第6話 先生と村長

「どういうことだ!村長」


私はすぐに村の集会所になっている村長の家に駆け込んだ。


私が家に入るとすでに七、八人の男たちが集まり、険しい顔つきで話し合いをしていた。


「そりゃこっちが言いたいでさあ先生。約束が違うじゃねえですか」


「約束?」


村長の茂助もすけは昨年、先代から長の座を受け継いだばかりで、歳は五十になったばかりの鋭い目をする男だった。


「村には呼ばれた時以外は来ねえでくれ。その代わりに定期的に食糧を渡しに行く。そういう取り決めだっただろう」


私はこの村外れに住居を構えているが正確には村人ではない。こういった集会に参加しまぢてや発言することは許されないし、村の祭りにも顔を出すこともできない。だが、それでも利害が一致した時のみ村の人と接触をしていいことになっている。彼らの手に余る村に害をなす妖怪が出現した場合にのみ、私は力を貸す。そうすることで、私はここの外れに住み、作物の恩恵に与ることを許されている。


私は、村の人たちからは都合のいい化け物扱いされている身なのだ。


「すまない村長。しかしな、火急のことゆえな。許せ」


「許せ?ふん。もう来てるじゃあないですか。何を今さら。子どもが怯えてますよ」


村長の孫なのか。年端もいかない子どもが母親らしき女の陰に隠れながら震えている。


「ごめんね。悪いことはしないよ。話にきただけだ」


私がうっかり声をかけてしまうと、子どもは余計に怖がってどこかへ行ってしまった。


「もう。余計なことせんでください先生。何用です?」


「すまん。他でもない。鬼のことだ」


「ああ。山のですか?」


「とぼけるな。討伐隊を組んで山に行くと聞いたぞ」


「さいですなあ」


「なぜ!?」


「何故?」


茂助は男連中と顔を見合わせると、不快な笑みを浮かべた。


「鬼が危険だと。そう聞いたからですよ」


「なに!?誰がそんなことを!?」


好事家こうずかです」


「あいつ!」


やはり、あの時の好事家は何やら腑に落ちない表情をしていると思ったのだ。面倒くさがらないで私が行けばよかった。好事家に対しての感情よりも己の馬鹿さ加減に腹が立った。


「いや聞いてくれ村長。鬼は、確かに尋常ではない力を有している。それは時として、害をもたらすこともあるかもしれん」


「やはり。では取り除くがいいでしょう」


「待ってくれ!友好に付き合えば恩恵もある。それに、剣呑な妖怪連中と違って話が通じるんだ。自然の事柄だと思えばいい。雨や、雪や日照りだ。害もあるが助けてもくれる」


「雪や雨とは違いまさあ」


「何故だ!?」


「雪や雨は殺せねえが、鬼は殺せる」


言葉を失った。なんて、なんて自分本意な考え方なんだ。金花きんかとはまるで違う。真逆だ。自然は人間と生きるようとしてるのに、人間は自然と生きようとしていない。


「家畜を襲った犯人は確かに鬼ではないと聞きました。だが同時に、鬼はもっと危険だとも聞いた。村の連中の安全が大事だ」


「金花は…鬼は何もしていないだろう」


私は、こういう時の人間らが道理で責めるしかないということを知っている。彼らは無駄に熱くなっているだけなのだ。なんとか言葉で納得させねば、そう思った。


「何もしていない鬼を殺すのか。それでは話の通じない妖怪どもと同じだ。獣以下だぞ。山に嫌われる。災厄が起こる」


根拠のない話だったが若い数人の連中の顔を痙攣らせるのには十分だった。しかし、茂助の不敵な笑みは消えない。


「いやあ。先生。そいつは違いますな。鬼はすでにしでかしている」


「何をだ!家畜は違うと先ほど村長が言ったではないか」


茂助は煙管を目一杯吸い込んで大きく煙を吐き出した。


「三日前から、山に入った五平ごへいが帰ってねえ」


「なに!?五平さんが?なんで?」


「母親が風邪をこじらせてな。食い物を取りに山に入って帰ってこねえ」


「な…」


五平は確かに食べ物がないとぼやいていた。彼の母を思う気持ちは人並み以上だ。


「でも、だからって鬼の仕業だとは…」


「先生と鬼の棲家の近くまで行った時に、木の子の沢山なってるとこ見つけたって、そこに取りに行くって、五平はそう言ってたんだよなあ?」


「はい」


暗い表情で若い衆が頷く。


「そんな…」


一瞬、魑魅魍魎ちみもうりょうの一匹を捻り潰す金花の顔が頭をよぎった。一滴の返り血が金花の美しく真っ白な顔に飛び散り、まるで雪の中に牡丹が一輪咲いたようだったのを覚えている。


「三日間は待とうって話だったんだがな。今日がその三日目だ。鬼を殺すかどうかは分からねえが、少なくとも五平の死体は見つけにゃならん」


死体を探すだけと言いながら、若い衆はみな手にくわなたを持っている。


「護身用だよ。鬼は危険だからな。身を守らなきゃ」


茂助はヘラヘラと笑っていたが若い衆は曇った表情をしている。大方、万が一鬼が襲ってきたら俺の盾になれよとでも言われているのだろう。茂助は村長ではあるが、非常に残忍で狡い男である。


「じゃあぼちぼち行くぜ。先生、邪魔しないでくださいな。ま、ついてくるって言うなら別ですがね」


葛藤があった。金花を守りたかったが私の立場もある。それに、彼らに金花をどうにかできるとは思えなかったがこれだけの若い衆がもしも金花にやられたとあればタダではすまない。下手をすれば、街から武器を持った本当の討伐隊がやって来るかもしれない。


「どけよ。先生」


茂助が私の顔の目の前に立ち、鋭い眼光で睨みつけている。もはや、迷っている時間はなかった。


「私が行こう」


「あん?」


「私が一人で。五平の死体を見つけ、鬼のところへ行ってこよう」


村人たちが顔を見合わせている。


「ちゃんと鬼を殺してきてくれるんですかい?」


「いや、そうではない。話をしてくる。だがもし仮に、鬼が五平を殺したのならその時は」


「その時は?」


胸のむかつきを抑えて、私はようやく言葉を吐き出した。


「この手で鬼を殺してくる」


そういうことになってしまった。


続く

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