ゆみりとなつみ その9
ゆみりは本を閉じた。これ以上その場面を見ていたくなかった。あたりは物音ひとつしない。遠くの閲覧席に二つ三つ人影があったが、雑音を立てることはなった。
以前のゆみりであれば、この上なく喜ばしい環境である。だけど、今はこの静謐さがゆみりを落ち着かなくさせた。孤独を強く感じる。ゆみりは――独りだ。
ゆみりは一階に場所を変えた。一階はエントランスホールであり、多目的スペースもある。二階よりは、他人の気配を感じられるはずだ。
多目的スペースに入った。ガラスに囲われた小部屋のような空間。出会って間もないなつみとゲームに熱中したあの場所。
あの時ゆみりたちが座っていた席には、二人連れの少女が座っていた。ジュースを片手にたわいもないおしゃべりに興じている。外は今日も暑い。避暑がてら休憩でもしに来たのだろう。
そんな少女たちからは少し離れた位置にゆみりは腰かけた。鞄を机に置き、ほう、と息を吐いた。少女たちの楽しそうな話し声が聞こえてくる。いつもなら不快でしかないはずのそれも、なんだか心地よかった。なつみが戻ってきたかのように錯覚できるからかもしれない。
本を読む気にはなれなかった。だが、これと言ってほかにすることもない。だから、ガラスの壁際で会話を連ねる少女たちの様子を、ゆみりは何とはなしに眺めていた。
少女たちは五年生くらいに見えた。体格的に言えば、ゆみりより長じていて、なつみよりは全然幼そうに見える。変な言い方だが、ゆみりとなつみを足して二で割ったような容姿である。
少女たちは一言二言、言葉を交わすたびに笑いあっていた。何がそんなに楽しいのだろう。ぼんやりとした頭でゆみりは考える。
お店でクラスメートの子たちに絡まれた時にもそう思った。あの子たちも誰かが何かを言うたび、すぐに笑っていた。他人の調子に巻き込まれるのが嫌いなゆみりは、それを嘲笑の一種だと受け取っていたのだけれど――。
壁際に座る少女たちを見ていると、それは少し違うのかもしれないと思えた。あの子たちは言葉に笑っているのではない。大好きな友達一緒にいられる時間が楽しくて、ただそれだけのことで笑っているように見えた。
あのクラスメートたちも単にゆみりに絡んできたわけではなかったのかもしれない。彼女達なりにゆみりを受け入れようとしてくれたのかもしれなかった。
なつみはそれをゆみりに伝えようとして、怒ったのかもしれない。他人の行為を否定的に受け取りがちなゆみりを、諫めてくれたのかもしれなかった。これ以上ゆみりから人が離れていかないように。
会話に一区切りがついたのか、二人の少女はおもむろに立ち上がった。少女たちはやはり楽しげに言葉を交わしながら、ゆみりの横を通り過ぎて行った。そのままガラス張りの部屋を二人は出てゆく。その光景は紛れもなく友人同士が過ごす休日の一コマだった。ゆみりはそれが少しうらやましく感じられた。そして、ゆみりは思う。
――私達はどのように見えていたのだろう。
この夏休み、ゆみりとなつみは日中のほとんどを一緒に過ごしていた。他人の目にはそんな二人の姿はどのように映っていたのだろう。友達同士で図書館に遊びに来ている。そんな風に見えていたのだろうか。ちょうどあの少女たちのように。そうだったらゆみりはちょっぴりうれしい。ちゃんと友達がいるのだと実感できるからだ。だけど、それは願望に過ぎないともゆみりは思う。
なつみを友達だと認識できたのは数日前のことだ。それまでのゆみりはあの子をどう認識していたのだろう。出会った当初なんてあの子を邪魔者だと感じていた。大切な読書の時間を阻害する障害に過ぎないのだと。だけど、日を重ねるにつれて、ゆみりはなつみとの関係性がよくわからなくなっていった。今思えば、当初の悪印象が次第に払拭されて行ったのだと思う。だが、それでも、ゆみりはまだなつみを友人だとは思っていなかった。
だからきっと、他人の目にも友人同士には見えていなかったんだろうと思う。ゆみりにはそう考えるだけの根拠があった。
なつみの前で、ゆみりは笑ってみせたことがない。ゆみりの記憶では少なくともそうである。いつも、ふてくされたような仏頂面をぶら下げていたような気がする。もちろん自分の顔の表情なんて鏡を覗かない限り確認しようもないのだが。
ゆみりはなつみを友達だと認識している。だけど、おそらく二人はまだ友人ではない。友人同士であるなら、もっと笑顔があっていいはずだ。ゆみりはもっと楽しそうに笑って見せられるはずだ。
なつみと友達になりたい。ゆみりはそう思った。
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