〈2.8〉埠頭にて・2

「ミツグ!」


 飛び退ずさったアンジュの呼び声に、ミツグは「せっかくすすくちゃんと友達になれると思ったのになー」とぼやきながら縦に置かれた自分のバイクに駆け寄った。


 あるじの位置を把握した龍は宙で反転し、まっすぐ俺に向かってあぎとを開く。


 ナノマシンが巻きついて、俺の身体で形成を開始する。


 と、ミツグの方もバイクのフレームを手早く操作し、次々と変形させていく。異常なほどの巨体はあっという間に姿を転じ、鋼鉄製の蟹の化物のようなフォルムとなった。


 俺がドラグーンマスクを嵌めて“パーシヴァル”の装着を完了するのと、ミツグがそれに乗り込み、前面フレームを閉鎖したのは同時だった。


 “九尾きゅうび”、それがミツグのカスタム“コートアーマー”の通称だ。二メートル近い巨体には、人工筋肉もインナークッションスーツもなく、縦横無尽に張り巡らされたフレームの牢獄に、鉄板のような装甲がついているだけ。カスタムにカスタムを重ねて出来上がった“コート”の九龍クーロン城だ。もはや元の“コート”がなんだったのかすらわからない。


〈七日ぶりのログインです。お久しぶりです、マスター。敵性“コートアーマー”および戦闘員を確認。武装は……〉


「わかってるから黙れ、VAL!」


 “彼女”の声だと余計苛立ちがつのる。


〈イエス、マスター〉


 立ち直った男たちが、銃撃を浴びせてきた。俺はその銃弾の雨から、マッツのケージを持った雪をかばった。マッツのぎにゃーという雄叫びと、雪の悲鳴が背中で上がった。


「うわ、うわ、銃! 銃撃ってきてる!」

「行け、逃げろ!」


 必死でコンテナの隙間に雪を押し込むが、


「ババ引いたねぇ、ハガネ!」


 と、仲間の弾丸を背に受けながら“九尾”が突っ込んできた。装甲の隙間から見えるミツグはVRグローブデバイスを流用したコントローラーを両手に嵌めて、六本のアームを器用に操っている。


〈不明な“コートアーマー”です〉


「“九尾”だ、“九尾”! おぼえておけ!」


〈フィードバックを受理しました〉


 ガソリンを燃料とする“九尾”の油圧式フレームは、現行の人工筋肉式をはるかに上回る“コートローダー”級のパワーを出力できる。掴まれたら、いくら第七世代の“パーシヴァル”といえども、装甲ごと骨をへし折られるだろう。


「おい、雪! まだつっかえてんのか! 遊んでないでさっさと入れ!」


「は? 太ってるって言いたいの!?」


「お前が太ってるかどうかなんて知るか!」


〈対象を認識しました。身長およそ一五三センチ、体重およそ四十八キロ。予想される体脂肪率は……〉


「だから黙ってろって!」


〈イエス、マスター〉


 間に合わない。俺は背中で雪を押しながら、マルチ・オプトを抜いた。


変形オプト長棍ロッド!」


 マルチ・オプトがロッドに姿を変える。俺は接近してくる“九尾”の装甲の隙間を狙って、瞬息の突きを連打した。


 が、嵐のように蠢く六本のアームが、それらをことごとく弾き返す。あんなピーキーなコントローラーで六本のを操作しているのだから、ミツグも並の“コート”使いではない。遊び半分で“九尾”に乗った構成員が、操作を誤ってアームに挟めて両腕を粉砕骨折したという噂も聞いたことがある。アンジュのマフィアが東京で台頭した理由もわかろうというものだ。


 だが、敵ながらあっぱれ、なんて言っている場合じゃない。近づかせないので精一杯だ。


 俺は背中でじたばたやってる雪を、尻で思いきり押し飛ばした。


「あっ……入った……! 見た、ハガネ? ダイエットなんて要るかっての!」


 見てない。即座に横っ飛びで転がると、“九尾”のアームによる猛追をかわした。


「マッツと逃げろ! 変形オプト三叉槍トライデント!」


 ロッドを、巨大なフォークのようなトライデントへと転じさせる。少しでも突点を増えやせば“九尾”の隙をつけるかと思ったが甘かった。


 守るものがなくなって、より大胆な動きで攻めているというのに、やはりミツグは俺の攻撃をすべて叩き落とす。しかも、ディスプレイによるインターフェースなどない、目視でだ。恐るべき動体視力と反応速度。


 加えて絶え間なくサブマシンガンを撃ち込まれていて、うっとうしい。


「ミツグぅ! 遊んでないで早くぶち殺せや!」


「またアンジュ姉に怒られるわ。ハガネ、さっさと死んでよ」


「俺は死なないし、あいつらも殺させない」


 と、トライデントの穂先を“九尾”のアームの一本が掴んだ。


つかまえましたぞ、ガチャピン殿!」


変形オプト長棍ロッド!」


 俺とミツグが叫んだのは同時だった。


 “九尾”が胸元で止めたトライデントがロッドへと変わる。如意棒のように伸びたナノマシンのロッドが装甲の隙間をかいくぐって、ミツグの顔にぶち当たった。


「いったー!」


 俺はロッドを引き抜き、地面に突き立てた。次の瞬間、“パーシヴァル”の足甲は“九尾”の首部分にぶち当たっていた。ロッドを支えに跳躍したのだ。


 どがしゃあん、と金属音を立てて“九尾”が地面に倒れ込んだ。


 俺は踵を返し、いまだ発砲してくる男たちをロッドで打ち倒しながら離脱をはかる。


 だが、コンテナの陰から人影が飛び出してきて、俺は“パーシヴァル”に制動をかけた。


 踏ん張った踵が火花を散らしながら、なんとか人影を撥ね飛ばす前に急停止する。


 拳銃を構えた花目が、ぷっ、と煙草を吐き捨てた。


「全員動くな、新宿署だ!」


 銃声がやんだ。構成員たちがゆっくりと武器を下ろす。


 “パーシヴァル”には拳銃など豆鉄砲だが、俺も一応両手を上げた。

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