4-4

「予期せぬ人物から殺された――だから、死を受け入れられない。俺にはそう思えました」

「君にはわかるのか」

「俺と梢には霊感があります。といっても俺は霊の姿は見えるけど声は聞こえないんですけど」


 そう言って、理恩は自分の隣に座る梢は指差した。なので、梢は軽く会釈をした。


「そうか……。やっぱり沙耶香は自殺なんてしてなかったんだな……。でも一体誰が……」

「野神先生は何か気がかりに思っていることがあるんじゃないですか?」


 野神の揺れる目の振り幅が大きくなった。


「……一度だけ。沙耶香が亡くなる直前にあの子が謝ったんだ」

「謝った?」


 理恩の問いかけに野神は頷いた。


「沙耶香は小さい頃から嘘をつくのが苦手でね。悪いことが出来ない性格だったんだよ。何か言えないことをしてもすぐに謝ってしまうような子だったんだ。あの日は……大切な鍵をなくしてしまったと言って謝ってきた」

「鍵?」

「君たちはあの学校の生徒だから詳しくは言えないが……。普段は理事長が保管している鍵だ。使用後は必ず理事長へ返さなければいけなかったんだが……うっかり持ち帰ってしまったことがあってね。慌てて理事長へ電話したら次の日に返せばいいと言われたから玄関に置いておいたんだが……」

「鍵がなくなっていた?」


 理恩の言葉に野神は頷いた。


「最初は妻がどこかへ移動させたのかと思ったが、知らないと言うから沙耶香に聞こうとしたら、いつもは私より遅く家を出る沙耶香がその日は朝早く出る用事があるとかで先に学校へ行ってしまっていてね。その時は自宅の鍵と間違えて持って行ってしまったんだろうと大して気にしてなかったんだが……」


 そこまで言ったところで野神は片手で顔を覆った。


「いつもなら沙耶香とは学校で何度か顔を合わせるのに、その日は何故か会えなかった。私も鍵を返さなければならないから少し焦っていてね。やっと沙耶香を捕まえたのは放課後の教室だった」

「それは旧校舎の1年1組の教室ですか?」

「ああ……確かそうだった。私が教室に入った時、沙耶香は付き合っていた男子生徒と二人で話していた」

「小島尊と……ですか?」

「そうだ。なんだか揉めているように見えたから咄嗟に間に割って入ったんだが……。尊くんは穏やかな性格だから、ちょっと驚いてしまってね」


 と、いうことは小嶋尊の方が野神沙耶香を責めているように見えたということだろうか。


「声をかけたら、沙耶香を残して尊くんは逃げるようにして教室から出て行ってしまった。追いかけなくていいのか? と聞いたけど沙耶香は困ったように笑って首を振るだけだったから、そこまで深刻な話をしていたわけでもなかったのかもしれないが……。その後、沙耶香が謝ってきたんだ。鍵をなくしてしまったと」


 もう湯気の立たなくなった紅茶のカップを野神は両手で包むようにして持った。


「その時は間違えて持って行ってどこかへ落としてしまったのだろうと思った。だって、あの鍵を沙耶香が必要とするとは思えなかったし、思いたくなかった。でも今思うと沙耶香は金庫の中身を知っていて、わざと持って行ったのかもしれない。わざと持って行ったんじゃないんだろう? と聞いてもあの子は何も言わなかったから」

「金庫には何が?」

「それは言えないといったはずだよ。君たちはオカルトミステリー研究部なんだろう。想像してみてくれ。ちなみに理事長には私が紛失したことにして新しいものに取り替えてもらったよ」


 学校が金庫に保管するもの。

 野神沙耶香が必要とするものがそこにあるとしたら……一体なんなのだろう。


「テスト問題、とか?」


 そう口を開いたのは、佐野だった。野神はそうだとも違うとも言わないから多分正解なのだろう。


「そうだとしたら確かに魅力的だな。失礼ですが、野神さんは成績に悩んでいたりしたんですか?」


 大森の問いかけに野神は首を横へ振った。


「警察にはそう言われていたけどね。だけどあの子に限ってそんなものに手を出すなんて有り得ないよ。自分に正直な子だったからね」


 鍵を持って行って無くしたことを素直に謝罪するような人だ。野神の言う通り不正を行うとは思えない。


「……誰かに頼まれた?」


 佐野が口元に手を当てながら呟いた。


 すると、野神は淀んでいた瞳を輝かせた。


「私はその鍵を渡された人間が沙耶香を殺した犯人だと思っている」



***


「どう思う?」


 野神家からの帰り道。

 梢はずっとだんまりを決め込んでいる理恩に問いかけた。というより、野神から手をつけなかったからと配られた菓子を、この男は家を出てからずっと食べ続けている。ちなみに神楽坂が選んだのは老舗和菓子店、“どらや”のひとくち羊羹だった。


「やっぱり、小嶋尊には話を聞かないといけないな」

「……うん」


 梢は頷くしかなかった。


 事件直前に揉めていたふたり。

 なくなった鍵。

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