第11話 織田信長、リアルチートする
「――あれ?」
コウ太がバイトを終えて九畳1DKの自室に帰ると、信長の姿がなかった。
信長には、コンビニでも使える電子マネーのカードを渡してある。買い物にでも行ったのか?
がちゃっとドアが開き、信長が帰ってきた。
「“このこの”ちゃん、礼を申すぞ。よき歌声じゃ。いや
『はーい。ノブさんもありがとー』
と、信長の声と可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
「えっ、ちょ!? ……信長さん、“このこのちゃん”と通話してんですか?」
「おお、コウ太。先に帰っておったか。わしのほうが遅くなったな」
「それはいいんですけど。なんですか、その荷物……」
まず、状況を順を追って説明せねばならない。
“このこのちゃん”とは、コウ太のフォロワーでオンセ募集をするとよくプレイヤー参加してくれる女子中学生ゲーマーだ。ハンドルは“このこの”、通称このちゃん。
好きなTRPGは『ダブルクロス The 3rd Edition』で、日に二回セッションをすることも珍しくないという。
TRPG界では、彼女のように遊びまくるゲーマーを
卓とは、テーブルトークの「テーブル」を意味し、つまりセッションを指す。
卓あれば修羅のごとく遊びまくるゲーマーを指すスラングである。
で、信長はタブレットPCを右手にこのちゃんと会話をしている。
もう一方の左手には、有名家電店の紙袋を下げていた。
「ああ、このちゃん。コウ太は帰っておったよ」
『コウ太さん、おかえりー』と可愛い声が響く。
カラオケ実況中のようで、上機嫌で歌う声が混じって聞こえる。
なんだ、この状況。まったく意味がわからない……。
「オンセ用の
「信長さん、いつの間にアカウント作ったんですか!? てっきり僕の垢使ったんだと思ってた……」
「うん? あのオフセの翌日じゃ。“めあど”を取得して入力すれば垢開設など、すぐではないか。コウ太の垢宛てにフォロー申請もしたのだぞ」
「あ、このノブさんって信長さんだったの? マジぱねぇっすね……」
確かに二日前、コウ太のアカウントに『フォローさせていただきます。ノブです』と短いメンションがあった。アイコン画像は未設定なのでBOTかスパムだと思って放置していたのだ。
「コウ太が留守の間に一卓興じたくなってのう。そうしたら、このちゃんがオンセを催し、GMしてくれてな。『だぶるくろす』は、数字が派手でよい。さっそく“るるぶ”も買い求めて参ったのじゃ。ほれ、受け取るがよい」
「エェェェェ~……」
紙袋から、二冊組の文庫本が出てきた。思わず、コウ太は某マスオさんが驚いたときみたいなみたいな声を出してしまった。それは本当かい? ノブナガさ~ん。
“るるぶ”というのはTRPG業界のスラングで、ルールブックの略である。『ダブルクロス』(以下『DX3』)は、文庫本上下巻のるるぶだ。
コウ太は『DX3』のるるぶを持ってないし、やったこともない。
しかし信長は、自力でアカウントを作り、オンセに参加し、るるぶまでを買い揃えたのだ。
戦国時代から転生して十日目、初セッションから三日目でのことある。
「このちゃんの案内で、神保町と大手町まで遠出して買い物よ」
「わざわざ、るるぶを買いにですか?」
「それはあくまでもついでじゃ。他にも買い求めたいものがいろいろあってのう。コウ太も見るか? よいものを買ってきたぞ」
「あ、ネックスピーカー! それ無線で通話できるやつですよね」
「これがあればオンセも快適であろう。ふふふ、これはさすがにわしのものとする。やらぬぞコウ太」
「ええと、それ三万円くらいはしますよね?」
「値は知らん。
丁稚というのは、家電店の店員のことだろう。
金に糸目はつけぬとか、歴史小説で織田信長がよくいうセリフである。
だいたい、茶器か鉄砲を調達するときにこれを言っている。
「だから遠出して……って、あれ? 僕のタブレット、Wi-Fi仕様なんですけど」
「おお、コウ太のは返すぞ」と、信長は紙袋からもうひとつタブレットPCを出す。
そっちがコウ太が貸したやつだ。ということは、つまり――。
「こっちはわしの“LETもでる”よ。外でもネットと接続できる逸品じゃぞ」
「しかもそれ、“プロ”の方じゃないっすか!」
12.9インチ、ストレージ1Tバイト、三年間保証書つきのプレミアムモデル。
呆れ返ってコウ太の声は上ずりまくりである。
もうなんなの、この戦国大名。
「で、でも、その。だからお金は……?」
カードの入金額は三千円である。総計二五万円はする買い物には使えないはず。
「その金子の仕度のために大手町まで出向いたのよ。わしは武人ゆえ、TRPGを戦と見立てて考えた。戦は、軍資金が多ければ多いほどよい」
「そ、そうですけど、だから、その――」
「大手町の中華系銀行でわしの口座を作ってきた。さすがは
「驚くばかりなのはこっちですって! ……えっ? えっ?」
テクノロジーの発達によって、最近は生体認証での本人確認で手早く、銀行口座も開設できる。まさにサイバーパンクの世界が到来したのだ。
やったのは四〇〇年前から来た戦国武将だが。
「これを見てくれんか?」
出したのは、中華系銀行の通帳とキャッシュカード、それに厚めの封筒だ。
めちゃくちゃ怖い予感しかしない。おそるおそる、通帳を開いてみる。
「え? ゼロいくつあるのこれ? 1、2、3、4……7!? ファァァァァッ!!」
仰天して、コウ太は通帳を投げ出してしまった。
つまり、こういうことである。
海外のオークションサイトで、書いた覚えのない信長真筆という触れ込みの扇が売られているのを見た信長は、その悪質な出品者を日本留学経験のあるポルトガル人の協力で告発した。
信長の真筆は、町田助教が言うように発見されたら国の重文クラスである。
すぐさまコンビニで筆ペンを買い、コウ太から貰った扇子に自身の花押「
コウ太がほうじ茶をこぼしてしまったものをベランダで乾かしたため、ちょうど古紙のような古びた感じになっている。
そうしたら、バイヤーが殺到。落札した相手は即金で払うというので、信長は大手町の中華系銀行に口座開設の手続きと電子マネーで買い物に行ったという。
ひとりで、電車に乗って。
扇子は、研究者である町田助教が真筆というお墨付きを出すだろう。その噂がニュースになれば価値も上がる。
「……それ、いいんですか? 美術品詐欺とかにならないですか?」
「何を言う。正真正銘、このわしの筆ぞ。それだけでは悪いと思い、神保町の古書店を巡って古文書を買ってきた。これに一筆入れて付けてやるつもりよ」
「うわぁ、歴史的大発見になりますね」
「信長の筆がほしいという
「ええ、誰も損してないですね……」
時代の時期が違うだけで、信長本人の筆であることは間違いない。というか、現代日本で書かれた信長の一筆のほうが希少性は高いと思う。
言われてみれば、誰も悪くないし騙していない。個人のコレクション目的の購入であれば、鑑定書がついていないというだけだ。
「で、この封筒なんですけど」
「世話になった礼よ。わしが暮らした分の
「……や、十分すぎるんじゃないかと」
この厚さだと五〇万はあるかもしれない。怖くて開けて確かめられない。
「それとおぬしに褒美を取らす。明日にはこれが届く」
信長は、タブレットのブックマークを見せてくれた。
高解像度の画面に映っているのは、通販サイトの家具カテコリーのページである。
買った品物は、お急ぎ便で明日には届く。届くが、これは……。
「ゲーミングチェア! わりと高いやつですよこれ……」
「学問に励むのはよいが、体を
典型的キモオタ青年のコウ太は、やはり猫背気味だ。そのうえ、使っている椅子は安物である。信長からすれば、体を悪くするように見えただろう。
堺衆から軍資金を出させた
さすが戦国の世に世界と交流したグローバル派武将のひとりである。
で、このちゃんはまだ歌っている。
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