第27話 織田信長、狙われる

 異様な風体ふうていであった。

 白五条袈裟しろごじょうげさで頭をつつんだ、裹頭かとう姿の僧兵である。その首元は血で染まっている。

 眼光は鋭いが、どこを見ているか定まってはいない。

 夜となり、京都一帯は雨が降り出している。

 僧兵の手には、ライフル銃があった。ガンアクションTRPG『ガンドッグ リヴァイスド』などを遊んだことがある銃器の知識があるゲーマーが見れば、それがレミントンM700という優秀なライフルだとわかったであろう。


 は、TRPGカーニバル・ウエストの会場となったホテル内を、何かを探し求めて彷徨さまよっている。

 稲光がして、傍を通った女性参加者ふたりが、「あっ!」と思わず声を上げる。

 無理もないことだ。は、あまりに異様であった。異様であったが、コスプレOKの会場では、もまたその参加者に違いない、きっとそうなのだというバイアスがかかる。『ダイス・オブ・ザ・デッド』というゾンビパニックTRPGのイベントでも、ゾンビのコスプレをした参加者は多かったのだ。


「ノブ、ナガ……」

 濁った目が女性ふたりに向けられ、呟きが漏れた。

 信長と、こもった声で彼が言ったように聞こえた。

「えっと、ライブRPGの集まりは、桐生きりゅうの間ですけど……」

 ライブRPG『第六天魔王を倒せ』で、参加者たちが集まる広間が桐生の間だ。昼間、織田信長のイメージにピッタリの参加者が急遽会場でコスプレをして、闇の勢力を率いるリーダーに抜擢されたと、話題になっている。

 女性たちは、彼にその部屋を教えると、そそくさとその場を離れた。

 イベント中の会場入口は、今は塞がれており、中の様子はわからない。

 は、じろりと視線を移す。

 その視線の先には、ツインタワーのもう一方が雨の闇にそびえている。桐生の間があるタワーが東館、もう一方が西館と言われる。

 僧兵は、その西館に向かう。


 西館と東間をつなぐ五階建ての中央館から、屋上に出られる――。

 外の雨が、強く吹きつけた。

 は、その中で桐生の間から漏れる明かりを捉えた。

 ガラス張りの窓の向こうに、南蛮胴にマントの人物がいる。

 織田信長、彼が四〇〇年ぶりに狙う獲物だ。

 

 杉谷善住坊すぎたに ぜんじゅぼう――。鉄砲の名手ということ以外、詳細はわかっていない人物である。猟師、根来衆ねごろしゅうの僧兵とも言われる。

 元亀元年(西暦一五七〇年)、越前朝倉攻めの際に浅井に挟撃される危機を悟った信長は、一時京に逃れる。そこから岐阜城に帰る途中の山道で何者かに狙撃された。幸いにして、弾丸はわずかに信長をかすめただけであったという。

 しかし、これに激怒した信長は徹底した捜索を命じ、三年後に近江の阿弥陀寺あみだじに潜伏していた杉谷善住坊を見つけ出した。捕らえられた善住坊は、生きたまま首から下を土中に埋められ、通る人々に竹ののこぎりで首をかせるという、凄惨ななぶり殺しにされたと伝わっている。

 当時は、火縄銃に強薬つよぐすりを込めて距離一二~一三間(約二〇メートル)からの狙撃であったが、レミントンM700が本物だとすると、その有効射程距離、正確さはそれとは桁違いである。

 ゆっくりとスコープに信長を捉えて、狙いを定める。

 銃爪トリガーを引けば、本能寺から転生した信長の命も、TRPGの祭りも終わるだろう。

 彼には容赦する理由がなかった、何ひとつだ。


「こっちだ、怪物クリーチャー――!」

 若い、いやまだ幼いと言ってもいい。少年の声であった。

 黒髪が雨を含み、カラスの濡羽ぬればのようである。

 右掌には、漆黒の六面サイコロふたつ。

 薄手の上着を羽織った、整った顔立ちの少年である。

 サツキ――ネット上やゲーム仲間に対してハンドルでそう名乗っている。


 カッ――!


 稲妻が轟いたのと、相対したふたりが動いたのは同時であった。

 この世にあらざる者として甦った善住坊は、現われたサツキ少年にすばやく狙いを変えて銃口を向ける。

 が、いない――。


「これで王手詰みクリティカルだ!」

 サツキは、いつの間にか善住坊との距離を詰め、視界外の横に回っていた。まるで、豹のような体勢で。

 目を見開いた善住坊に、サツキは手の上で転がしていた2D6を放る。

 弾丸もかくやという勢いで投げ出されたふたつのダイスが、青い光を引いて怪物に命中し、それと同時に炎が包んだ。


「GYAAAAAAAAAA……――!!」


 声にならない叫びを上げて、雨の中で善住坊は一瞬にして灰へと帰す。

 ことんと落ちてくるくると回り、ふたつのダイスは両方ともに、1と1――ピンゾロクリティカルを出した。

 1の目が、花の模様になっている不思議なダイスだ。


「間一髪だったな」

 サツキは拾ったダイスに語りかけるように呟く。

 視線を桐生の間に移すと、目を細めた。

 第六天魔王信長と、ゲーマーたちが楽しげにしている様子が窺える。


 もう一度稲光がして、サツキは振り返った。

 そして目を見張る。大きな翼を広げたドラゴンだ。

 暗雲の雲間から、赤い鱗のドラゴンが上空を旋回し、こちらを見下ろしている。

 その後ろ足に持たれているのは、漢字が一文字書かれた大きな旗だ。

「乱れ龍の旗!?」

 流れるように崩した書体の「龍」の一文字、これを乱れ龍という。

 ドラゴンはサツキを睥睨へいげいして旋回すると、雲の彼方に消えていった。


「このイベント、何事もなく終わってくれればいいけど……」

 ダイスを握りしめたサツキ少年は、祈るように呟くのだった。

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