第26話 実体化した戦艦

 ロクセとレウクトラが肩を並べて歩いている。何か、大型の人型兵器がデートでもしているような錯覚に陥る。平和になったら、私も誰か素敵な殿方と静かな森をこんな風に歩いてみたい。そんな事を考えてみる。


 素敵な殿方って、どんな人だろうな。まさか、狼男のバーナード大尉とか? 

 うーん、彼は素敵って言えば素敵なのかも?

 でも、私はもう少し、普通の人がいいな。

 あれ? これはもしかして、人種差別になるのかな?

 

 好みの殿方を想像するんだからこれは個人の好みであって、決して差別じゃないよね。うん。きっと大丈夫。狼男とのデートなら断っても平気だと思う。


 我ながら、つまらない事を考えていたと思う。本当につまんない事。でも、緩く想像の世界に浸っていた私は、一気に現実に引き戻された。ロクセの隣を歩行していたバーナード大尉のレウクトラが突如爆発した。


「上空からのビーム攻撃です。先ほどの攻撃の数十倍の規模。一発で周囲数キロメートルが炎に包まれました」


 ローゼの報告だ。ロクセは透明な防御シールドを展開していたようで、今の攻撃を防いでいた。


「レウクトラは、バーナード大尉はどうなったの?」

「消滅しました」


 消滅だって?

 あの、高威力のビームで消し飛んじゃったっていうの?


「次弾来ます。シールド防御全開。リリちゃんは踏ん張って!」


 モニター右上のグラフはもうすっからかんだ。

 まだ頑張れるのか?


 ローゼの無茶ぶりかもしれないけど、ここは頑張るしかない。私はお腹にぐっと力を入れて、座ったままだけど踏ん張ってみた。


 ロクセは眩い光に包まれ、激しい衝撃に撃たれた。

 いや、何て衝撃なんだ。私は激しく揺さぶられた。城壁のてっぺんから突き落とされたような衝撃を三回分くらいまとめて貰ったかのようだ。こんな経験なんてしたことはない。


 ロクセは無事に立っているのだが、周囲は凄まじい火炎に包まれている。炎の壁は恐ろしい速度で周囲に広がっている。ロクセの周囲はビームの高熱のため、大地が融解し煮え立つ溶岩となっていた。


「左方20000メートルに超大型艦が実体化。グラザーク級戦艦です。全長2500メートル……こんな大型戦艦を大気圏内に持ってくるなんてどうかしてる」


 ローゼの報告だ。いやいや。戦艦って、どんだけでかいんだよ。戦艦の攻撃力って、どんな威力なんだよ。こういう兵器を使う神経がわからない。今、あのビーム砲を王宮に使えば、広大な王宮でも一瞬で燃え尽きてしまうだろう。


 真っ黒で、三角錐を幾つもくっつけた複雑な形状。でも巨大だ。20キロ離れていても、あんなにはっきりと姿が見えている。


『ロクセ・ファランクス。今すぐ降伏しろ。残っているのはお前たちだけだ。繰り替えす。今すぐ降伏しろ。パルティア王国将兵と一般国民の生命は保障する』


 降伏勧告だ。


 私たちは戦うとしても、あの威力のビームを王宮に放たれたら王宮は一瞬で燃え尽きてしまうだろう。王国全土を灰と化すのに一日もかかるまい。その間、私たちが抵抗したとして、どれだけの効果があるというのだろうか。


「リリアーヌとシルヴェーヌ。こちらへ来て」


 突然、セシル姉さまに呼ばれた。何だかわからないまま、私はローゼの目の前にいた。あの荒れ地、鋼鉄人形の中核であるローゼがいる場所だ。


 私の後ろにはシルヴェーヌとセシル姉さまが立っていた。目の前にいたローゼが話しかけて来た。


「リリちゃんごめんね。いっぱい戦ったせいで、霊体がかなり希薄になっちゃった」

「え? そうなの?」


 確かに脱力感はすごかった。何もしてないのにかなり疲れたという印象だったのだけど。

 自分の両手を見てみる。そして両手を空に向かって広げてみる。


 ローゼの言う通り、手のひらが透けている。もしかして、私はこのまま消えてしまうのだろうか。

 ローゼが私の両手を掴む。


「リリちゃん、心配しないで。私が付いているから」

「心配はしてないけど……。いや、ちょっと心配かな。このまま私が無くなっちゃうかもしれないって思うと寂しいよ」

「そんな事はさせない」

「うん。ローちゃんの気持ちはよくわかった。とっても嬉しいよ。でも、今はどうするべきなのかな。降参しないと、多分、王宮も丸焼きにされちゃう。そして王国も灰になっちゃうよ」

「そうね。それは事実」

「でも、私は降参したくない。宇宙からあんな、とんでもないモノを持ち込んで、王国を侵略しようなんて大精霊様だって許すはずがない。あの化け物戦艦は絶対やっつけてやる」

「その意見には賛成。でもね……」

「でも、何? 私たちじゃあの戦艦に勝てないの?」


 ローゼは目を瞑って首を振っている。セシル姉さまとシルヴェーヌは、私とローゼのやり取りを黙って見つめている。


「じゃあやろうよ」

「うん。でも問題があるの」

「何? どんな問題があるの? 私が死んじゃうだけなら気にしないで。あんな侵略者に支配されるなら喜んで死んでやるわ」


 私の言葉に頷いたローゼは私に抱きついて来た。セシル姉さまとシルヴェーヌは、黙って私たちを見つめていた。


「死ぬ覚悟はできてるのね」

「もちろんよ」

「さっきも言ったけど問題がある。それはね。リリちゃんの魂が消えちゃうかもしれないって事」

「消える? 無くなっちゃうの? それは死ぬ事と違うの?」

「うん、違う。普通なら死んでも霊界に帰る事が出来る。でも、消えちゃったら無理。存在そのものがなくなる。輪廻もなくなるの」


 なるほど。これは由々しき問題だ。

 人間の本質は肉体ではなく霊魂なのだ。幼いころからそう聞かされてきたし、疑ってもいない。死んでも、肉体が滅びても、魂は霊界へと帰る。そして再びこの世に生まれることができる。これが転生輪廻。


「それは大問題だね。でも、私はやる。存在が消えてもいい。シルヴェーヌやセシル姉さまやお父様や王国のみんなを守れるなら」

「うん。わかった。リリちゃんは立派だよ。でもね、もう一つ問題があるんだ」

「まだあるの?」

「うん。今、存在が消えるって話をしたけど、消えなくて済む場合もあるんだ」

「本当?」

「うん。本当。それはね、悪魔になっちゃう事で存在が維持される」

「え? どういう事? 私が悪魔になるの」

「うん。私みたいな」

「あ……」


 何となくわかった。それはつまり、たくさん人を殺すから。敵も味方も、たくさん殺して、何十人も何百人も、たくさん殺して、何千人も何万人も殺して、殺して、殺したら……そんな人は悪魔になっちゃうしかない。つまり、存在が消滅してしまうか悪魔になるか。その二択って事か。


「そう……なのね」

「そうなの」

「もしかして、ローちゃんは……」

「うん。私もね。元は人間だった」

「よくわかる。だって、ローちゃんはすごく暖かいし優しいから」

「ありがと。でもね。人としてやっちゃいけない事をやっちゃうと、人には戻れなくなる」

「そうなんだね」

「あの、大戦艦をやっつける武器はあるの」

「え? そうなの」

「うん。それは重力子爆弾。別名ブラックホール爆弾。でも、強力すぎるから、王都を丸ごと破壊してしまうかもしれない」

「なるほど。そう言う事か」


 あの化け物戦艦をやっつける武器はある。化け物をやっつけるんだから、威力も化け物なんだ。でも、それを使うと王都も一緒に破壊してしまう。これはちょっと、どうしていいのかわからない。私だけ死んじゃうなら何の問題もない。でも、王都を巻き添えにするなんて私の一存では決められなかった。

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