3-1『生霊』

 翌日、金曜日。


 一度学校から帰宅をしたオカルトミステリー研究部の面々が再び部室に集合したのは、午後10時だった。


「じゃあ校内一周したらまたここへ戻ってきて。先生はここから動かないからね! 早く戻ってきて!」


 顧問の柏木は顔を強ばらせながら部員にそう告げた。

 噂に違わず、なんとも頼りない感じの教師である。ちなみに男性だ。


 「行ってきます」と声をかけ、柏木をひとり部室へ残すと、全員で真っ暗な校内を各自懐中電灯を持って歩き出した。


「うわあ、テンション上がるなあ!」


 普段、口を開かない田中の明るい声が、誰もいない廊下に響き渡った。


 他の部員も例外なく、普段よりも饒舌になっている。


「宝生くん、小比類巻さん、どう?」


 そう声をかけてきたのはやはり田中だった。理恩と梢よりも先を歩いている4人が笑顔で振り向いた。一斉に懐中電灯の光が当てられたので梢は手のひらで目を覆った。


「心配しなくてもちゃんといますよ。でも悪さはしなさそうな霊ですね」

「いるんだあ! 神楽坂先輩、カメラカメラ!」


 まるで観光スポットにでも来たかのようなノリだ。


 薄暗い廊下をひと通りカメラへ収めると、部室のある5階から、1階まで階段で降りていった。


「1階は職員室、視聴覚室、調理実習室、それと体育館しかないから地下まで降りよう」


 大森に続いてゾロゾロと列をなしてさらに階段を降りていくと、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


 地下には保護者会などを行う多目的ホールと、サブ体育館がある。


 サブ体育館の壁一面には大きな鏡が貼られていて、普段はその上にカーテンがかかっている。


 大森が少し重たい扉を押し開くと、地下特有のカビ臭い匂いがした。


「よし、行こう」


 室内へ入ると、壁には普段通りカーテンが閉められていた。そこへ各々が手にした懐中電灯の光の円が映された。


「開けますよー!」


 興奮気味に号令をかけた佐野の声が響く。

 次いで勢いよくシャー、と音を立ててカーテンが開かれていった。


 鏡に映った光で自分たちの姿がよく見えないが、噂にあるような怪奇現象は起きていないようだった。


「……特に変わったことは映ってないわね……。宝生くん、一応写真撮ってくれる?」


 神楽坂にカメラを託されていた理恩が「はいはい」と面倒臭そうに何度かシャッターを押した。


「わ! これオーブじゃない!?」


 デジタルカメラの画面を部員全員で囲むようにして確認していると、神楽坂が感嘆の声を上げた。


 彼女が言う通り、画面には無数の光の粒が写り込んでいた。


「本当は鏡に何か映って欲しかったけど、これはこれで大収穫だな。幸先がいいぞ! 次、2階の理科室と音楽室に移動しよう」


 理恩が危惧した通り、この校舎のいたるところに霊の存在を梢は肌で感じていた。

 ただ、嫌な感じはしないので所謂悪霊の類ではなく、良霊と呼ばれるものなのだろう。


 きっちりと元通りにカーテンを閉めると、サブ体育館を後にした。


 扉を閉めた時、カーテンの裾が微かに揺れたことを誰も気づいていない。


 カーテンに隠されたその鏡面に、何か・・が映りこんだ事も。



 2階へと移動すると、理科室へと足を踏み入れた。

 別に幽霊がいてもいなくても夜中の理科室というだけで充分不気味だ。


「歩いてない」


 理科室を見渡して開口一番、大森の落胆した声が響いた。


 人体模型は定位置から動くことなく、沈黙を守っている。


「写真を」

「はいはい」


 意気消沈している部員たちを見ると、少しばかり可哀想に思えてくるのが不思議だ。

 梢はそこかしこにいる霊体に少しくらい悪戯してくれてもいいよ、と心の中で呟いたのだが――。



「きゃあ!」


 理科室で写真を数枚撮ってから移動した音楽室の扉を開けた瞬間、梢はそう叫んで扉へしがみついた。


「な、なに!?」

「何かでた!?」

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