1‐9 邂逅

 天螺≪あまつみ≫コクピット内、未宙の脳に敵機出現の警報音が響く。同時にGleipnieからの通信。


『ボギー一体現出、速度二七○○で戦域内を蛇行しながら八洲軍機を撃墜しています』


 速度を一桁間違えていないか、と聞き返しかけ、ノルンがそんなミスを犯すはずがないと未宙は考え直し、思考発話のチャンネルを開く。


「あたしたちがいく。ノルンはほかの戦隊機を誘導しつつ他のベイカントを頼む」


『了解しました。速度的に恐らくベイカントですが完全にデータのない状況です。危険を感じたらすぐ離脱してください――お気を付けて』


 ああ、と短く返し通信を切る。出現したボギーのおおよその位置情報を確認、機体の進路をそちらに向ける。おそらく会敵はすぐだ。未宙は思考する。ボギーの速度はこちらの最高速度とほぼ同じ。多少無理をきかせればなんとかなる。しかしそれが巡航速度だった場合は自信がない。vmaxを使用して第一リミッターを解除したところでマッハ三の壁には届かない。だが、と未宙は思う。この戦場は極近接機動戦が主体だ。複数機から放てばまだしも一対一では互いにミサイルが有効打とならない現状において相手を落とすためには機銃の射程内まで接近する必要がある。ならば可能性は生まれる。


 接近警報。機体目視で敵影を確認。


 紅の外装を纏った、人型のオブジェクト。未宙は新型のセヴンスかと逡巡したがすぐにその迷いを払う。


 獣のような意匠の頭部。異様に細い腰。肘先からが武器となった両腕。頭部と同じく獣を彷彿とさせる、逆関節の脚。右腕のチェーンソーを模した武装には、白い金属の塊――友軍のセヴンスのコクピットブロック――が突き刺さっていた。


 戦士の直感がこいつは敵だと警鐘を鳴らす。それは味方ではない。ベイカントである。討たねばならぬ敵である、と。この“直感”が、本当に自分自身のものであるか、未宙は考えない。


 未宙は軍学校時代や戦隊に所属していた時分、シミュレータを用いた模擬戦でセヴンス同士の戦闘を何度か経験していた。しかし相手はベイカントだ。常識は通用しない。


「リザ、いけるか――」


 未宙はリザに声をかける。安心するために。意思を固めるために。


 しかし、反応がない。戦闘演算中はリソースを確保するためリザの姿は見えないが、普段ならすぐに返答がある。


「リザ……?」


 あるはずの返答がない。その代わりに感じたのは、あまりにも悲しく、強い恐怖。満月の夜、十四歳の少女が感じたものすべてだった。


 それは、一人の少女の最期の記録。深紅の巨人に相対し、敗れ散った黒い華の記憶。リザ・オルロの記録。


 未宙はそれをクレイドルシステムによって再現されたデータによって追体験した。


 現実の時間にして〇・三秒。愛した人の最後の戦いを、感情を、感覚を。コクピットを貫かれる感触ですらも、すべてを感じた。最後に彼女が呼んだ名前は、自分のものだった。


 天螺に実装されているクレイドルシステム及び機体コンピューターはその時破壊されたセヴンスと同じものだ。記憶の再現と追体験。これがクレイドルシステムの機能の一つかは定かではない。だがこれだけはわかる。


 今目の前にいる紅い人型の機体は、リザを殺したやつだ。リザをこんなにしたやつだ。


 未宙にとって戦う理由はそれだけでよかった。


 やれる保証はない。だがやりきれなさと純粋な怒りが、彼女にスロットルレバーを最大まで入れさせた。


 アフターバーナー起動。薄曇りの空。大気が爆ぜる音を残し、紅を追う黒が飛ぶ。

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