第4話 迷子

「お父さん、見つかった?」


「いや、まだだ。今から行ける衆と町の消防とで山に入る。懐中電灯はどこだ?」


「山へ?今から?もうこんな時間だで、山道に気をつけてよ」


 近所の真生君が犬の散歩に出たきり、暗くなっても帰ってこないと、真生君のお母さんが心配して探しながら道々そう聞いていたことを知り、町会長さんが近所の家の帰ってるお父さんたちに声をかけて、みんなで真生君を探し始めたのは18時を過ぎた頃だった。


 散歩に出たのが15時過ぎだというから、もう3時間近くも経つ。


 いつもは長くても1時間ほどで帰ってくるのが、この日はなかなか帰ってこず、真生君のお母さんが散歩コースを探していたところ、川向こうの山の方から、真生君が連れていた犬のラッキーだけが戻ってきたのを見つけ、真生君がいつもの散歩コースではなく、山に入ったんじゃないかという話になり、ラッキーだけが帰ってきたことから、暗くなり始めて真生君が迷子になったのかもしれないと、これから夜になるので早く見つけてやらないとということで、父たちは山を探すことになった。


 私は夕食のときも気がそぞろになるくらい、山の捜索が気になっていた。こんなふうに実際に山狩りをするのを目にするのは初めての経験で、川沿いに家がある我が家では、リビングの川側にある窓から山の中を歩く人が持つ懐中電灯が所々でチラチラと見え、真っ暗な山のいろんなところで光る電気が怪しげで、その景色がすごく綺麗に見え、真生君が早く見つかるといいなと思う反面、いつまでもこの灯りを見ていたいと思ってもいた。


「ハル、そろそろお風呂に入りなさい」


「うん、ちょっと待って。真生君まだ見つからないのかな?」


「どうなってる?ああ、まだあちこちで探してるね」


私の横に来て、一緒に山の方を見た母がそう言ってしばらく眺めていたけれど、変化はない。


「ほらほら、お父さんが帰ってきたらすぐに入りたいだろうから、あんた入っちゃいなさいよ」


「うん、わかった。何かあったら教えてよ」


思い出したように風呂を勧める母に私もそう言って、お風呂に急いで入って出たけれど、山狩りはまだ入る前に見た時と同じ状況で、真生君が見つかったという連絡はない。


 21時を過ぎ、21時半も過ぎ、22時になって、いよいよ灯りが綺麗だなんて気持ちはすっかり消え、真生君どこにいっちゃったのかな、大丈夫かなと、いつまでも散らばっている山の灯りを見て、胸がざわざわしたまま、「早く寝なさい」と母に怒られベットに入ったけれど、よくない想像ばかりが頭の中に広がって、なかなか眠れないなと思っていたけれど、いつの間にか眠りに落ちていた。



 朝になり、目覚めるとすぐに真生君が見つかったのかが気になり、階段をどたばたと下りて急いでリビングに行くと、父がパジャマ姿でそこにいた。


「お父さん、真生君は見つかったの?」


「ああ、見つかったみたいだな」


「みたいって、なに?」


「いや、お父さんたちは22時過ぎには山を下りたんだよ、明日にしようってことになってな。そしたら朝方町会長さんがきて、真生君が見つかったからって言っててな、どうも山の向こう側へ下りちゃったみたいでな、向こうの原町で見つかったみたいでな……まだ詳しいことはわからんが」


「ほらほらハル、急がないと学校に遅れるよ。今日は真生君は休むだろうから、あんたがみんなを連れて行かないと!さっさとご飯食べちゃいなさい」


母はそう言うけれど、真生君のことが気になって仕方がない私は、


「お母さん、ちゃんと話聞いといてよ」


と言い、私は朝ご飯を食べ、支度をして家を出た。


 集合場所に行くと、隣の地区の集合場所の同じクラスの由美が待っていて、


「ねぇねぇハルちゃん、6年の真生君がいなくなっちゃったんだって?」


「あ……うん、昨日犬の散歩に山に行って、迷子になったみたいだけど、もう見つかったよ」


「な~んだ、見つかったんだ」


「な~んだって、見つかってよかったじゃん」


「そうだけどさ、大事件だと思ってさ、今日は先生たちも探しに行くのかなと思ってさ、そしたら学校休みになるか自習になるかもと思ったんだよ」


 なるほど、そういうこともあったかもしれないなと思ったら、由美のガッカリも、ちょっと頷けるなと、真生君には悪いけど、もうちょっと見つかるのが遅かったらよかったかもと思ってしまった。


「ねえねえハルちゃん、真生君はどこにいたの?犬の散歩にいったんでしょ?」


「うん、そうなんだけどね……って、もう出発しないと!由美ちゃんの班、由美ちゃんを待ってるかもしれないよ!」


「あっ、ヤバイ。じゃあハルちゃん、あとで教えてよ」


慌てて走り出す由美を見て、危ないなと思いながら見送っていると、1年生の大樹の、「早く行こうよ~」の声に振り向くと、いつもてんでと待つみんなが、私のすぐ近くに集まっていることに気付いた。1年生の大樹たちはたいして気になっていないようだけど、大きい子たちはみんな真生君がどうなったのか、私と由美の話を近くで聞いてたんだなと気付いた。


 班長の真生君がいないこと、今の話の内容から、真生君がいなくなってたことを知らなかった子たちもいることを知った私は、


「班長は昨日、山で迷子になっちゃったみたいだけど、もう帰ってきたから大丈夫だよ」


そう言って、みんなを安心させて学校に向かった。


 教室に行くまでに、何人の6年生に声をかけられただろう?真生君の行方や昨夜の捜索の様子を知りたがる6年生たちには、集合場所でみんなに話したことと同じことを何度も話し、それ以上のことはまだわからないと答え、なんとか教室まで行くと、それを遠巻きに見ていた由美から、「大変だったね」と同情と期待交じりの声をかけられた。


「私もそんなによく知ってるわけじゃないんだよね。散歩に出て犬のラッキーだけ帰ってきて、夜遅くまで近所の人や消防が山の中を探してて、朝になったら町会長さんが原町で見つかったって言いに来たって聞いただけなんだよ」


「山狩りしたんでしょ?」


「うん。夜ずっと山を探してて、懐中電灯の明かりが見えてた」


「原町にいたの?」


「そうみたいだけど、その辺のことがよくわかんないんだよ。朝そう聞いただけで出てきちゃったから」


「原町って、ひと山越えた向こうの町だよね。あんな遠くまで歩いたのかな?」


「そうだよね、原町までっていうと、山越えしちゃったってことだもんね」


 自分でそう答えた瞬間、ハッとした。もしかしたら、もしかするかも……唐突にそう思った。


 真生君は、曾お祖母ちゃんがノートに書いたあの洞窟を歩いたのかもしれない。川向こうの山の上に、確かに一つ神社がある。山に囲まれたこの場所に住む私には、山の上の神社や山の上にあるお寺にいくつか心当たりがある。


 真生君が迷子になった川向こうの山にある神社は清龍寺神社という名前で、お寺なのか神社なのかというような場所で、鳥居もあるし、お墓もあるところだ。


 我が家の正面側にある田園が広がる向こうにある山にも神社があって、麓から長い階段が続く大山神社があるし、今、私がいるこの小学校の裏山にも神社がある。曾お祖母ちゃんのノートにあった神社や防空壕は、昔の人だから、そんなに遠くのことではないかもしれないと思っていたけれど、真生君が迷子になったことで、もしかしたら思いのほか近いところのことなんじゃないかという気がしてきた。


「ねえハルちゃん」


呼ばれて、由美と話していたことを思い出した。


「今日、学校終ったらハルちゃんちに行ってもいい?遊ぼうよ」


「うん、いいよ。っていうか、遊ぶことより真生君のこと知りたいんでしょ?」


「そうだけどさあ……」


「うん、まあ、いいよ」


 だって、私だって気になってるんだもん……由美がいれば、それを口実に聞き出せるかもしれないし。


 でも、その言葉は飲み込んだ。



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