第22話 失踪3

「のり~~りえ~~帰ろ~~。ともーー行くよ~」


帰りの会が終わると、泉はいつものように典子たちに声をかけた。


「泉ちゃん、ごめんね。今日はこれからチームで作戦会議をしようってことになって、まだ帰れないんだ。先に帰ってて」


「そっか……わかった。バイバイ」


「バイバイ」


「とも、行こ」


 泉は智美を引き連れ教室を出ようとしたその瞬間、典子たちの方に目をやった。

そこには、典子たちのチームの理恵、洋美、由美、容子、真理、詩織、みんな集まっていて、楽しそうに話をしている姿があった。


 主導権を握っているのは、見るからに運動も得意な典子で、同じく運動が得意な容子や詩織がいて、大人しい洋美や洋美と仲のいい真理、真理と仲のいい由美がいて、典子は主導権を握りながらも、同じく主導するタイプの容子メインに話を振って、2人で会議を進めている風だった。


 クラスで主導権を握りたがる泉、典子、容子、この3人の中で今までは泉と典子がくっつくようなことが多かったが、典子と容子がここでグッと仲が良くなることが、泉には不安なんだろう。


「あっちのチーム、いいよね。ハルちゃんと一緒にあっちのチームに行けたらいいのにな」


「そう?っていうか、たぶん私たちと泉ちゃんが同じチームになるのって、先生の中では決まってたんだと思うよ。仲良くさせたいんじゃないかな?」


「じゃあ、どっちみち泉ちゃんとは一緒だったってことかな……」


「そうだと思う」


「あ~あ、うちのチームも、泉ちゃんがいなければ完璧なのにな」


教室を出て、階段に向かう廊下で、千絵はまた誰かに聞かれて告げ口されたら困るようなことを口にした。


「千絵ちゃん、誰かに聞かれたらヤバイよ。そういうことは外に出て周りに人がいないときにしないと……」


「大丈夫だよ、聞いてる人いないし」


 階段のところまできて、下りようとしてそこを曲がると、そこに泉がいた。


 私は、マズイ、聞かれたかもと思いながらも、聞こえていませんようにと、私たちは何事もなかったように、泉の横をすり抜け階段を下り始めると、


「ハル、今、智美とも話したんだけど、私たちのチームも練習したほうがいいと思うんだけど、どうかな?今からできる?」


「私はできるけど、千絵ちゃんはどう?」


よかった。どうやらさっきの千絵の言葉は聞かれていなかったようだと、ホッとしたのも束の間、


「千絵はいらないよ。こなくていい」


「えっ?なんで?チームで練習するんじゃないの?」


「そうだよ。でも千絵はどうせ選手にならないだろうし、千絵がいなければチームは完璧じゃん」


聞こえてたんだな。この返答で、それがわかった。千絵に目をやると、俯いてしまい顔が見えなかったので、どんな表情をしているのかわからない。


「そういうのよくないと思うよ」


私がそう言うと、


「そうだよね、よくないよね。でも千絵には私がチームにいないと完璧らしいよ?そうでしょ?千絵、なんとか言いなさいよ」


「ハルちゃん、私、帰るね」


そう言うと、千絵は階段を小走りに下りて行った。


「待ってよ千絵ちゃん。私も帰るから」


「ハル、今、練習できるって言ったよね?練習やろうよ」


「泉ちゃん、やっぱり今日はできない。私は千絵ちゃんと帰るから。練習は強制じゃないでしょ?」


私はそう泉に答えると、泉の返事を聞かずに、階段を下りて行った千絵を追いかけた。


 私の背には「待ちなよ!!戻ってきなよ!」の泉の声が聞こえてきて、あの日、ミニバスの練習をサボって、千絵と2人で木の陰に隠れながら帰るところを見つかって、グラウンドから聞こえてきた泉の大きな声とそれが重なって、明日またビンタされるかもと、あの日を繰り返すような気がして、憂鬱な気分になった。


 下駄箱まで行くと、千絵が私たちのやり取りが聞こえていたのか、待っていた。


「千絵ちゃん、人に聞こえるようにああいうこと言うのはやめたほうがいいよ」


「ごめん。だってまさか泉があそこにいるとは思わなかったし」


「明日とかさ、また何かされたり言われたりするかもね……」


「そうだね、明日、休んじゃおうかな」


「おばさん、休ませてくれるの?」


「ううん、たぶん無理。あ~あ、いやんなっちゃう……」


いやんなっちゃうって、それはこっちのセリフだよ。


 だいたい千絵は不注意が過ぎる。いつもぽろっと口にした悪口とか文句とか、言われた本人の耳に入ってしまうことが多い。2人で遊んでいるときや、帰り道の他に誰もいないときに口にすればいいのにといつも思うし、そう言うのに、千絵はいつまで経っても、その癖が直らない。


 けれど、実は千絵が口にすることの多くは、私も心で思っていることが多く、相手の耳に入ってしまうヒヤヒヤ感と、自分は火の粉をかぶらず相手にも伝わったという奇妙な安心感があって、ほんの少しの罪悪感から、私は千絵を見捨てずにいる。きっと千絵と一緒にいないほうが、私にとってはクラスの居心地がいいのだろうと思うけれど、千絵と一緒にいることを敢えてしているのは、そんな理由と、もう一つ、千絵は決して私を裏切らないだろうという、不思議と確信持って言えるほど、千絵の信頼が私に向いていることを私は感じていた。その信頼を裏切ることができるほど、私は嫌な人間にはなれないし、なりたくはなかった。


「いやんなっちゃうね。でもさ、ホント、泉がいなければうちらのチームも雰囲気よくなるよね。結局さ、泉はどっちに入っても、泉のいるほうが雰囲気悪くなるだけだよね」


校門を出て、周りに誰もいないところまでくると、私はそう言った。


「そうだよね、結局泉がいつも自分が気に入らないと意地悪したり悪口言ったりしてるだけだし、泉がいなければ、クラスの雰囲気ももっといいよね」


「でも泉が引っ越しでもしない限り、そんなことないだろうし、だからさ、あんなふうに誰かに聞こえるように言っちゃうと、泉の耳に入って意地悪されるだけだから、もっと気をつけないと」


千絵は口をとがらせながら、小さく頬を膨らませ、悪戯っ子のように私を見てニヤリとしながら何度も顔を縦に動かしていた。



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