の元に駆け寄ってきていた。

「えっと、そうねー…」

彼女の台詞ことばを聞いた私は、スマートフォンに保存していた鞍馬山ここの山内案内図を開こうとスマートフォンを取り出す。

「…ここだと人間が多いし、場所を移動するとしようか」

「…!?」

「美沙様…!!」

背後から見知らぬ声が聴こえたのと同時に、少し離れた場所に立っていたテンマの叫び声が聞こえる。

しかし、目を丸くして驚くテンマの姿を視認した後、周囲が突然真っ暗になるのであった。


「ん…」

その後、私は重たくなっていた瞼を開く。

「ここは…?」

地面に倒れていた私はゆっくりと起き上り、周囲を見渡す。

木々から見える陽の光や、鳥のさえずりが聴こえる事から鞍馬山の山中なのは間違いないだろうが――――――――――明らかに、先程いた場所とは違っていた。

「あれ…ここは…?」

「裕美…!!」

気が付くと、近くには私と同じようにして倒れていた裕美が、目を覚ましていた。

「ここは一体、何処だろう?」

「テンマや他の観光客の姿も見えないし…」

ゆっくりと起き上った裕美は、私と共に周囲を観察する。

「手荒な真似をして、すまんかったのぅ。だが、あの場は人間共が多くて落ち着いて話もできんと思ったのでな…」

「誰…!?」

すると、前の方より少しだけしゃがれたような声が響いてくる。

「天…狗…!!?」

その姿を目にした直後、裕美が一つの言葉を口にする。

私と裕美の視線の先にいたのは――――――――――山伏のような恰好に背中には翼があり、鼻が尖っているというとても人間とは思えない存在が岩の上に腰掛けているのであった。

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