ゴーレムってマ?

「わからねえよ。そもそも無事に落着できているのかすらわからんからな」


 振り返りもせずにドゥブルーはそのまま歩いていこうとした。


「でも僕はどうしてここにいるのか全てルキヤン中尉が教えてくれるはずだと言いました。ローラインが!」



 それを聞くとドゥブルーは立ち止まって、ローラインの顔を見た。ローラインはというと、木の幹にどっかと腰を下ろして、タバコに火をつけているところだった。ズボンだからいいが、スカートだったらと考えると少しこみ上げるものがある。それより、僕は仕事終わりのサラリーマンのようにクマをこさえてタバコを吸う姿に、少々がっかりした。



「え? ああ、そう言ったが」



 こともなげに言い放ったローラインに、ドゥブルーは肩をならして歩み寄る。彼女の血まみれの胸ぐらを掴んで何か、僕に聞こえないように言ったようだった。


 するとローラインは「もしこいつが何か言うのであれば自分に言えと、ルキヤン中尉自身が言った」と僕にも聞こえるように、実にめんどくさそうに言い返した。



 それからドゥブルーとローラインが何か言い合いをしていたが、ちょうど建物のドアから出てきた人物にローラインが声をかけた。


「ルキヤン中尉! 彼です。彼もここまで来れましたよ。使い物になりそうです」



 それを聞いた彼……ルキヤン中尉は僕をみた。縦長の顔とひげのないつるりとした顎で、どことなく気の抜けた雰囲気のする人間だった。エルフやオークなどではなく。身長はローラインより若干高いくらいで、僕よりかは低く感じる。



 彼は満足気に小さく拍手しながら僕の方に歩いてくる。


「やあやあ君か。やっと動いたわけだね」


「え? いやまぁ、たしかに久々に動いたっちゃ動いたわけですが」


 寝たきりの時と今を比べて、自嘲的な笑みがこぼれた。


「平時だったらそれだけでも十分だと言うところだ。それにしても、ひと月もかかって動かなかったゴーレムが動くようになるとは。お手柄だぞローライン」



 ゴーレム。

 ゴーレム?



「いやなに、運が良かっただけですよルキヤン中尉殿」



 どういうことだ?


 僕はイオを見た。まさに羽を休めて、ひさしの下で梨のような浅緑色の果実にかぶりついているところだ。シャクッと彼女が果肉をかじっても、飲み込むのを待っても、何も言ってくれなかった。そもそも、僕が動揺していることにすら気づいていない感じだ。



「つまり、僕はゴーレムなんですか?」


 自分の口からでた言葉が信じられない。反芻してみると、色々と意味のわからないことに合致がいった。弾が僕に当たってるように感じなかったこと、イオやローラインの含んだ言い方。



「ドゥブルー?」


 雑草の上にあぐらをかいて座っていた彼は、横になってヘルメットを顔の上にかぶせていた。だがその隙間から、彼の鋭い眼光が僕を観察していることに気づいた。そして腹の上にのせたライフルを握る手に力を込め、白くなっていることにも。



 はっとして、僕は自分の手をまじまじと見る。土の色だ。それだけじゃない、この腕の太さはなんだ? それに元から肌は荒れてたけど、今じゃ素焼きの壺みたいになってるじゃないか!



「なんで誰も教えてくれなかったんですか……。なんで誰も教えてくれなかったんですか!?」



 思い切り石畳を踏みきると、鐘のような音とともに砕けた石片が飛び散った。目の前にいるルキヤンは、表情も変えずに降り掛かってきた欠片を手で軽く払い除けただけで、一歩もひるまなかった。



 銃に手をかけているのは今やドゥブルーだけじゃなかった。その場にいたイオとローライン以外のほとんど全員が、銃を構えて装弾した。ボルトを引く金属音が、一斉に響き渡る。

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