第13話俺と後輩と夕飯(後輩作)


「静香。お前に聞きたいんだが、この料理は何だ」

「はい。私なりのアレンジを色々と盛り込んだカレーです」


 休日。今日は互いの両親が仕事や出張でいない為。俺と静香はウチで夕飯を食べることにした。そして肝心のその夕飯の制作者は――


「本当になんでジャンケンに勝っちまうんだよ、俺」


 現在料理を練習中の静香だった。


「何ですか、先輩。私の愛情たっぷりの料理に文句でもあるんですか?」

「いや、作ってもらった癖に文句なんて言うつもりはないが。強いて言うなら、食べれる物を作ってくれよ」


 今、俺が食べているのは静香曰くカレーらしい。因みにカレーとはどんな色をしているのか? その答えは当然茶色だ。中にはグリーンカレーなど例外のカレーもあるがほとんどは茶色のはず。ならなぜこんなにもこのカレーは毒々しい紫色をしているのか。ここまで来たら一種の才能だ。


「これならいつも通り俺が野菜炒めを作った方がマシだった」


 俺が目の前の謎の料理を見つめ、呟くと流石に未だに一口も食べてもらえない所為か、怒った静香が頬を膨らませた。


「そんなに食べたくないならもういいですよ。カレーは私一人で食べます」


 静香がそう言って俺の皿を自分の方へ引き寄せようとすると俺はそれを止め、逆に静香の皿を自分の方へ引き寄せた。

 流石に毒物とわかっているものをこいつに食わせるわけにはいかない。それにたまにこいつが作って来てくれている激マズ弁当を食べている俺なら少しは態勢が付いているかもしれない。


 俺はスプーンを持ち、震える手で一口分のカレーを掬い、それを口の中へ運んだ。そしてその味は予想通り、甘いのやら辛いのやらよくわからない味で。さらになぜか酸味まであった。

 具材に関しての感想は火が通っていないその一言に尽きなかった。


「先輩、どうでしたか? 私特製のカレーの味は?」


 正直大声で「不味い」と叫んでやりたかったが、俺がカレーを食べている姿を見る静香はとても幸せそうで、流石の俺ですら「不味い」とは言えなかった。


「あ、ああ。意外とおいしかったけど、もう少し辛い方が俺の好みだな」


 俺は敢えて深くはカレーの味には触れなかった。そして急いで自分のカレーを平らげると先ほど自分の元まで引き寄せた静香の分のカレーも平らげた。

 流石に悪いとは思ったが、これを自分で食べた静香にダメージが行かないようにするためなのだから致し方ない。

 それにしてもこいつはカレーに何を入れたんだ。段々、俺の舌がおかしくなってきたのか。もう美味しいのか不味いのかもわからなくなってきた。

 残っていたカレーも俺が全部平らげると静香は俺が自分の料理を食べてくれたことがそんなに嬉しかったのか、ニヤニヤと俺の顔を見ていた。


「はい、先輩。コーヒーです」


 静香がそう言って砂糖が入っていないコーヒーを出すと、俺はそれを喉に流した。やばい。ブラックなのに本当に何も感じない。本当に舌がバカになりやがった。

 俺が何の味もしないコーヒーを一気に飲み干すと静香はそれに対して笑みを零した。


「本当に先輩はバカですね」


 コーヒーを飲んだ俺はその静香の言葉に対して異議を申し立てた。


「俺のどこがバカだ。これでも成績は常に上位をキープしてるんだぞ」


 俺の返しが予想通りの物だったのか、静香は俺のその返しに対して笑うと「違いますよ」と答え、俺が食べ切ったカレーが盛られていた皿に視線を向けた。


「折角私が先輩の分まであのカレーを食べてあげようとしたのに。逆に私の分まで食べちゃうんですから。本当に先輩はバカみたいに優しいですね」


 どうやらさっきのバカと言うのはこいつなりの褒め言葉だったらしい。だがしかし、ちょっと待ってほしい。


「おい、もしかしてお前。本当はあのカレーが不味いって知ってたんじゃないだろうな。まさかその上で俺に味の感想を求めてきたのか?」

「はい。これでもいつも先輩に食べてもらう料理の味見は一通りしてるんですよ」

「なら、不味いってわかってるものを出すなよな」


 俺が椅子の背もたれに背中を預け、目の前に座る後輩に注意をすると静香は子供などがするような笑みを浮かべた。


「だって仕方がないじゃないですか。美味しくなくても先輩なら、美味しいって言って食べてくれるって期待しちゃうんですから」


 ということは、俺はまんまと静香の考えに乗って美味しいと言ってしまったのか。本当にこの後輩はそう言うところは策士である。


「さてと。じゃあ、俺も後輩に期待して見ますか」


 俺はそう言って立ち上がると冷蔵庫の中から材料を取り出した。


「先輩。もしかしてまだ食べるんですか? 太りますよ」

「バカ、俺の分じゃねえ。お前、ほとんど食べてなかっただろうが。俺が何か作ってやるよ。これでも俺だってレパートリーは広げてるんだぞ」


 将来の事を考えるとこいつに家庭内の料理は任せられない。その為最近は密かに料理本を買っては試しに作って見たりもしている。


「言っておくが、味は保証しないからな。俺だって今日作る料理はまだ人に出したことがないんだ」

「わかってますよ、先輩。ですが、私のお腹もそろそろ限界なので急いで作ってください」


 そう言って静香はウチの食卓に顎を乗せていた。


「ちょっと待ってろ。すぐに作るから」


 さてと。じゃあ俺も静香にならって、料理に沢山の愛情でも入れてみましょうかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る