第35話 織田信長、坊主から厳しく当たられる
織田信長最大のライバルというと、武田信玄や上杉謙信などの戦国のビックネームがよく持ち出される。
あるいは庇護を必要とする立場にありながらも信長を追い落とすべく室町幕府第十五第将軍
しかし、もっとも長く信長と渡り合った敵というのであれば、一向宗を率いた顕如という答えになるはずだ。
一向宗の呼び方も複雑な過程を辿っており、本来的には正しくない。仏教史的には浄土真宗本願寺派であり、その門徒たちの一揆が教団外から一向一揆と呼ばれたことに由来する。ともかく、ここでは一向宗に統一する。
町田助教のゼミによると、顕如が一向宗を率いたというのも正しくはないという。
彼らの戦い方は、戦国大名とは違う。
主君に家臣が忠義を誓って仕え、その家臣が兵を集めるという封建的な軍事集団とは違い、布教によって発達した独自のネットワークによる呼びかけに呼応して武家の支配を脅かす一揆を起こす。命じられるのはなく自発的に応じるのである。
石山合戦にしても、雑賀衆や根来衆その他が連携した形に過ぎない。
南無阿弥陀仏を唱え、顕如の呼びかけに応じれば一向宗とみなされた。
進者往生極楽 退者無間地獄
これも一向宗の門徒の旗という確実な資料は残っていない。しかし、信仰心によって結束し、死をも恐れぬ集団と化して武士たちに反抗した。武家政権による統治を目指した信長とは、彼の言葉を借りれば氷炭相容れぬ敵である。顕如は仏敵信長討滅を諸大名に呼びかけて三次に渡る信長包囲網を築き、自身も一角をなした。
石山合戦では、顕如は要塞化した石山本願寺に籠城して一〇年間争った。
軍事力も経済力も終始信長が優勢であった。でありながらも、信長は朝廷を介しての和睦という形でしか決着をみることができず、本能寺で横死を遂げる。
これを
その不倶戴天の敵が目の前にいる。TRPGの刃によって信長を斬ろうと――。
よもやミツアキさんまで武将ゲーマーであったとは。
「前に会うたときよりずいぶんと若作りじゃな。自慢の禿頭はどうした? しかし、坊主のくせに迷うて出るとはやはり生臭が過ぎたか」
やはり、信長は坊主に厳しい。
というか、その理由の大半はミツアキさんの正体、顕如に由来するだろう。
そしてまた坊主である顕如も信長に厳しく当たってくる。
「この青年は、私こと顕如ではありません。私自身は、あなたが本能寺にて
後の時代というと本能寺の変以降ということになる。顕如は信長の和睦条件である石山本願寺からの退去を受け入れ、そののちは秀吉に聚楽第に落書きした者を匿ったという容疑によって寺領を縮小され、力を失う。
「つまり、おぬし自身は戦国の世に居ながらにして言葉を交わしておるのか」
「いかにも。
お市の方の前世を持ついっちーさんや今際の際にタイムスリップした秀吉とも違う転生式のようだ。本体を元の時代に残して精神憑依するタイプとは珍しい。
戦国には転生の発生要因となるトラックはまだない。現代日本への転生式もさまざまあるのだろう。
「できるのか、そのようなことが?」
「できます。考えてごらんなさい。人の魂や精神というのは実体がない。つまり質量ゼロです。であれば祈りは光速を超え、時空をも超えられるのです」
「えぇぇぇぇ……」
わからない。精神や魂には質量がない、よって光より速い
なんか相対性理論に関わるようなことを言っているところを見ると、おそらくミツアキさんと顕如は精神だけでなく知識も共有できるのだろう。
「まあよいわ。真宗はまじないの類は禁じておったと思ったがのう。時空を超えてまでわしに何の用じゃ? おぬしの望み通り、わしは本能寺で滅んでおるぞ」
「いいえ、あなたは本能寺より甦る。そして歴史はあり得ざるものに書き換わってしまったのです。信長公、あなたは本能寺の炎から出現した卵から孵って難を逃れる。私は、そのように書き換わってしまった歴史から念を送っているのです」
「何……?」
思わず信長も眉をしかめる。
つまりはこういうことだ。今、目の前にいるのはミツアキさんという青年で、顕如自身は、織田信長が本能寺の変を生き延びたパラレルワールドにいる。
顕如の話す内容をまとめるとこうなる。
「あなたは本能寺で死なず、この時代にやってきた。そのせいでもしも織田信長が本能寺から生き残ったらという可能性ができあがってしまった。そして、この時代からふたたび変の直後の本能寺へと帰還するのです」
「わしが今の時代から本能寺へ戻って、どうなる?」
「燃え盛る本能寺の卵から孵った信長公は、あり得ざる知識と技術によって、まさに魔王として降臨しました。さらには無数の怪物までも従えて、日の本すべてを
ミツアキさんに憑依する顕如は静かに語るが、何か強いものが込められていた。
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