第34話 ジャネット・ロジェの復讐

 鋼鉄人形の反応炉が完全に停止したようだ。私は元の小柄な自動人形の姿へと戻っており、黒服のブライアンと獅子獣人のブラッドも私の傍に立っていた。そして、シルヴェーヌもあの時のままの姿でそこに立っていた。


 黄金の髪を持つ小柄な少女。昨日の朝に私が着せた軍服姿だが、まぎれもなくあのシルヴェーヌだった。彼女は迷うことなく私の、金属製の体に抱きついて来た。


「姉さま。セシル姉さま」

「元に戻れてよかったわね」

「はい」

「ロクセがあのまま暴れちゃったら、ブラッド少佐が破壊してしまうところだったのですよ」

「ごめんなさい。頭に血が上って錯乱しちゃったかも」

「いいのよ。元に戻れたのだから」


 私はシルヴェーヌを抱きしめた。でも、まだ仕事は残っている。鋼鉄人形ロクセをどうにかして、中核部分に囚われているローゼとリリアーヌを助けなくてはいけない。


 自動人形の姿となって千年の時が経過している。私が本来の意味での精霊の歌を奉納できるのかどうかは自身が無かった。


 どのように歌を歌うか。どの歌を奉納するか。私はそんな事を考えていたのだが、異変が起こった。私たちの護衛として一両だけついて来ていた戦車が爆発したのだ。そして、少し離れて起立していたブラッド少佐の鋼鉄人形が動き始めた。


「何? 乗っ取られた?」

「馬鹿な。ドールマスターはいないはずだ」


 困惑しているブレイズ大尉とブラッド少佐だったが、彼らの動きは素早かった。ブレイズ大尉はシルヴェーヌを、ブラッド少佐は私を抱きかかえ、城壁の影へと移動していた。


「出てこい。この女を殺すぞ」


 声を発していたのは真っ黒で大柄な自動人形だった。私の記憶によると、帝国の戦闘用自動人形でエカルラート型だ。一般の兵士が束になってもかなわない機械の戦士。恐らく昨夜、シルヴェーヌ達の共和国軍を襲った主犯だろう。捕まっていた女性は戦車の搭乗員だ。


「戦車に女が乗っているとは思わなかった。いい人質になる」


 素手だが、女性兵士の首を掴んでいる。自動人形の一ひねりで彼女は絶命してしまうだろう。

 仕方なく、私は自動人形の前へと歩み出た。


「その人を離しなさい。関係ないわ」

「関係ない事はないさ。帝国の兵士だ。帝国兵は何人でも殺す」

「体が大きいだけ。野蛮ね」

「何だと? お前の様なポンコツに用はない。そこに隠れているシルヴェーヌを出せ」

「ポンコツ? 私はシルヴェーヌの姉、セシリアーナですよ。お話しする相手は私で十分なのでは?」


 私の名を聞いたエカルラート型は動きが止まってしまった。自動人形にはどう対処してよいのか判断できないようだ。


「セシリアーナだと? まさか生きていたのか?」

 

 この声は、鋼鉄人形の胸にある操縦席から聞こえた。操縦席の扉は開いたままで、中にいる人物の姿が見えていた。声質は若い女性だったが、見た目はかなり損傷している半分機械の人物だった。


「ジャネット・ロジェ……貴方も生きていたのね。機械の体になってまで生命に執着しているの?」

「お前だって機械の体じゃないか」

「そうだったわね。お互い、体の事は言いっこなしで。ところで貴方、何をしてるの? まさか、パルティアを再興しようと企んでるの」

「お前には関係ない。お前のせいで私の地位は危うくなったのだ」

「何の事かしら?」

「精霊の歌姫として、お前ほど優秀な人物はいなかった。そのお前が次期国王だと? 大概にしろ。私の権威が失墜したのだぞ」

「あらら。誰もあなたを除外しようなどとは思っていなかったのに。精霊教会の重鎮さん」


 全く何を考えていたのだろうか。自らの名誉と名声? それとも自尊心か。そんなものを守るために王国を危機に陥れた罪は重い。千年前、王都が炎に包まれた時に死んだと思っていたが、体を機械化して生き延びていたという事か。


「お前だけは許さない。殺してやる」

「逆恨みはよして下さるかしら」

「黙れ!」


 ジャネット・ロジェの乗った鋼鉄人形が剣を振り下ろす。しかし、正規の搭乗員ではないため、その動きは緩慢としていた。私は悠々とジャネット・ロジェの攻撃をかわした。


「何故だ。何故、もたもたしている。鋼鉄人形は戦車一個大隊に匹敵する戦力ではないのか? これではただの、大きいだけの役立たずではないか」

「あらあら。鋼鉄人形について何もご存知ないのね。その機体は親衛隊用の特別仕様。正規のドールマスターが搭乗するなら無双の実力を発揮します。鋼鉄人形の力は搭乗者の霊力に比例するの。でも、あなたが乗っても全然ですね」

「何が言いたい」

「つまり、あなたって大したことはなかった。だから千年前、鋼鉄人形に私の妹たちを乗せた。私の可愛い妹二人は、立派に鋼鉄人形を操って戦った。あなたにできない事をやり遂げたのよ」

「黙れ。私の上に精霊の歌姫なんかいない。私が常に、永遠に、一位でなければいけないんだ」


 狂ってる。

 この人はもう千年も狂ってるんだ。


「ジャネット・ロジェ。もうあきらめて頂戴。パルティアは既に滅んでいるの。精霊の歌姫も、もう誰もいない。過去の幻影にすがるのは止めて欲しいわ」

「まだ終わっていない。精霊の歌姫は永遠だ。シルヴェーヌが生きていればパルティアは再興できる」

「セシリアーナとは言わないのね」

「おまえなど排除の対象でしかない」


 嫌われたものだ。


 説得するのは無理。ならどうすればいい?

 強引に排除するとしても、あの、純白の鋼鉄人形を傷つける訳にもいくまい。


 その時、爆音を響かせながら航空機が飛んできた。これは恐らく、シュバル共和国の空軍機だ。皆の注意がそちらへと向いたところで、ブラッド少佐とブレイズ大尉が動いた。ブレイズ大尉は光剣を抜き、女性兵士を捕まえていた自動人形の右腕を切り落としていた。ブラッド少佐はジャンプし、鋼鉄人形の右ひざに渾身のパンチを放っていた。


 ブレイズ大尉は女性兵士を救出し、自動人形の首を切り落としていた。ブラッド少佐に殴られた鋼鉄人形の右ひざは砕けてしまい、そのままぐらりと仰向けに倒れてしまった。


 ジャネット・ロジェはブラッド少佐に鋼鉄人形から引きずり出されていた。焼け焦げた肌も人工物だったようで、その下から機械が露出していた。


 老いで衰えていく体を無理に機械化していたのだろうか。その無残な姿は、人の執着を、その醜さを端的に表しているかのようだった。

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