1-3 沈殿

 リザを失って四年。十六歳になる年に未宙は、八洲軍学校へと入学した。その前年に孤児院へとやってきた、自分を先輩と呼ぶ年上の少女とともに。未宙にとって、その時既に夢であったセヴンスへの搭乗は手段でしかなかった。対ベイカントのために本国から分離した八洲は空軍しか所持していない。優秀な成績を収め、八洲軍のセヴンスライダーとなれば、卒業直後から士官としてリザを探すことができるからだ。

 二年後、未宙は無事――座学は平均程度であったが――実技試験においてトップの成績を収め晴れて八洲のセヴンスライダーとなった。だが誰一人として、リザという少女のことについて知っている者はいなかった。

 初出撃の日。先輩パイロット四人と、未宙とノルンでの編成だった。ファイター適性のなかったノルンはAWACSに搭乗し、未宙たちの部隊をサポートしていた。簡単な哨戒任務の筈だった。

 その帰り、ベイカントの襲撃に遭った。通常三機程度で出撃するベイカントが、この時は何故か十五機での出撃だった。一番初めにノルンの乗るAWACSが撃墜された。無事彼女は脱出していたが、練度はあれど数に劣る未宙がいた部隊は消耗し、一機、また一機と落とされていった。最後の友軍機が落ち、未宙一人となった時、突如目の前を黒い風が駆け抜けた。

 濡羽色の外部装甲。紅いカメラアイ。特徴的な前進翼。右肩にあしらわれた、銀の翼のエンブレム。それは同じセヴンスとは思えない有機的な動きで、踊るように次々と敵機を撃墜していった。それを見た未宙は、あろうことかその黒い機体を追った。自分はまだ戦えるぞ、と意志表示するように。結果として、未宙とその黒い機体は全てのベイカントを撃墜した。戦果にして、未宙は二機。残りは全て黒い機体が屠っていた。その機体は未宙の送る通信信号を一切受け取らず、大出力のエンジンを吹かし空の彼方へと消えていった。

 初出撃にして友軍全てを失った未宙とノルンは、次の編成が決定するまで待機となった。その間も未宙はリザを探し基地中を探し回ったが、情報はおろか噂すら掴むことができなかった。ノルンも手伝ってくれたが、それでも進展はなかった。他部隊からは友軍が全滅したのに――と誹りを受けることもあった。確かに悲しいことだし、もっと自分が戦えていればと思う気持ちはあった。しかし未宙にとってそれは最優先事項ではなかった。ここに来たのはリザに会うためで、この戦争すら、未宙にとっては手段だったからだ。

 二週間ほどして、基地司令から特殊技術研究部へ出頭せよとの命令があった。長い複雑な経路をたどり、普段立ち入れない第七位階のセキュリティドアをくぐった先に、それはあった。

 あの日、空でともに戦った黒い機体。隣には巨大な白い機体も納められていた。

「あれ、先輩……未宙少尉じゃないっすか」

「ノルン……?」

「未宙中尉、ノルン大尉、揃ったな」

 そこにいたのは基地司令だった。もう五十近いと噂されているが、驚異的な美貌を持つ栗色の髪の女性だった。

「未宙少尉、ノルン少尉、只今揃い……中尉?」

「そうだ。両名は本日付で未宙中尉とノルン・ルーヴ大尉に昇進。ここ、八洲軍特殊技術研究部で概念実証機のテストパイロットとして任務を果たしてもらう」

 凄みのある口調だった。ノルンは研究員の一人に連れられ白い機体の方へ歩いて行った。未宙は司令と研究主任を名乗る女性に言われ、黒い機体の前に立った、

「八洲軍特殊技術研究部所属の概念実証機、F/SX-02 天螺アマツミだ」

 司令が言う。

「各部の軽量化と全身の出力向上により機動性は通常の機体より大幅に上。あとは……」

「先に乗せてやれ。その方が早い」

「しかし……」

 主任の言葉を司令が制す。コクピットハッチが開き、座席が顔を出す。

「いつも通り座席に座ってコードを接続、クレイドルを起動してほしい。ただしこの機体に実装されているのはクレイドル1だ。初体験だろう。意識をしっかりと持て」

 疑問を問うより先にシートに座らされた。言われるままに未宙はコードを接続。コクピットハッチが開いたままだったので司令に一言、問いを投げかけた。

「二週間前、助けてくれたパイロットは……」

 答えは無言。その無言が、全てを表していた。

 クレイドルシステムを起動する。情報の奔流が脳に流れ込む。脳が広がってゆく。機体の指先の整備状況やガス圧までもが感覚として、知識として理解できる。そして視界が機体アイカメラと接続した瞬間、未宙は言葉を失った。

 リザがいた。目の前に。離れ離れになった日から、少し成長した姿で。

『ごめん、未宙』

 何一つ変わらない、甘い声で。

『死んじゃった』

 何でもないように、笑いながら言う。

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