第12話 伯父の話2

「真生、まずは誕生日おめでとう。今年は何をやったらいいのか悩んでなあ、もう好きなもの買ってもらったほうがいいなと思ってな」


 部屋に入ってきて、オレンジジュースとお茶の乗ったお盆を机に置くと、胸のポケットから出したポチ袋を差し出して僕に手渡しながらそう言った。いくら入ってるんだろう?と気になったけれど、さすがにそこで開けるなんて恥ずかしいことはできないから、


「ありがとう」


そう言って、受け取るとズボンのポケットに収めた。好きなものを買えるから、かえって現金でよかったなと思った。


「真生、そこに座ってくれ」


そう言って伯父も座り、オレンジジュースをお盆から僕の前に「はい」と言って置き直し、お茶を自分の前に置くと、お盆を机の脇に置きなおし、お茶を一口飲むと、


「今日は話があってな、今からお前に大切な話をする」


僕の前に座った伯父は顔を上げ、真っすぐ僕の目を見てそう言った。心の中で、「やっぱりな」と思い、何かいつもと違う特別なことがあるような気がずっとしていた僕は、「はい」と返事をした。


「私がこの話を聞いたのも、12歳の誕生日の日だった。私の場合、当時の神主だった爺さんの長男だったから、自分は跡を継いで神主になることに大した迷いもなかったし、物心がつくころから、そう言い聞かせられててなあ、爺さんの父親、曾爺さんも神主で、その先代も先々代もそうで、神主の家系だってことも言い聞かせられていたから、跡を継ぐのもなんの疑問もなかったんだ。だが、私には息子がいない。私とお前の母さんの従姉妹の中には息子が何人かいるし、お前がどうしても嫌だと言うなら、そっちへ話を持って行くことも考えないとならないんだが、私としては、お前に継いでもらいたいというのが本音だ。今の時代、こんなことを言うと笑われるかもしれないんだが、やはり濃い血というのが必要なこともあるのだよ。急いで返事しろとは言わないし、どうしても嫌なら無理強いもしない。今、12歳になった真生がどう思っているのか聞かせてくれないか」


「僕、そこまで真剣に考えてたわけじゃないし……でも、伯父さんの跡を継いでもいいかなと思ったことはあるよ。でもまだはっきり決めたわけじゃないけど」


「そうか、いいんだ。そういう気持ちが少しはあるということが分かっただけでも、伯父さんは嬉しいよ。今から話すことも、これで少しは話しやすくなるってもんだ」


そう言うと、伯父さんは僕の顔を、目をじっと見てこう言った。


「これは、代々神主になるものだけしか知らないことなんだ。だからお前のお母さんも知らないことだ。だからな、今から話すことは、お前の胸だけにしまってくれ。そして、万が一お前が私の跡を継がなかったり、後継ぎとなる者に私が話せない状況になっていたりしたときは、お前がその者に話してやってくれないか?」


 僕はそう言われ、なんだか怖いような気がしたけれど、ここまで聞いてしまったら後には引けない。というか、好奇心という気持ちが、もう聞かないという選択肢を取り除いいてしまっていたため、ごく自然に頷いていた。


「さっき、濃い血が必要なこともあると言ったな。それには意味があるんだ。私ら清龍寺神社の神主はな、あの山を守っているんだよ。あの山の守り人なんだ」


「山の守り人?神主って、神様に仕えて神社を護ってるんでしょ?」


「そうだな、神社を護るのもそうだけど、神社だけじゃなく、山も守ってるんだ。正確には、山の中で命を落とした、誰ともわからない人の御霊(みたま)を護っているんだ」


「御霊?山の中で命を落とすって、それなら警察とか消防とか呼べばいいんじゃないの?」


「そうだな。人に見える山でケガをしたり命を落とした人にはそれでいい。だがな、私が言ってるのは、その言葉のままの意味で、山の中だ。山の内側だ」


「山の内側って、埋められた人とか、そういうこと?」


「そうだな、誰かに埋められたのか、自分で埋まったのか、どこから来たのか、それは私にもわからん。だがな、たまぁ~に、そういう人に出くわすことがあってな、そういう人は清龍寺に大きな墓石があるだろう?あそこに入ってもらって、神に護ってもらってるんだ」


「大きな墓石って、社務所の反対側の階段のところの?」


「そうだ。あそこで眠っている。たくさんな」


 清龍寺神社は山の中腹にある神社で、鳥居をくぐって入ってくる道のほかに、その通りにある社務所の反対側にもう一つ10段もないくらいの階段があり、階段を下りたところに、赤いアーチ型の小さな橋があり、そこを通った先にはいくつかのお墓がある。


 その中の一つが、大きな墓石のお墓で、他のお墓はそのお墓を囲むように立っているのだった。


「毎年2月に縁日があるだろう?あの縁日は1年で一番大きな行事で、あれが終わるとしばらくはほとんど誰も山に上がっては来ない。その頃にな、年に一度だ、山の中をそんな人がいないか、見てくるんだ」


「山の中を見てくるって?さっき言ってた埋められたとか埋まったとかっていってた内側のこと?見ることができるの?掘ったりするってこと?」


 僕は混乱していた。


 伯父さんが言っている意味が全く分からなくて、清龍寺神社の神主って、なんだかとんでもなく大変な仕事なんじゃないかと思い、かなり不安になり始めていた。


「最初に言ったこと覚えているか?代々神主だけが知らされる話で、お前の胸だけに収めておくという話だ」


「うん、わかってる」


「これから話すことは、決して誰にも話したらいけないよ。神主だけが知っていればいいことだ。お前が神主になってくれるならそれでいいし、もし、他の人がなることがあれば、お前は私と同じ血を持つものとして、その胸の中だけにしまっておくように」


「うん、わかった」


「清龍寺神社の拝殿……みんなが言うところの本殿だな、あの後ろの山にもう一つ鳥居があってな、その先の階段の上に小さな祠があるんだが、知ってるか?」


「あの裏……うん、そういえば見たことある気がするよ」


「あそこはな、大山神様が祀られているんだが、そのご本尊は富士の山の中にあるんだ。あそこに立ち富士山のある方を見るとな、富士の山が見えるんだ。そして人の目でははっきりとは見えないが、富士の大山神様を祀ってある祠から、真っすぐ見下ろせる位置に清龍寺神社の裏の祠があるんだ。つまり、互いにその祠が真っすぐ見えるような位置関係なんだ。それはまあいい、頭に入れておいてくれ。それでな、あの祠を開けるとな、ご神体があるんだが、それを取り出すとただの壁に見えるんだが扉になっててな、見た目だけじゃわからんが閂がしてあって、それを退かすと壁は扉になって、それを開けることができる。その扉の向こうは空洞になっていて、石の階段が下に向かってあるんだ。その階段を下りた先は洞窟のようになっていてな、その道は原町側の山の中に出るようになっているんだが、今はその出口というか入口というか、そこは二本の木があってな、大人はもうそこからは入れないほど木は成長しているんだ。何代か前の神主が人が迷い込まないように植えたのかもしれん。そんな洞窟の中にな、時々人がいることがあるんだ。魂が抜けてしまった人がな。たま~に、あの洞窟を見つけて入り込んで帰るのを止めたり、已むに已まれぬ理由で、誰かを連れてきたり、いや、それは私の想像だがな、そんな人たちが、ごくたま~にいるんだ。そんな人を見つけたときはな、洞窟にある洞の部分にいてもらってな、自然なお骨さんになるまでいてもらって、それから墓に入ってもらうようにしてるんだ」


 僕は話を聞きながら、胸がドキドキしているのを感じていた。それはワクワクするときに感じるドキドキではなく、怖いような悲しいような気持ちのドキドキで、目の奥が熱くなるのを感じていた。


「それでな、どこそこの誰がいなくなった。なんて話を耳にすると、そこにいるかもしれんなあと思うときもあるんだが、そういう話を聞かなくても、どこからきたのか人がいることがあるんだ。これは清龍寺神社に伝わる古文書にもあるんだが、『富士の樹の海で消えた人、清龍寺の龍の懐に抱かれ眠る』と、書かれてるんじゃ。だぁれもこの辺で消えた人がいなくても、洞窟には人がいる。不思議な話だが、富士の山と清龍寺の山の中で道が繋がっているんじゃないかという話も伝わっているんだ。もちろん、本当に繋がっているわけではないよ。あんな遠くの富士とここが繋がっているわけがない。山の大神様がここに連れてくるのかもしれん。そのための神社で、それを護るのが私ら祖先から伝わる血の役目なのかもしれん。だから、どうやって入ったにしろ、洞窟の存在は公に伝えるわけにはいかないんだ。絶対に」


 伯父の話を聞いているうちに、僕の気持ちは固まってきていた。心が震えるって、こういうことなんじゃないかというような、何かが心に響いてきていた。


 伯父に息子ができなくて、伯父の妹である母が僕を産んだんだ。僕がそれを護る役目だということが、不思議と自然に僕の心の中に湧き上がってきたのだった。



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