8-4

「この子のことも殺そうとしたの?」


 一段と沙耶香の温度が下がるのを感じ、梢は必死に自分の意識を保とうと精神を集中した。


「沙耶香さん、お願い。思い出して。確かに周先輩がした事は許されない。だけど、あなたのことを本当に好きだったの」


 内から聞こえる梢の声に沙耶香は耳を塞いだ。


「……るさい……うるさい……! 好きだから殺した? だったら道連れにしてあげる。そうすればずっと一緒にいられるわ」


 ふふふ、と沙耶香は笑みを零し、未だ腰を抜かしている周の腕を取った。


「や、やめてくれ……宝生……! 頼む、やめさせてくれ……って、おまえ宝生だよな……?」


 今になって理恩の素顔を見た周が半信半疑の目を向け、震える声でそう言った。

 理恩は、ふむ、と腕組みをしながら周のすぐ横で腰を屈めた。


「周先輩。自分が犯した罪を認めないと、これ終わんないから」

「み、認める、認めるから!」

「だって。野神先輩、どうします?」

「……尊くんはどうしてるの?」


 沙耶香の言葉に周は再び壊れたように笑いだした。


「結局、兄ちゃんか! 沙耶香が死んで引きこもりになったよ。もう学校には戻れないだろうね。約束されてた将来だって兄ちゃんにはもう無理だ。だから、俺が兄ちゃんの代わりに輝かしい人生を歩んでやる!」


 理恩はため息を吐いた。


「やっぱ取り殺されろ」

「は? 認めただろ!? 話が違う……」

「俺的には1回死ねって思うけど、それだと野神先輩が浮かばれない。だから、死ぬよりも恐ろしい体験してもらおっかな」


 そう言って理恩は立ち上がり、片手を空へと伸ばした。


 その途端、屋上に黒い塊が複数出現した。


「な、な……」

「あ、視える? これこの辺にいる悪霊を呼んでみたんだけど」


 ただの黒い塊だったそれらは動物や、人の形に変形し、周を取り囲んだ。


「コイツらに取り憑かせたら、周先輩の言う輝かしい人生なんて無理だろうなあ。不幸の連続、原因不明の病、怪我、もう色んなこと起きちゃうだろうね」


 予想外の展開に沙耶香も梢も、そして周も、目を白黒とさせた。


「お、俺はどうすれば……」

「取り殺されるのも、取り憑かれるのも嫌なら、警察に自主しろ。それと野神先輩に心から詫びろ。尊先輩と梢にも、野神先輩のご両親にもだ。それでいいですか? 野神先輩」


 ガックリと力なく頭をたれる周を上から見下ろし、沙耶香はふっと息を吐いた。


「周くん、あの時私は鍵を渡さなかった。だけど、あなたはこの学校へ自力で入ったんでしょう? 私はここからずっと見ていた。頑張っているあなたをずっと」

「沙耶香……」


 周は血が滲むほどに唇を噛み締め、ボロボロと泣いていた。


「ごめん……ごめん……ごめ……」

「負けないで」


 沙耶香の言葉はかつて周が荒れていた頃に彼女がかけた言葉と同じだった。


「好きだったんだ……悔しかったんだ……」

「私こそ、あなたの言葉を信じられなくてごめんなさい。これからは自分を信じて生きて」


 梢の中に渦巻いていたドライアイスのようなヒリヒリとした熱が止んだ。


「……兄ちゃんは俺が沙耶香を殺したことを多分知ってる。沙耶香に鍵を渡された時に俺が彼女にしてきたことを全部聞いたはずだから。だけど、兄ちゃんは警察に何を聞かれても俺に関することは何も言わなかった。庇うことなんてないのに」

「尊くんはあなたに悪いと言っていたわ。お母さんは尊くんには甘いけど、周くんには厳しく当たるからって。あなたを庇っていたのは彼なりの罪滅ぼしだったのかもしれない」


 その時、理恩のスマホが突然音を鳴らしたので、全員がビクリと身体を震わせた。


「あ、すまん。佐野先輩からだ。もしもし?」


 この場の雰囲気を清々しい程にぶち壊し、理恩は淡々と電話の向こうの佐野と会話を続けた。


「あー、うん。わかった。今からそっちいくわ」


 どちらが先輩なのか、もはやわからない口調で理恩は通話を切ると、梢たちに向き直った。


「周先輩、最後の仕上げに行きましょうか」

「え?」

「尊先輩が自殺を図ろうとしたみたいだ。大森先輩たちが止めてくれたけどな」


 沙耶香の目が見開いた。


「わ、私も一緒に……」

「勿論、沙耶香さんにも来てもらいます」


 そう言ってカラコンを装着しようとした理恩に周が叫んだ。


「待って! これどうにかしてからにしてくれ!」


 これ、というのは周のまわりに召喚された悪霊たちだった。


「ああ、すまん」

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