第51話 織田信長、運命の扉
結ばれた因果を断ち切る、異形の腕。
可能性を見通し、逃さぬ、燃える双眸。
安土城天主を凌駕する、巨大な姿。
時空を超える複数枚の翼をその背に背負う。
頭部には、獣のような角を生やし、口からは牙が覗く。
ああ、恐るべし! 恐るべし、シナリオ大魔王!
「憎い――」
その口が、憎しみを吐き出すたびに瘴気が満ちる。
「憎い――」
吐き出されるたび、未来が枯れて死んでいく。
閉ざされた過去、滅びる運命を背負わされた、明日なき悪意の集積体。
世界の果ての果ての彼方から、天文学的確率でダイスBOTが引き当てた、絶対破壊存在ともいうべきモノ――。
もはや、同化した森宗意軒の存在さえ塗りつぶしていく。
「…………――――――ァァァァッ!!」
耳をつんざく言葉にすらならない叫び。この世の果てまで響き渡るかと思えた。
「あ、あああ……」
圧倒的な存在の前に、コウ太は自分の卑小さを自覚せざるを得ない。まるでSANチェックに失敗しかたのように、身体が震えて動かない。
「シナリオ大魔王、とな?」
「まさか、こんなものを引き当てていたとは」
さすがの顕如も、これにはどうすることもできない。
抵抗の無意味さを、否応なく思い知らせる。呆然自失で見上げるしかない。
そのうえである――。
戦国の龍虎が、その降臨を祝うかのように吠えた。
シナリオ大魔王だけではなく、謙信ドラゴンと信玄サーベルタイガーまで、この場にはいるのだ。
BGMも流れる。ルームには音声ファイルを再生して、セッションを盛り上げる機能もある。流れたのは、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲『レクイエム』より『
おそらく、このシナリオ大魔王は、安土城が東京に出現したように現実をも侵蝕するだろう。そういう可能性を閉ざす存在の具現なのだ。
「ク、ク、ク、ク、ク、ク………!」
憎悪と歓喜が同時に込められた、森宗意軒の笑い声。
その声は、もう壊れはじめたかのようにちぐはぐなものに聞こえる。
「シナリオ仙人よ、これがおぬしの望みであるか?」
「そうよ、そのとおり! これこそ、これこそが我が望み! そのために幾千幾億もダイスを転がし、事象の彼方から引き寄せたのだ! ならば、このシナリオ大魔王こそが! 未来をすべて滅ぼすことこそが! この世が迎えるべき宿命なのだ!」
「果たして、そうか――」
「む……?」
信長は、圧倒的なシナリオ大魔王の前に歩み出る。
神も悪魔も恐れない、織田信長とはそういう武将であった。
「賽の目なんぞいつでも覆せる。わしはこれまでそうしてきた。ゆえに、わしと同じくダイス目ごときで呼び出されたものなど、恐るるに足らず――!!」
シナリオ大魔王を前にして、織田信長の
為す術もないと諦めかけていたコウ太も、勇気を奮い立たせて震えを止めた。
――信長さんなら、なんとかしてくれる。
根拠は何もない、しかし何故かそう確信させてくれるのだ。
おそらく、コウ太だけではないだろう。織田信長という武将は、戦国時代の人々にも現在の人々にも、そう思わせる何かをまとっているのだ。
「確率0.00000000000000001%、起こり得ぬ闇よりいでし魔王の魂すら、覆せるというのか。面白い……」
信長の周囲に無数のダイスの幻影が浮かび上がる。
さあ、振ってみろと言わんばかりに。
「運試しか、応ともよかろう! これ一発振りでクリティカルを出して進ぜよう」
「大言壮語を吐くか。ならば、クリティカルが出なければ、うぬらの命も未来もまとめて貰い受けてやる……」
「かまいはせぬ! 死のうは一定よ。――コウ太よ、ルームのパスはサルめが割っておる。判定のシステムを……あれに選択し直せい!」
「……あれ? わかった! 信長さん、あれですね! 今すぐ!」
セッションルームのパスワードはすでに秀吉が割っているから、判定のシステムは誰でも変更可能な状態だ。コウ太は信長の意を組んでスマホから設定を変更する。
そう、信長ならあのシステムを選ぶはず。TRPGカーニバル・ウエストで遊んで、ルールブックを買ったあのシステムだ。
「そら、
シュッ――! シナリオ大魔王の顔目掛けて、空を切って一枚の札が飛ぶ。
それは、トランプの札。スペードのエースである。
「これが、なんだというのだ……?」
「やはりか。おぬしは、憎む気持ちばかりでダイスを転がし、楽しむことを一切知らぬ。ゆえに、トランプで判定する実に面白きTRPGがあることも目に入らぬのだ。今からでも遊んでみるがよい。――『トーキョーN◎VA』をな!」
「なん、だと……!?」
恨みを晴らすためにダイスばかり振っていた森宗意軒とそのダイスで引き当てられたシナリオ大魔王は知る由もない。『トーキョーN◎VA』というTRPGを――。
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