6-4

***


「……う……」


 梢は小さな呻き声を出して、ゆっくりと瞼を開いた。

 ぼんやりとした視界に最初に飛び込んできたのは美しくライトアップされた公園の景色だった。


「…………」

「起きたか」


 隣から声が聞こえる。

 そう、彼は宝生理恩。そして、ここは井の頭公園だ。


「おい、大丈夫か?」


 いつまでも無言で惚けている梢の目の前に、理恩の大きな手が翳され、上下に動かされた。


「……夢じゃない……ってことは……」


 ブツブツと呟く梢のひたいへ理恩はその手を当てた。が、瞬時に梢によってひっぺがされた。


「な、何すんのよ!」

「熱でもあんのかと」

「ないわよ! っていうか、触りすぎだから!」

「は?」

「は? じゃないわよ! 腕組んだり、頭撫でたりしたでしょ!」

「ああ、悪い。あれは優花が……っておまえ記憶あんの?」


 梢は頬を膨らませながら頷いた。


「初めて自分の体の中に他人の意識がある感覚を味わったわ。ほら言ったでしょ? 近いうちに能力が開花――」

「そうか。なら話は早い。優花と野神沙耶香は友達だった。その会話内容から野神沙耶香は誰かに脅されていたことは明白だ。明日からは野神沙耶香の友人関係をあたる。小嶋尊以外に男の影があったかどうかも」

「人の話を聞きなさいよ。もっと私の能力が開花したことを喜んでよね!」

「自分で交霊出来るようになってから言え」


 ごもっともな返答に梢はぐうの音も出なかった。


「今日得た情報は明日部の皆で共有しよう」

「そうね。大森先輩と神楽坂先輩は野神沙耶香の交友関係を知ってるかもしれないし」

「ああ」


 そう言って理恩はベンチから立ち上がった。


「家どこだ。遅いから送ってやる」

「え、いいよ」

「おまえ見た目だけはいいからな。中身を知らない男が騙されるかもしれないだろ」

「はあ!? 失礼な。私は中身もイケてますー! 彼氏だってちゃんと……って、そういや優花さんって宝生くんのことが好きなのね。感情がバシバシ伝わってきて、ある意味呪われそうだったわ。物好きというか、ダサ専なのかしら」

「どっちが失礼だ。彼氏? まさか小嶋周と?」

「……ま、まあね。ちゃんと付き合うことになったから、また木の上とかに登って見張らないでよ? あと、優花さんがまた私に憑いたとしてもあまり引っ付かないで。身体は私なんだから」

「俺だってくっつきたくない。それと……おまえが誰と付き合おうが俺には関係ないが、小嶋周は事件の関係者の家族だ。その事を忘れるな」

「わかってる。聞けそうなことは聞くし、お兄さんの方ともまた話してみる……」


ここで梢は推理した。

真犯人は、野神沙耶香が小嶋尊の他に好きだった人間、もしくはその逆。

 そのどちらかが野神沙耶香の弱みを何かしら握っていて、どこかで学校の金庫の話を知り、教師である野神沙耶香の父から鍵を奪う計画を立てた。

 だが、正直な性格の沙耶香は鍵を持ち出したはいいが、彼に渡すことはしなかったのだろう。

 それに激昂した犯人が屋上から沙耶香を突き落とした。


 小嶋尊は鍵の存在を知っていた。

 加えて、事件直前に沙耶香と揉めていた。


 と、なるとやはり――。


「俺の言いたいことがわかったか」


 考え込む梢を見ていた理恩がそう零した。


「うん……そうね。周先輩がお兄さんを庇っている可能性は充分にある」

「そういうことだ。真実がわかるまでは油断するなよ」

「わかった」

「で、家はどこだ」


 結局、理恩に押し切られて家の前まで送られてしまった。


「今どき珍しい日本家屋だな」


 小比類巻家を見た理恩がそう感想を零した。

 確かに高級住宅が立ち並ぶこの渋谷に、古い瓦屋根の木造平屋建ての家屋は些か目立っている。


「ここを建てる時におばあちゃまがお父さんに注文つけたらしいわ」

「イタコのばあちゃんか。てか、おばあちゃまって呼んでるのか。それも今どき珍しいな」

「小さい頃からそう呼ぶように言われて育っただけよ。じゃあね、送ってくれてありがとう」


 そう言って門をくぐり抜けた時、玄関の扉が横へスライドした。

 人感センサーにより点灯した灯りに照らされていたのは車椅子に乗った祖母だった。


「お帰り、梢。お久しぶりね、理恩くん」


 祖母は理恩へ確かに言った。

 “久しぶり”と。


「え……おばあちゃま、宝生くんと知り合い……?」


 接点が全くなさそうなふたりを梢が交互に見ると、静かな笑みを浮かべている祖母とは反対に理恩は相変わらずの無表情だった。

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