第16話 織田信長、ダンジョンにようこそ

「――おい、見ろ、防火扉だ!」

 ドンダンが思わず叫んだ。

 洞窟の入口から半ばまで進んだところで、通路を塞ぐ形で戸板が降ろされていた。

 上を見れば、煙が抜ける通風孔が掘ってある。

 煙は、その性質から上に登る。防火扉と呼べるほどの代物とはいえない粗末な戸板でも、煙の進路を変えるのには十分だろう。縄を引けば、すぐ閉まる仕組みだ。

「ということは、つまり……」

 やられた――!

 煙の侵入とともに降ろされたということは、襲撃を知らせる形になったのだ。

 そのうえ、防火扉で煙が遮断しゃだんされ、燻した効果はほとんどない。


「ちょっと見て、人が倒れてる!」

 さらに問題が見つかった。防火扉の近くに、倒れている者がいる。

「まさか、私たちより先に入って巻き込まれた者がいたっていうの!?」

 策を提案した女戦士サイアの顔色が悪くなる。

 焦ったサイアが思わず駆け寄っていく、駆け寄ってしまった。


「サイア、落ち着くんだ、まず10フィート棒で探ってから……!」

 冒険の基本を知るアーサーが警戒するように声を上げるも、もう遅い。

 ゴブリンたちは狡猾こうかつで邪悪であった。

 煙で燻して侵入してくる冒険者が、それに巻き込まれて倒れた人間を見たら思わず駆け寄る――。そこまで読んで干からびた死体を放置しておいたのだ。

 死体を利用して冒険者を誘う罠を仕掛け、さらに死体の下には、猛毒を持つさそりを忍ばせておいたのだ。

 慌てて手を引っ込めても、本命の罠が作動する。

 ガラガラと、岩の崩れる音が入り口から響いた。

 冒険者たちはまんまと罠にかかり、退路を断たれたのだ――。

 

「――というわけで、もう洞窟から引き返すことはできんぞ」

 DM信長は、セッション中に閉じた扇子を指示棒代わりに使う。

 机に詰んだルーブブックやフィギュアのケースは、肘置きの代わりだ。

 見事な殿様スタイルで、実に様になっている。

「うわー……」

 ローグのぷりん担当このちゃんも、言葉がないというところである。

 困ってみせるふりをするところまでを含めて、信長の罠だったのだ。

 しかし、罠にはめられたのは警戒を怠ったプレイヤー側の責任でしかない。洞窟に入る前に、煙穴を確認する宣言はなかった。


「心乃花、このパーティだとお前のぷりんがトラップを探すのが得意だ。頼んだぞ、みんなが生きて帰れるかどうかは、お前にかかっているからね」

「う、うん」

 岸部教授の目が真剣になる。ハーフリングのローグを担当する娘に、10フィート棒の使い方を教えるという本気度だ。これはゲーマー魂に火がついたと見ていい。

 状況を整理すると、冒険者一行は煙で燻したことにより、侵入をゴブリン側に教えたも同然の状態となっている。

 おまけに入り口は死体を引き起こしたことでトラップが発動、防火扉によって退路を塞がれたてしまった。毒蠍は【判断力】のセーヴィング・スローになんとか成功して回避できたが、もう引き返すことはできない。

 では、この危機的状況を、一旦冒険者の視点からご覧いただこう――。


 入口を塞がれた一行は、ダンジョンの中を進む。

 どこかに出口がある、それは間違いない。

「……あっ、待ってみんな!」

 ぷりんが何かに気づいた。ハーフリングという種族は機敏で感覚も鋭敏である。

「……うん、間違いない。向こうから、風の流れがあるよ!」

 ぷりんが感じた方向に進むと、洞窟内の長い通路となっている場所に出た。

「キッ? キキッ――!?」

 先を進む一行が出くわしたのは、一匹のゴブリンだ。

 煙で燻されて逃げる準備をしているのか、財宝が入っていそうな袋を下げている。

 冒険者たちに出くわすと、一目散に逃亡する。

「逃がすな! 仲間を呼ばれるぞ」

 アーサーが叫ぶ。並の冒険者なら、ゴブリンくらいならそう苦戦はしないが、今のじょうきょうで数が集まってくれば話が違ってくる。

 この距離なら追いつける、そう思ったときだった。

 逃げているゴブリンが、急に視界から消えた。

 いや、消えたのではない。通路の先に掘ってあった空堀に飛び込んだのだ。


「か、空堀ぃ――!?」

 愕然とするコウ太であった。空堀に入ると遮蔽のボーナスがある。

「おう。先には柵があり、ゴブリンが二匹ほど“くろすぼう”を待ち構えておるぞ」

 信長が状況を説明する。空堀を一気に飛び越えることはできる、できるが走り抜けて飛び越えようとすると、堀の中にいるゴブリンから機会攻撃を受ける。

 機会攻撃というのは、近接した敵の間合いから離れるとき、相手の攻撃が発生するという戦闘時のルールだ。

 コウ太のドンダンは、このまま前進すると空堀に逃げ込んだゴブリンと接敵する。そこから離脱すると機会攻撃が発生するうえ、クロスボウの掃射を受ける。


「攻撃を覚悟して一気に突っ切るしかない! クロスボウは装填にアクションを消費する、連発はできないはずだ。サツキくんとれのんちゃんは弓で応戦してくれ」

 危機を察した岸部教授が、ロールプレイを忘れて素の指示を飛ばした。

 ヒューマン・ファイター(弓)とエルフ・ウィザードは弓を持っており、射撃攻撃ができる。ゴブリンがクロスボウを放ったのち、次弾を発射するまでは装填に一回分のアクションを消費せねばならない。一発目を食らうのは覚悟したうえで、次の攻撃をするまでに倒せるだけ倒そうという判断だ。

 コウ太のドンダンが突っ込む。で、堀を抜けるところでショートスピアを構えたゴブリンの機会攻撃が発生、さらにクロスボウが釣瓶つるべ撃ちで撃ち込まれる。

 何この状況……。


 運がよかったのか、命中したのはクロスボウ一発だけだ。まだHPに余裕がある。

 AC(アーマークラス)が高めのおかげである。これ以下の命中は当たらない。

 しかし、ここでDM信長の無慈悲な一言が告げられる。


「では、撃ったゴブリンの後方にいる後列のゴブリンが、装填済みのクロスボウをそれれぞれに差し出すぞ――」

「むぎゃああああああああああああああっ!?」

 

『D&D』では、1ラウンド中における自分のPCのターンで可能な行動がわりと厳密に定められている。

 移動やアクションと同時に行える行動の中には、“ひとつのレバーまたはスイッチを動かす”、“ジョッキ一杯のエールを飲み干す”の他に、“他のキャラクターにアイテムひとつを手渡す”がある。信長は、これを利用した。


 なんという無慈悲な戦術。さすが信長、汚いな信長。

 信長が三段撃ちやってないとか、嘘やんけ町田先生。普通にやってくるぞ、信長。

 鉄砲三段撃ちの影に隠れて忘れがちであるが、信長の得意技は他にもある。

 火攻めである――。

 十四歳で初陣を飾ったが、手勢を率いて吉良大浜きらおおはまを焼き払って戦果を上げた。当時でも、初陣は儀式的なものであった中でのことだ。

 その後の焼き討ちの数々は、もはや例に上げるまでもない。戦国時代を代表する火攻めのエキスパートであり、火攻め煙攻めへの備えは万端だったわけだ。

 初心者DMといえど、実戦経験豊富なモノホンの戦国武将である。

 戦術面では、まったく油断できない相手なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る