第2話 絵の中の鷹が卵を産んだ話

 誰の家にも「なんでこんなものがあるんだ?」っていうものが、一つぐらいはあるものだと思います。

 例えば、場違いにも神妙に飾られたモノホンの日本刀とか、旅行土産にありがちな正体不明のコワモテのお面とか。

 ちなみにこの間お邪魔したあたしの友達の家には、何故かドア入ってすぐのところにガスマスクがでーん置いてあって、まるで魔除けみたいになってたんですけれども、ともかく。

 今回のお話はそういうものにまつわるお話なんです。


 というのはですね。あたしの家、二階に物置部屋があるんですね。その物置部屋には、季節外れの洋服とか、靴とか、あとは子供時代によく読んだ懐かしの絵本だとか、そういうものがダンボールに積められて置かれてあるんですけれども。

 そんなダンボールの山に囲まれて、一枚の日本画が飾ってあるんです。

 この日本画。中央やや左あたりに、壮大な富士山がドーンと描かれまして、その傍らに二羽の鷹が天高くピューッと飛んでいるという、すごくおめでたい風景画なんですが。残念ながら誰もそれに興味を持たず、かと言って手放すのもためらわれ……。

 結果、長年そこにずーっと放置していると、そういう現状だったんですよ。

 もうその期間があまりにも長かったものですから、あたしたちにとってもそれが普通になりまして、もはや半ば背景と化しているような有様ですらあったわけなんですけれども――。


 ある日。

 小学校の同窓会に呼ばれまして、ふと懐かしくなったあたしが、卒業アルバムでも見返したいなーと思って物置部屋に入ったところ。

 その日本画に、ある異変が起きていることに気がついたんです。

 というのはですね、その日本画に描かれている鷹がですね。

 なんと富士山の山頂の上に、大きな巣を作っていたんです!


 ――みなさん、想像できます?

 こう、富士山があるじゃないですか。その上にですね、まるでほら、ニット帽でもかぶったみたいにバカでかい鳥の巣が乗っかっているんですよ。

 しかもですよ。そのうえ驚くべきことには、この巣を作った日本画の鷹。もう既に卵まで産んでいるらしくて。その証拠に、日本画に描かれていた鷹のうち一羽――多分メスだと思います――は富士山上の巣の上にどかっ座り込みまして、卵を温めていたんです。

 あたしはそれを見て、目を疑ってしまいましたね。

 ――あれっ? はじめっからこんな絵だったっけ?

 ……。

 いやっ、いやいやいやっ! 違う違う。これはあたしの覚え違えじゃない。

 なぜって、富士山の山頂にでっかい鷹の巣を描くなんて、そんな人、まずいないじゃないですか!

 ……ということは、これは本物の事件だ――、そうあたしは思いまして、ともかく、まずいったいなにが起ころうとしているのか。ひとまず彼、彼女らの子育ての様子をじっくり観察してやろうという気になったわけなんです。


 しかし。

 意気揚々と観察をはじめたのはよかったんですけれども、要は鳥が卵を温めているだけですからね。動きとかも特にないんですよ。そもそも絵ですしね。大自然をテーマにしたドキュメンタリー番組のVTRとは違ってピクリともしないわけなんです。

 それでも、だいたい3日ぐらいまでは張り切って巣を見守っていたわけなんですけれども、だんだんちょっと飽きてきまして……。

 それに加えて毎日見ている分、富士山が巣をかぶっているという妙な構図にもすっかり慣れっこになってしまったものですから、

「いや、意外とそんなにおかしくもないかもしれない」

「むしろ元からこんな絵だったかもしれない」

 なーんて思いはじめまして。それでだんだん見るのをやめてしまったんです。


 まあ、もしその後何も起こらなかったとしたら、それはそれでよかったのかもしれません。

 が、しかし。こうしてお話になるということは、それだけで終わるということもなく。

 ある日、ちょっとした事件が起きたんです。


 ――っていうのはですね。あたしの妹、絵を描くのが趣味なんですけれども。

 ある日、妹の描いた絵の中にいたアヒルが、いつの間にか失踪してしまうという事件が起きたんです。

 絵に描いたアヒルが消える。

 そんなこと、普通じゃ考えられないじゃないですか。一休さんのとんちじゃあるまいし。

 なので妹からは、あたしがいたずらをしたんじゃないかと疑われもしたんですが、あたしにもまったく身に覚えはなくて。

 そのままその日は「やったでしょ」「やってないってば!」の繰り返しで、事態は収拾したんですけれども。

 ふとですね、妙な勘がはたらきまして、あたしが例の鷹の絵を見てみますと。

 みなさん、驚くなかれ。

 あの富士山山頂の巣の中。メスが温めていた卵が孵化し、なんとかわいらしいひな鳥が顔をのぞかせていたのでありました。


 絵の様子を説明しますと、巣の中には白いふわふわの羽毛で覆われたひな鳥が二羽。その近くには餌を与えているのであろうメスの親鳥が一羽。オスの親鳥は狩りをしているのか、ちょっと離れたところを飛んでいました。

 あたしはですね、その絵を見まして、本当に卵が孵ったことにびっくりしてしまいましたね。流石に嘘だろうと現実を疑ったり、いやでも確かに孵っていると思いなおしたり。 それでまた、じーっとそのヒナを眺めてみたりしたわけなんですけれども。

 するとなんとまあ、ヒナたちのまるまるとしていることか。さぞかしたくさん食べるんだろうなあと思ったり。

 あたしはそのヒナたちが孵るずっと前から彼らを知っているわけですから、そんなこんなでちょっと情がうつってしまいまして。

 このヒナたちが大人になるまで、絶対に見届けてやろうという使命感すら覚えたんです。


 えー、さて。かくして謎の母性に目覚めたあたしが母なる眼差しで絵をもう一度見てみますと、このメスが与えている餌。どこかで見覚えがあったんですよ。

 ――いえ、どこか、なんていう言葉もまどろっこしいですね。みなさんもおわかりじゃないですか?

 そうです。この餌、妹の描いていた絵の中にいたアヒルによく似ていたんですよ。

 つまりですね、この鷹たちは、妹の描いたアヒルを誘拐しまして、ヒナたちに餌として与えていた、と。鷹は鳥を食べますから、それと同じように絵の鷹は絵の鳥を食べていたというわけなんです。

 特に妹が描く動物は、鳥に限らずどれもちょっとまるっこくて、ふわふわっとしたものなんですよ。なのできっと親鳥も、それがヒナたちにとってごちそうである、と考えていたのでしょう。

 しかし残念ながら、妹はここのところ、とあるアイドルゲームのキャラクターをメインで描いておりまして、次かわいい小鳥の絵をいつ描くかはまったくわからない。

 そうなると、親鳥はきっと餌に困ってしまう。もしかすると最悪、ひな鳥たちが死んでしまうかもしれない……。

 それは絶対に避けたい。そう思ったあたしはちょっと一計を案じまして、毎日この鷹たちのために、餌を確保する活動をはじめたわけなんです。


 ――方法としてはですね、まず妹に鳥の絵を描いてもらうよう依頼するんです。もちろん鷹の絵のことは秘密でですよ?-

 すると妹はさらさらっと鉛筆で文鳥の絵とか、インコの絵とかを描いて渡してくれるんです。それはもう本当にかわいくって、もふもふで。

 で、これを直接鷹たちに与えるのはやはり良心が痛みますので、あたしはこれを自分で模写しまして、目をばってんにしてから鷹の絵の近くにぽん、と置いておいたんです。

 すると、だいたい翌日の朝ぐらいまでには描かれた鳥はいなくなっていて、ヒナの胃の中に収まっている。これを毎日欠かさずにやるというわけなんです。

 こうしてあたしはしばらくの間、絵の中の鷹に絵で描いた鳥を与え続けました。現物ではなく模写を与えていたとは言え、妹に対する後ろめたさを感じなかったのかと言えば、嘘になります。しかしですね、そんな後ろめたさとは反対に、あたしの目論見は抜群に成功しまして、やはり妹の描いた鳥は栄養価が高かったのか、ヒナたちはぐんぐんと育っていたんです。


 かくしてあたしの計画は順調に進んでいくように思われたのですが、しかし。

 隠し事はするもんじゃないですね。

 ある日、突然妹に呼び出されたんです。その目つきは鋭く、まさに鷹のような目つきだったと言ってもいいんじゃないでしょうか。

 あたしはちょっと嫌な予感がしたのですが――やはり案の定でしたね。

 そう、妹は鷹の絵のことについて、気づいてしまったんです。

 あたしのズボラさが怒りをより大きくしたという面もありました。

 というのはあたし、狩りが行われたあとに残った紙を、途中から片付けずにずっと放置していまして。そうやって放置された紙の中には、羽が飛び散ったりしてちょっとかわいそうな感じになっているものもあったりしたんです。

 さらにまずいことには、妹がそれを発見したとき。絵の中の鷹は、妹の描いたペンギンのヒナ(の模写)の首根っこをがっしりと掴みまして、今まさに巣まで運ばん! という、なかなかにショッキングなシーンとなっていまして。

 このダブルパンチが、妹の心理を頑ななものにしてしまったというわけなんです。


 妹はあたしに向かってこう言いましたね。

「おかしいと思ったんだよね。急に鳥の絵をいっぱい要求してくるようになったからさ」

「えっと、これは……」

「あたしの描いた絵、全部こいつに食べさせてたわけ?」

「で、でも元絵はちゃんと大事に残してあるよ? 食べさせてたのはあくまでも模写で――」

「模 写 で?」

「いえ……ごめんなさい……」

「今後あたしの絵は使わないように。わかった?」

「はい……」

 この日以来、妹の絵(の模写)を餌として使うのはご法度となりまして、あたしは彼らの餌を自分で描かなくてはならなくなったわけなんです。


 ――でもですね、みなさん。

 鳥の絵ってすっごく難しいんですよ。例えば頭と胴のバランス。足の感じ。翼の大きさとか。

 あたし図鑑を見ながら相当頑張ったんですけれども、それでも結構厳しいんです。うまくあの自然界のバランスが作り出せない!

 とはいえですね、絵に納得しないからと言ってなにも上げないわけにはいきませんから、あたしは自分で描いた絵を鷹たちにあげたわけなんですが。

 するとはたして、鷹たちはちゃんと食べてはくれました。食べてはくれたんですが、はじめのうちはなんか「あれっ?」っていう表情をしていたように思います。あたしの気のせいかもしれませんけれども。


 ――ま、しかしそんな事件もどこ吹く風。ヒナたちは日に日に大きく成長していきまして、やがて親鳥と比べてもほぼ変わらないくらいの大きさにまでなってきたんです。加えて、ヒナたちを見ていますと、巣の上にしばしば立ち上がったりする様子も見られるようになってきまして、色も黒くなり、いよいよ巣立ちかなーなんて思ったりもしていたわけなんですけれども。

 しかしそんなあたしの憶測とはうらはらに、ヒナたちは飛び立つこともなく。特に変化のない日がしばらく続いたんです。


 ――しかし、そんなある日のことでした。

 あたしが起きて見てみますと、なんとですね。

 いつ飛び方を覚えたのか。ヒナ鳥と親鳥がいずれも巣を離れ、四羽揃って空を飛んでいたんです。

 それは絵画の中の出来事ですから、時間の流れは少し違うのだと思うのですが、昨日まで巣を離れられなかったヒナ鳥がもう空を飛んでいる。それはあたしにとってびっくりするに足る、衝撃的なものでしたね。

 あたしはヒナ鳥と親鳥たちの飛翔をしばらくじーっと眺めていたわけなんですけれども。なんというか、いろんなことを思い出しまして、胸に熱いものがこみ上げてくるようでしたね。感無量とでも言いましょうか。ええ。

 もうあまりにも感動してしまったものですから、あれ以来ちょっと険悪になっていた妹まで呼び出して、その絵を見せたりもしたんですが。これには妹も「おっ」という気持ちになったらしく。

「姉ちゃん、やったじゃん」

 と一緒に喜んでくれたんです。


  ――さて、以来我が家にある鳥のイラストから鳥がいなくなるという現象もピタリと止みまして。あたしが鳥の絵を描いて近くにおいても、なんとも起きなくなったんです。

 かくして、あたしの生活も普段どおりに戻っていって、このお話もおしまい――。


 と、なる予定だったんですけれども。


 なんとですね、この間。にわかに、また妹が騒ぎ出したんです。

 というのはですね、前に話したとおり、妹の画業のメインはアイドルゲームのキャラクターを描くことなんですけれども。そのイラストでですね、妹の推しのアイドルが掲げていた丸焼きのチキンが、ある晩。何者かによってさらわれてしまったのだそうです。

 妹があたしに証拠として突きつけたイラストを見てみますと、確かに彼が掲げた皿に乗っていたであろう骨付きチキンが、もはや影も形もなくなっておりまして。にこやかな笑みを浮かべるアイドルが空のお皿を掲げるという謎の構図になってしまっていたんです。

 そんなイラストをあたしに突きつけながら、妹はこう言いましたね。

「姉ちゃん……やったね?」

 ――でもみなさん。

 あたしがそんなことするわけないじゃないですか。性格的には――どうだか知りませんけど、少なくとも画力としては無理ですから。つくづく妹はあたしの画力をなめすぎなんじゃないかと思います。


 かくして、あたしと妹はひとしきり言い争いをしたんですけれども。その言い争いの中で、あたしはふと一つの可能性に行き当たりまして。

 というのは――もしや、あの鷹たち。また新しいヒナを産んだんじゃ……ということなんです。

 ヒナが生まれたんだとしたら、放っておくとまた例の絵の中の鳥が消えるという怪奇現象が起きることになる。それを避けるには、また毎日餌の絵をあげ続けなければいけない。

 あたしも流石に二度も面倒を見るのは、正直しんどいわけですよ。

 勘弁してくれ……と思いながら、妹と物置部屋に向かって、あの日本画を確認したわけなんですが。

 するとですね。

 しかし幸い、あの日本画には、特に変わったところもありませんでした。


「なーんだ、いつもどおりじゃん」

 妹もちょっとほっとした声であたしにこう言いましたね。

「ま、じゃあ今回はお姉ちゃんのいたずら、ってことで」

「えっ。なんで?」

「だって鷹のせいじゃなかったんでしょ? だったらお姉ちゃんくらいしかする人いないじゃん」

「いやいや、でも例えば……お父さんとか……」

「それはないでしょ。お母さんも」

「うぐぐ」

「はい。ということで、代償はダッツね。あたしこれから友達の家に行ってくるから、帰ってくるまでに買っといて」

「え、待っ――ちょっとちょっと!」

 妹はそう言うと、あたしに言い返す暇を与えることもなく、ささっと逃げてしまいまして。あたしは釈然としない気持ちのまま取り残されてしまったわけなんですけれども。


 ――いや、でもおかしいな。ほんとにあたしじゃないんだけどな。と、もう一度日本画の方に視線を戻してみたんです。

 するとですね。ふとあたしは、その絵に違和感を覚えたんです。

 ――ん? なんかこの絵……ちょっと変わってない?

 いや、とくになにか、こう、決定的な点が変わっているわけじゃないんですよ。若い鷹が肉を持っているとか、親鳥が骨のかけらを加えているとか、そういうわけではないんですけれども。

 なんと言いますか、その、若鳥が、ちょっと満足そうな笑みを浮かべているような気がしましてですね。

 あるいは、あたしの思い込みがそういうふうに絵を見させたんでしょうか。気のせいだったら良いんですけれども。


 ……。


 ま、ともかく。

 あたしがこの数日間経験したことから言えることといえば、これしかないでしょう。

 というのはですね、みなさん。

 絵の中の鳥は鑑賞するものであって、決して飼うようなものではないということです!

 なんせ大変ですからね。特に、絵を描くことが趣味の兄弟姉妹がいる、なんて人はもっての外! しまいにはあたしみたいに、無駄にダッツを買わされる羽目になったりするわけですからね。


 さて。そんなテイクホームメッセージが出たところで、今回のお話はこれでおしまいということに致したいと思います。

 それではみなさん、ご清聴ありがとうございました。

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