第2話 手紙

 四十九日が終わり、お祖母ちゃんの部屋からいろんなものがなくなって、祭壇も取り払われ、仏壇のお祖父ちゃんの位牌の横に位牌を並べて、これからはここがお祖母ちゃんの居場所なんだなと、そんなことをふと思い、いつの間にかキャラメル味のキャンディーがなくなっていたことに気付き、部屋からまだ食べきれないでいたキャンディーを3つ持ってきて、供えた。


 お祖母ちゃんのタンスをどうするのかと母に聞いたところ、かなり古くなっているので、廃棄物として取りに来てもらうというので、もしかしたら蔵にあるタンスも捨てられてしまうかもしれないと思い、母たちは鍵を壊してでもタンスの引き出しを開けるかもしれないと思うと、私は気が気ではなかった。


 その日、母が買い物に出た隙に、私は蔵に入り込んで、鍵のついたタンスの鍵穴に、それを差し込んだ。


「ほら、やっぱりこれの鍵だ」


思わずそう呟くと、鍵を回して引き出しを開けた。


 一番上の引き出しには、古ぼけた紙に入った着物が2つ入っていた。


 これはタンスの持ち主だったお祖母ちゃんのお母さんのものだろうか、それとも鍵を持っていたお祖母ちゃんのものだろうか……いや、たぶん、お祖母ちゃんのお母さんの着物なんじゃないかなと思う。お祖母ちゃんの着物なら、蔵に入れておく必要はないのだから。


 お祖母ちゃん、自分のお母さんの着物を捨てられなかったんだろうな。それか、思い出に取っておいたのかな……


 そして、2段目の引き出しにそれは入っていた。


 2段目の引き出しにも、紙に入った着物が入っていて、その着物の下に隠すように、1冊の、古いノートといえるかどうかもわからない、背のところが紙で綴じられた、和紙のような紙の束が入っていて、表紙を1枚めくると、そこには筆で書かれたような字が見えた。


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 水道山の防空壕から帰るときに、あの洞窟を見つけた。


 大きな2本の木で隠すようにしてあることに、何か意味があるのだろうか?


 大きな木々と、周りの鬱蒼とした背の高い草で、そこに洞窟があることに気付く人はいないだろう。


 今度みっちゃんと、洞窟の中に入ってみようと約束した。


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 水道山?防空壕?洞窟?どこのことだろう?


 私は先が気になったが、母の帰りも気になって、蔵の中でのんびりするわけにもいかず、とりあえずノートを横に置き、3段目の引き出しも開けてみた。


 また、同じように紙に入った着物が入っていた。その着物の下からは、また隠すようにして3通の手紙が出てきた。ものすごく気になったけれど、それも横に置き、残りの引き出しも開けてみた。


 4段目と5段目には何も入っておらず空だった。きっとお祖母ちゃんが、母がやったように、曾お祖母ちゃんのタンスを片づけたのかなと思った。


 以前、蔵の中で見つけた、結婚して家を出た叔母たちが置いていった置物やキーホルダー、まだ綺麗なぬいぐるみ、綺麗な石などを見つけたことがあって、そういう何か可愛らしいものやちょっとした小物があったらいいなと思っていた私は、そういったものが何もなくて少しガッカリしたけれど、そんなものよりももっとすごいものを見つけたことには違いない。


 私は引き出しの鍵を元通りに全部かけて、出てきたノートと手紙を持って、蔵を出るときに誰もいないか確認して、急いで母屋に向かい、自分の部屋まで走るようにして行った。


 部屋に入って、ノートと手紙を机に置くと、胸がドキドキしてきた。


 お祖母ちゃんが隠してあったものを見ていいのかなと思う気持ちと、もうお祖母ちゃんはいないということと、これを捨ててしまわなかったお祖母ちゃんは、きっとどうしても捨てられなかったのだから、私がこれから大事にすればいいかなと、私は都合よくそう思うことにした。


 ノートの続きも気になるけれど、それ以上に、この手紙が気になった。


 封筒のような紙に入っているけれど、封筒は私が持っているような、郵便番号を書くところもなく、ただ無地の紙の袋のようなもので、それを開けると1枚の、これも和紙のような紙が入っていた。


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 誠子様


 会いに来てくださって、ありがとうございます。 


 お会いできる日を指折り数える日々を過ごしておりました。


 それなのに、いざ顔を合わせてしまうと、口下手な私は上手く言葉を出せません。


 一緒にこの高いところからの景色を眺め、


 ただ、隣に座るあなたの息遣いを感じるだけで、


 幸せを感じているのでございます。


 私はこれからも毎日、同じ時間にここに参ります。


 あなたが来ても来なくても、


 ここから同じ景色を眺める時間を持つようにいたします。


                            恵信


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 宛名に「誠子様」と書かれているので、やっぱりこれは曾お祖母ちゃんのものだとわかったけれど「恵信」とは、曾お祖父ちゃんのことじゃないということも同時にわかった。


 なんだか見てはいけないものを見たような気がした。


 これは何だろう。いわゆる、ラブレターなんじゃないか。そう思うと、写真でしか見たことのない、白髪の皺のある写真の曾お祖母ちゃんの、想像もできないほどの若い頃の顔が、どういうわけか母の顔となって思い浮かんで、曾お祖父ちゃんではない「恵信」が、顔が思い浮かばない「恵信」が少し怖くもあり、胸の鼓動はますます高鳴った。


 その先を知ることが少しだけ怖く、どうしようかと思ったけれど、好奇心にはかなわなかったので、次の手紙も開けてみた。


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 誠子様


 会いに来てくださって、ありがとうございます。


 そして、先だっては誠子さんの握ってくれたおにぎり、


 大変おいしゅうございました。


 遠くの景色を眺めながら2人で食べたおにぎりの味を、


 わたしは決して忘れないでしょう。


 あなたの横にいるとき、


 あなたの手の甲とわたしのそれとが触れることがございます。


 そんな時、ふとあなたの手を握ってしまいそうになります。


 そのあなたの手が握ったおにぎりを一緒にいただけたのは、


 まるで夢のようでございました。


 あと何度、こんな日をわたしのものにできるのでしょうか。


                             恵信


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 誠子様


 先だっては、あのような場所からあなたがお友達と出てこられて、


 大変驚きました。


 お勤め中だったわたしは、天女でも現れたのかと思ったほどです。


 あの時はわたしも驚きましたが、


 あなたの驚いた顔もわたしの目に焼き付いてしまいました。


 あの日から、あなたのことが忘れられません。


 あのあと、よかったらまた来てくださいというわたしの言葉を受けて、


 ふたたびわたしに会いに来てくださったあなたに、


 わたしがどれほど感動したことか・・・


 今はただただ、想いは募るばかりでございます。 


                             恵信


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 どうしてだろう。いつの間にか涙が零れていた。


 これが一番最初の手紙かな。


 曾お祖母ちゃんとこの人、恋人だったのかな。


 だけど、相手は曾お祖父ちゃんじゃないんだと思うと、私は少しだけ胸が痛んだけれど、これは結婚する前に好きだった人がいたのかな、そういうこともあるなと自分を納得させた。


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