未来へ向かって

 情報が飛びこんできた。それもこちらにとって都合がよすぎる内容だ。




「帝都郊外で両皇子の軍が衝突した模様です」


「で、勝敗は?」


「普段は小競り合いを繰り返していたのですが、今回は双方次々と部隊を繰り出し、徐々に戦線は拡大。一台決戦となりました」


「は!? 何が起きてるんだ?」


「偵察部隊をお互いに繰り出していました。その偵察隊に草むらから矢を射かけた兵がいたのです」


 その一言で俺は大体状況を悟った。


「攻撃されている兵を救え、と増援を出して、その規模がどんどんと膨れ上がった。最後には双方の大将たる皇子同士が出張る羽目になった。そんあところだろう」




 俺の指摘に伝令兵が目を見張った。


「ということは、双方入り乱れての乱戦となって、お互いの総大将たる皇子が相打ちみたいな状況で戦死。こんなところだな?」


「そ、その通りです」


「わかった、詳報を後でくれ。今は下がってよい。ご苦労さん」


「はっ!」




 事態は急展開過ぎるほどに急速だった。




「軍議を開く。皇女殿下はいずこか!」


「政務をとっておられます」


「ならば俺が行こう……さすがにあまりいい知らせじゃないからな」




 皇女の執務室、中からはきゃっきゃと笑い声が聞こえる。


 子供たちと戯れているようだ。


「うふふー、姫様。あたしが淹れたお茶、どうかな?」


「うん、美味しい。上手になりましたね」


「にゅふー」


 猫族の少女が淹れたお茶を口にしながら高速で書類をめくり、その手は揺らいで見えるほどの高速でハンコを押し、ミスがあった書類には、ペン先が見えないほどの速度で何やら書き込んでいる。


 処理待ちの書類が一山終わったころ合いで声をかけた。


「……なにかが、あったのね?」


 俺の表情にただ事ではないと悟ったフレデリカ皇女はやや顔色が青い。




「帝都郊外で大規模な武力衝突が起きた」


「……で、どちらのお兄様が負けたの?」


「どっちもだ」


「え?」


「勝利を収めたのは……皇帝。その近衛を率いて戦ったのは、ヴァレンシュタイン候アルブレヒト」


「伯爵からいつの間にやら出世してるわね」


「ああ、皇帝の命で、皇子二人を討ったのはこいつだ。策はおそらくガイウスが立てて実行した。要するに先日のゴブリンの襲撃は、帝都周辺の目隠しだったんだろう」


「……そう、いたらいたでうっとおしかったけど、わたしには優しいお兄様だったんだけどね」


 彼女の声は悲痛で、いつもは前だけを見ている眼差しは伏せられていた。


 そんなフレデリカ皇女を元気づけようと、手を伸ばして……。




「緊急です! 皇女殿下はこちらか!」


 ブラウンシュヴァイク公の配下の騎士が激しくドアを叩く。その音に驚いて思わず手を引っ込めた。「ヘタレ」という皇女のつぶやきなんか俺は聞いていない。




「おお、アル殿もおられましたか。大変な事態です。すぐに会議室へ!」


「あ、ああ。わかった」




 騎士に先導され、俺は皇女を伴って会議室へと入った。


 会議室には重苦しい雰囲気が漂っている。


「ああ、アル殿。ご苦労様」


「いいえ。それで何事ですか?」


「ああ、皇帝が復権した。それでだ、こちらの陣営に宣戦布告してきた。降伏すら許さんと」


「……え?」


「……お父様が?」


 書状を受け取る。そこには俺たち、というか反逆者としてフレデリカとブラウンシュヴァイク公の名前があった。


『帝国すべての民に告ぐ。皇女フレデリカ、並びにブラウンシュヴァイク公ヴァルターを反逆者として追討令を出す。彼の者どもは帝位を狙い、反乱軍を組織して帝都に迫っている。


 皇帝に忠誠を誓うすべての諸侯は彼の者どもを討伐せよ。反逆者の生死は問わず、討った者には恩賞を与える。 皇帝:フリードリヒ4世』




「あー、これガチなやつだな」


 俺のため息にブラウンシュヴァイク公は顔色一つ変えずに状況を分析していた。


「皇子二人を討った皇帝軍の兵力はそれほど多くない。今ならおそらく実効兵力はこっちがやや多いくらいだな」


「問題は……帝都か」


「皇子二人の戦いが長引いた理由が、第一皇子が帝都を押さえていたからだ」


「籠城は援軍が来ることが前提だぞ?」


「攻めあぐねていれば皇帝派につく貴族なんぞいくらでも出てくる。情報が錯綜している今だけが唯一の勝機だ」


「まあ、そうだな。そもそも出陣の準備はできているんだろ?」


「無論だ、わたしを誰だと思っている」


「そういうところだよねえ」


 緊張感のかけらもない会話をしつつ、合間合間にそれぞれの部下に指示を出していく。


 そうしてふと気づいた。皇女殿下がさっきから無言であることに。




「フレデリカ殿下?」


「アル、ごめんなさい」


 唐突に謝られた。ああ、そういうことか。


「巻き込んでしまったから?」


「……ええ」


「そうですね。俺は巻き込まれた。貴女と婚約したことになってるし、何度も戦場に立ったことで顔も知られた。もう逃げられない」


「……そう、ですよね」


「だから、逃げません。貴女と運命を共にする」


「……え?」


「なに、要するに勝つしかないんでしょう?」


「そうね」


「じゃあ、勝てばよい。絶望的な状態ではなく、勝つための道筋はある。ならばそれをこじ開けて進むのみだ」


「……あなた、バカでしょう」


「賢かったら最初の時点で見捨ててますよ」


「いいえ、それはあなたにはできない。だからこそ、わたしも好きになったんでしょうけど」


「おいおい、フラグを立てるんじゃないよ」


 その一言でフレデリカは俺の腕の中に飛び込んできた。


「私のすべてを、貴方に預けます」


「ああ、守りぬいて見せよう」




 というあたりで、咳払いが聞こえた。


 耳と尻尾を逆立てて「シャー!」と怒りを表現するシーマと、胡散臭い笑みをうかべる公爵様だ。


「アルはニャーの番なのニャ! あとから出てきてかっさらうんじゃないニャ、この泥棒猫!」


「あー、ごめんねシーマちゃん。よーーーしよしよしよし!」


 がばっとシーマに抱き着くと、なにやらこちょこちょとシーマの身体に手を這わす皇女。


「うにゃ、ふにゃ!? うにゃああああああああああああああああああああん!」


 びくびくと痙攣するシーマを抱き寄せて、ドヤ顔でこちらを振り向く皇女。いろいろ台無しだった。


「ん、じゃあいきましょっか。私の騎士様」


「あ、ああ。今後ともよろしく」


 うん、なんかこれくらいの方が俺たちらしくていいんじゃないかと思ってしまった。

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