第四章 乱世ランダム編

第31話 織田信長、イン新幹線

「うわ……!?」

 思わず声を上げて目を覚ます。

 そうだ、東京へ戻るグリーン車の中だ。

 コウ太がうとうとしていたのは、ものの数分だろう。TRPGカーニバル・ウエストはまた来年ということで幕を閉じ、こうして帰路についている。

「うなされておったようじゃが、大丈夫か?」

 隣の席には、信長がいる。

 よかった、いつもの信長だ。


「だ、大丈夫です。ちょっと、変な夢見ちゃって」

「ずっと遊び尽くしであったからのう。体が疲れておるし、心もたかぶぶったままであろうから、夢見も悪いはずじゃ。養生いたせよ」

「どうもです……」

 それにしても――。

 何だったんだろうか、あの不気味な夢は?

 あれは、まさに魔王そのものだった。

 やっぱり、ライブRPGのあの姿が印象に残ってしまったからだろうか。

 にしても、つくづく不思議なこともあったものである。

 ダイス事故で織田信長が召喚されたと思ったら、お市の方と秀吉と出くわすとは。しかも、TRPGイベントで。

 人生、何が起こるかわからない。

 秀夫さんといっちーさんの連絡先は交換してきたから、オンセするならいつでも遊ぶことができる。いっちーさんは、さっそく更新を再開したようだ。ストーカーの正体もわかり、もう付きまとわれないということだから、安心したのだろう。いや、よかった。

 ほかにも、武将ゲーマーはいるかもしれない。


「まだ関東ではないようじゃ。しばらくは寝ておっても構わぬ」

「いえ、目が覚めちゃいましたし」

「で、あるか」

「……ところで、信長さん何見てるんです?」

 信長は、自慢のLETモデルのタブレットPCで、動画を見ているようである。

「うむ、三河殿に関わる動画じゃな。関ヶ原でサルめの家臣だった石田なにがしとの合戦の話よ」

「あ、関ヶ原の戦いですね」

 信長が見ているのは、動画サイトに上がった歴史関連の解説動画で、関ヶ原の戦いを解説するものだった。本能寺の変の後の歴史の経緯は、『チャート式日本史』だけでは物足りない部分はあるだろう。


「しかし、三河殿もよう勝ったものよ。息子の秀忠ひでただ殿の本隊が遅参したというのに。この石田某、やりおる」

 関ヶ原の戦いの布陣図を見ながら、信長は感心している。

 ドイツから兵学教官にやってきたメッケルが関ヶ原の配置を見て、石田三成率いる西軍が勝つといったという俗説があるが、三万八千を率いて中山道から合流するはずだった徳川秀忠が、真田昌幸さなだ まさゆきに大敗して遅参するするという失態を犯し、家康には不利な状況ではある。

 しかし、石田三成と言ったら、戦よりも文治派というイメージがあり、信長が感心しているのはコウ太としては意外であった。

「石田三成、半日で負けてますけど、強いですか?」

「うむ、強いな。布陣を見れば一目瞭然じゃ。まあ、これだけの兵を集めての大戦おおいくさとなれば、勝敗の趨勢すうせいが一気に決まることもあろう。それはやむなしじゃ。しかし、さすがは三河殿じゃな。野戦では敵なしよ」

「家康、そんなに強かったんですか? 信玄や謙信のほうが武力高いイメージありますけど」

 実際、家康は三方原の戦いで武田信玄にこてんぱんにしてやられており、逃げる最中にを漏らしてしまったエピソードはあまりにも有名である。

「そのふたりは別格ぞ。信玄坊主めは武田騎馬隊の“すてーたす極振り”じゃ。それに上杉謙信というのはな、必ずクリティカルが出ると確信して動き、本当にクリティカルを出すような武将よ。手がつけられん」

「ああ、たまにいますね、そういうゲーマー」

 時々いるのだ、ダイス目でなんでも解決しようとして実際に解決するゲーマー。

 敵に回すと手取川てどりがわの戦いの柴田勝家のようにボロ負けしてしまう。

 クリティカルが出ると信じてダイスを振り、本当に出してしまうゲーマーとか、あらゆる戦術を無効化する存在である。信長が、謙信と同盟を図ろうとして洛中洛外図らくちゅうらくがいずを贈った経緯もわかろうというものだ。

「信玄謙信を除けば、三河殿に野戦で勝てるのはそうはおらん。サルめも、ついぞ勝てなんだであろう」

 秀吉と家康は小牧長久手こまきながくてに戦いで対決し、秀吉は合戦で家康に勝つことはできなかった。そこで織田信雄おだ のぶかつと講和して決着させるという手に出る。

「関ヶ原の戦いって、家康の根回しで西軍の部隊に寝返りがでたり動かなかったりしたみたいですから」

「わしには、あの三河殿が調略で敵方を切り崩すとかにわかには信じがたい。面倒くさい三河武士の中でも輪をかけて面倒くさい御仁ではあったが、“律義者の三河殿”で通っておったからのう。苦労の中で、将としてひと回り大きゅうなったのじゃな」

「後年は狸爺って呼ばれますけど。でも、やっぱり戦は強かったんですね家康」

「もちろんよ。だからこその二〇年間の盟友じゃ。野戦であれば、わしよりも戦上手かもしれん。しかし、戦に勝つのはわしであるがな」

 信長も、そこには自信があるらしく笑ってみせた。

 その関係は、お互いが吉法師と竹千代と幼名を名乗っている頃からのよしみである。「三河殿」と呼んで家康のことを語っているときの信長は、どこか懐かしさを染み出させていることが多い。


「あっ、そうだ。TRPGカーニバル・ウエスト最後のセッションでフリープレイを遊んだんですけど、ミツアキさんって人の卓に誘われたんですよ」

「して、どのような卓であった?」

「それが、すごく感動して僕泣いちゃって。その人に信長さんのこと話したら、ぜひ一緒に遊びたいと言ってましたよ」

「それは喜ばしきことよ。卓を囲む知己が増えれば、よりさまざまな楽しみを味わえるというものじゃ」

「ええ、『今度遊びましょうはゲーマーの社交辞令じゃなく本気』って言ってましたからね。東京に帰ったら、すぐに声がかかってくると思いますよ」

「ふふふ、楽しみじゃな。む――?」

「あっ、地震!?」

 車内に運行中に地震が発生したというアナウンスが響き、途中停車する。

 大事はないらしいが、最近は地震が頻発しており、なんだか不気味だ。カーニバルの最中にもあったし。


「大丈夫ですかね、信長さん……?」

「ああ、大事ないとは思うがな」

 車内の様子を窺う信長の目に、何か鋭いものが宿っているように思えた。

 夢の中で見た信長の姿と、ふと重なったことに言いしれぬ不安が過るのであった。

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