8-2

 ――そうだ……相葉優花は……優花は死んだ。


「うん。だから梢ちゃんの身体に入らせて貰ったの。霊体で沙耶香さんと話してもいいんだけど、それだと理恩にもそこにいる彼にも聞こえないし」


 周は腰が抜けているらしく、唇を震わせ仕切りに首を左右へ振っている。


 ――本当に優花なのか? 優花は私のことを沙耶香と呼んでいた。


「ああ、私何故か記憶がないところがあるの。沙耶香さんに関係する部分だけごっそり。そうだ、これ見て」


 そう言って優花は持っていた梢の鞄から自分のスマホを取り出し、沙耶香とのトーク画面を開いてみせた。


「これ、私が死ぬ直前まで持ってたスマホなの。最後に話してたのは沙耶香さんだった。何を話してたか思い出せる?」


 すると、画面の中で削除されて見えなかった沙耶香の言葉が何も触れていないにも関わらず勝手に打ち込まれていった。


 20××年12月10日(月)

 サヤカ:やっぱり周くんとの約束を私が破ったらいけなかったんだよね。(15:09)

 ゆか:それってもう時効じゃん。沙耶香が気にすることないよ。(15:10)

サヤカ:もう会わないと思ってたから……。まさか尊くんの弟だったなんて。傷つけたよね。(15:11)

 ゆか:……そりゃ、沙耶香が気にするのはわかるけどさ。それを脅しの材料に使ってくるなんて許せない!(スタンプ)(15:12)

 サヤカ:でも……(15:13)

 ゆか:絶対に要求飲んじゃダメ!(15:14)

 サヤカ:中学の頃、私を救ってくれたのは彼だったのは確かなの。私も彼を好きだったのに……信じきれてなかった。(15:16)

 ゆか:……沙耶香はどっちが好きなの?(15:18)

 サヤカ:尊くんだよ。付き合ってるのは尊くんなんだから。でも周くんを無視することも出来ない。(15:20)

 サヤカ:優花? 怒ったの?(15:30)

 サヤカ:事故にあったって……嘘でしょ?(19:20)

 サヤカ:優花……私、自分に正直に生きるよ。優花の分まで恥ずかしくないように生きる。

今まで友達でいてくれてありがとう。天国でゆっくり休んでください。


 優花、大好きだよ。(21:48)


 【サヤカが退室しました】




「……思い……出した」


 一気に溢れ出した沙耶香との思い出を、梢は優花の精神を通じて共有した。


「私……沙耶香の気持ちわかってたのに……。酷いこと言っちゃった……。どっちが好きかなんて、沙耶香にとっては、どっちも大切な人なんだってこと、わかってたのに……! ごめん……ごめんね、沙耶香!」


 あの時、それを打ち込んでいる時に優花は事故にあい、メッセージは沙耶香に送られることなく消滅した。

 あの日、あの時、あの場所で、伝えたかった言葉を伝えられなかったから、優花はホームから動けなかったし、成仏出来なかったのだろう。


「親友だ、なんて言いながら一瞬でも沙耶香を疑った自分が恥ずかしくて消えたかった。でもまさか沙耶香のことを忘れちゃうなんて……」


 ――優花……ああああ……!


 一瞬、沙耶香の思念から暖かなものを感じたが、すぐにどす黒いものに塗り潰された。


「ダメか……」


 舌打ちする理恩に、優花は沙耶香から視線を外さずに口を開いた。


「理恩、そろそろ私成仏しちゃうみたい。お墓参り来てね? 約束だよ?」

「ああ、約束する」

「梢ちゃん、沢山憑依してごめんね。最後に話せてよかった。生きてたらきっと友達になれたと思う」


 生きていたら――。散々勝手に身体を使われた気もするが、今は梢も優花のことを嫌いではなかった。


 霊体に体温はない。


 けれど、梢は確かに感じていた。


 優花の魂には暖かな体温があった。


 その温度がふっと身体から抜け出し、霊体となった優花は、傍で不思議そうに彼女を見つめる黒猫の頭をそっと撫でると、梢に向かって口を開いた。


「お願い。沙耶香を――私の親友を救ってあげて! 理恩と梢ちゃんなら出来るって信じてる」


 灰色の空から一筋の光が優花へと伸びた。あれが天界への道しるべなのだろう。


「猫ちゃんもありがとね。バイバイ、理恩」


 優花は最後に理恩の頬へと口付け、そしてふわりと身体を浮遊させた。


「……あいつ、なんて?」


 天へ昇っていく優花を見上げながら理恩は梢へ問いかけた。


「沙耶香さんを救ってあげてって。私と宝生くんなら出来るって」


 それを聞いた理恩はふっと笑った。


「当たり前だ」


 そう言って理恩はメガネに手をかけ、ゆっくりと外した。

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