第1話・素人キャンパーと女神様

 釣った魚は知らない魚だった。


 ただ清流系の川魚と似ているし、泥臭さもなさげなので食べられるだろう。


 荷物にあったナイフで内臓を取って、そのまま川の水で血などを流して洗っておく。


『パンパカパーン。解体スキルを獲得しました。良かったね。異世界では必須ですよ!』


 五匹を捌いたところで、また女神様の声が響く。


 解体? スキル? 家とか車の解体業のことかな? 解体業なんて経験がないけどなぁ。意味が分からない。


 説明書とかくれなかったからなぁ。


 まずは火を起こさないと。野生の獣なら火を起こせば早々近寄ってこないだろうし、川魚は生だと寄生虫の危険があると本で読んだことがある。


 荷物を漁ると登山などで使う小型のコンロもあった。乾燥した落ち葉を集めてそれを数枚まとめて燃やして乾燥した木の枝でたき火を起こしていく。


 ぱちぱちと炎が燃えるのを見るとほっとする。太陽の位置から今は午後三時か四時くらいだろうか。


 気温は暑くもなく寒くもなく、木々の葉が紅葉してないので春なんだろうか。バーベキューコンロと一緒にあった鉄の串で魚を焼いていこう。


 調味料がないのが残念だが、贅沢は言えない。


 うん。鍋もあるね。お湯も沸かしておこう。大丈夫だと思うが見知らぬ土地で生水は危険だ。


 明日には移動したほうがいいだろうし、確か水筒があったはず。湯冷ましを入れておいたほうがいいだろう。




 時間は夕暮れとなっていた。この間、ただなにもする気が起きなくて魚が焼けるのを眺めていた。


 ひとつ気が付いたのは手が随分と若々しくなったことか。ゴツゴツとして黒ずんでいた手が不思議と子供のようになっている。


 女神様がしてくれたんだろうか。


 ふと、日本にいた頃を思い出してしまう。


「こんばんは~。おお、これがキャンプなんですね!!」


 辺りが暗くなると、森の中が不気味に感じてくる。


 そんな瞬間、目の前に突然現れたのは女神様だった。


「こんばんは……」


「おお! お魚さん美味しそう!! ひとつ頂きますね」


 ただ姿が前は女神様らしい服装だったのが、今はキャンパーらしい服装だ。


 驚きながらも挨拶をされたので答えたが、女神様はその瞬間にちょうど食べごろに焼けていた焼き魚を手に取ると、遠慮なくかぶりついた。


「……美味しくありません。塩を振るのを忘れていますよ。幸田さんはうっかりさんですね~」


 満面の笑みで焼き魚にかぶりついた女神様だが、すぐに不幸のどん底のような顔になった。やはり味がないと美味しくないのかと思っていたが。


 女神様は私をうっかりさんだと笑いつつ側にあったリュックを手に取ると、中に手を突っ込んでいる。


「これですこれ。万能調味料セット~!」


 ひみつ道具を出す青狸の真似だろうか。少しだみ声でやっていることで女神様は実際にはそれなりの歳なのを悟ったが、リュックから出したのはサラリーマンでも持っていそうなスーツケースだ。


「焼き魚向きのお塩」


 なにが起きているのかわからずにただ眺めている私の前で、女神様は囁くように焼き魚向きのお塩と言うと、スーツケースを開ける。


 そこには何種類もの塩が入った調味料の瓶が入っていた。


 その中のひとつを手に取った女神様は、ぱらぱらと食べかけの焼き魚に塩を振り食べるのを再開した。


「これです! 美味しいです! このお魚さんは警戒心が強くて、なかなか獲れない美味しいお魚さんなんですよ。ああ、こっちのお魚さんにも塩を振らないと」


 美味しそうに頭からかぶりついた女神様は、モグモグと食べながら魚の話をしてくれる。


 でも塩があるなら教えてほしかったなぁ。


「こっちはスープ……ではないですね。もしかして料理できないのですか?」


「いえ、それは明日の飲料水にする水です」


 魚を二匹綺麗に完食した女神様はたき火で沸かしていた鍋を覗き込むが、それは明日の飲料水のための水です。


「えっ、水なら無限水筒でいくらでも……」


「無限水筒?」


「もう、幸田さんダメですよ。メニューはきちんと確認しないと。異世界転移の基本です」


「メニューとはなんのことでしょう? 説明書の類は探したのですがなくて……」


「???」


「???」


 話が全然通じてないのはお互いにわかるが、しばし見つめ合っているお互いの頭の中にははてなマークが幾つもある感じだ。


「異世界といえばゲームとかでやった経験ありません? メニューとか……」


「異世界と言えば魔法世界とかでしょうか? 魔法使いとか魔女っ子が人間界に来たりする。ゲームというのはテレビゲームですか? あいにくと一度もやったことがなくて……」


「OH……」


 なんか根本的な認識が噛み合ってないのが露見した。


 女神様は私の話を聞いて、頭を抱えてしまい深いため息をこぼした。




「はい、注目―!」


 なにを思ったのか、女神様は突然立ち上がるとテントの中に入り、髪を結って白衣を着た上に眼鏡をかけた姿で出てきた。


 それと、その一緒に引っ張ってきたホワイトボードはどこから出したのでしょう?


「これ読んで」


「幸田さんにでもわかる異世界講座?」


「はい。よく出来ました!」


 ああ、先生なのか。


 でも夕暮れの川辺で、たき火の炎の光に照られている先生ルックの女神様の姿は違和感しかない。


「異世界とはファンタジーなのです!」


 ホワイトボードに赤いマジックで書いたものを自慢げに読むけど、わざわざ書く必要があるのだろうか?


「はい、幸田君。ファンタジーといえば、どんな世界を思い浮かべますか!」


「えーと、魔法使いがいる世界ですか? 魔法学校がある感じの……。あとはモンスターがいる世界とか?」


「正解! よかった。そこまで知らなかったら、先生が挫折していました。ここはモンスターのいる世界です!」


 やっぱり先生のつもりなのか。少しポンコツ先生に見えるのは言ってはいけないんだろうな。


「あの、神様。読心術は使えないのですか? あれがあれば私の考えることがわかると思うのですが?」


「ああ、あれは私の本体でないと無理なのですよ。この体は下界降臨用のボディなのです」


 よかったような、悪かったような……。


「そうそう、その神様という呼び方は禁止です! 今の私は世を忍ぶ仮の姿なのです! 今の私はルリーナと親しみを込めて呼んでください」


「えーと、ルリーナ様。それで……ルリーナ様?」


 ファンタジーの異世界の話を聞こうと質問をするが、女神様は明らかに不満ですと言いたげな表情で睨んでいます。


 怖くないけど。なにがいけないんだろう?


「ルリーナ様? なにかお気に障ることを言いましたでしょうか?」


「幸田さん! 先生の話はきちんと聞かないと駄目ですよ! 今の私は世を忍ぶ仮の姿なのです!! 親しみがこもっていません!!」


 どうしよう。意外に気難しい女神様だ。親しみってどうやって込めるんだろう?


 まさか呼び方か?


「ル……ルリーナ……さん。それで異世界のモンスターというのは……」


「むっ、まだ親しみが足りませんが、まあいいでしょう。まずは異世界の基礎知識を教えてあげましょう。普通は誰でも知っている一般常識なのですよ。ちゃんと覚えてくださいね」


 良かった、異世界の話に入ってくれるらしい。


 でも異世界の知識は一般常識なのか。私が生きるので精いっぱいだった間に、日本は変わったのかなぁ。


しかし、女神様の説明が始まる前にきゅるると女神様のお腹が鳴った。


「お腹が空きました……。キャンプご飯を期待してお腹を空かせて来たのに、お魚さんしかないし……」


 どうやら女神様はお腹が空いていて、お話をしてくれないらしい。


 キャンプご飯が欲しいと期待に満ちた表情をしている。


「わかりました。とりあえず、残りの焼き魚を食べて待っていてください。魚を釣ってきます」


 時間はそろそろ日暮れだけど、あの入れ食いの釣竿があればすぐに釣れるはず。女神様を待たせるなんてしてはいけない。急がないと。


「食材はクーラーボックスの中にたくさん入れておいたのですよ? そこも見てないのですか……」


「えっ、そうなんですか?」


「チートだって言ったじゃないですか」


「あの、すみません。そもそもチートってなんでしょう?」


「OH……」


 女神様は再び頭を抱えてしまい。信じられないような表情で私を見てきます。


 えっと、申し訳ありません。




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