4-15 クーリアの価値

「――えっと、あの……そろそろいいかな?」

 温かい沈黙を破ったのは、俺でもクーリアでもなく、剣を杖にして立ち上がったクロナだった。

「……いいと思うか?」

「うん、野暮なのは百も承知なんだけど。でも、文句はあっちに言ってくれない?」

 クロナの視線と言葉に、俺もその言わんとしている事を理解する。

 耳を凝らせば、聞こえるのは足音。それも、おそらくは十を優に超える人数。国防軍本部からの派遣部隊か、それともハイアット軍事都市の残党か。願わくば前者であってほしいものだが、どちらの場合でも面倒が起こる可能性は十分にあり得る。

「気を抜きすぎたか……」

 クーリアの命を繋ぐ大仕事を、そしてクーリアの説得を成し遂げたからといって、ここはまだハイアット軍事都市の真っ只中。そんな事はわかっていたはずで、それでも俺は束の間の感傷に浸ってしまっていた。

「悪い、クロナ。いざという時は頼む」

「えー、やだ。今の私じゃ神剣『Ⅵ』は使えないみたいだし」

「……は?」

 警戒に意識を切り替え、しかし第一声からクロナにそれを挫かれる。

「多分、人造魔剣になっちゃったからかな。今の私には他の剣は使えないっぽいんだよね」

「なら取り除け、早く」

「それはシモンに頼むよ。今の私じゃ『ルミナスの過ち』で傷を塞ぐのも無理だし」

「……それで、間に合うか?」

「まぁ、微妙だろうね」

 足音はすでに近く、摘出と治癒が間に合うかどうかは分の悪い賭けだ。腹を開いている最中に乗り込まれるような羽目になれば目も当てられない。

「それなら――」

 今のクロナは人造魔剣『回』の構成要素だ。他の剣は使えずとも、人造魔剣『回』の力は扱えるはず。そして、敵を打ち払うだけならその力は何にも勝るものだ。

「まぁ、最悪の場合はそうするしかないけど、やりたくはないかな」

 ただし、人造魔剣はその力を使うのに命を消耗する。クロナが渋るのも当然の事だ。

「命を使うってのもそうだけど、それだけじゃなくて、今の私じゃ人造魔剣を上手く操れる気がしないんだよね。それこそ、下手したらこの街ごと吹き飛ばしかねないって言うか」

 それに加えて、魔剣『回』を握りながらクロナは不穏な事を語る。

 人造魔剣『回』の構造は、本体であるクーリアと端末である他の構成要素という構図だった。そこからクーリアが外れた事で、端末であるクロナの人造魔剣『回』を操る力にも影響が出ているのかもしれない。

「……だとしたら、かなりまずいな」

「そうだね。場合によっては、結構やばいかも」

「やばいかもって……いや、待て。大体、お前はその気になればもっと早く魔剣『回』の破片を取り除けただろ!」

「だって、なんか二人で割り込みづらい感じ出してたし」

 状況とは裏腹に、クロナの口調はどこか軽かった。最早状況に身を任せるしかないと半ば諦めているのかもしれないが、俺にしてみればここまで来て全てが台無しになるような事態は到底受け入れられるものではない。

「一応、神剣『Ⅵ』は渡しとくよ」

 そう言うと、クロナは足元に落としていた剣を拾い上げ、こちらへと投げて寄越した。

 神剣『Ⅵ』。ありとあらゆるモノを動かす力を発生させる、単純にして強力な剣。手に取った瞬間に、その圧倒的な力が頭の中で把握される。

 それでいて、同時に俺とクロナとの差を否が応でも理解させられた。俺が扱える神剣『Ⅵ』の力は、おそらくクロナの見せたそれの半分にも満たない。しかも、それはあくまで俺が認識しているものだけで、おそらくクロナは俺の知覚していた以上の力を自動防御に向けていたはずだ。

 神剣『Ⅵ』を手にした事により、俺はまったくの無力ではなくなった。それでも、十を超える剣使を相手に付け焼き刃の剣使がどこまで通用するか。

「シモン……」

「心配するな。生きて帰るぞ」

 戸惑いの表情のクーリアからそっと腕を離し、足音の方向に向き直る。

 足音は当然ながら上方、地下への入口側から近付いてきていた。とは言え、崩れて天井の大半が消え去った今の地下空間には、元々の入口以外の穴からでも入り込む事ができる。全方位に警戒を向けておくべきだろう。

 だが、足音の主は、律儀に本来の入口から姿を現した。

「――なるほど、惨状だ。どうやら、聞いていた以上だな」

 一見して、誰が声を発しているのかはわからなかった。

 地下空間を埋め尽くすが如く一気に流れ込んできた軍服の群れ、その中から聞こえた声はどこか間延びして聞こえた。少なくとも先頭に立つ屈強な剣使の言葉でない事は明らかだが、声の主の姿は前に立つ兵達に隠れ、俺からは判然としない。

「誰だ?」

「リロス国防軍総司令官、ノクス・ヒルクス」

 問いに、兵士の陰からの声だけが返ってくる。

 国防軍総司令官の顔も声も知らない俺は、それが真実なのかどうか確かめる術を持たない。だが、その名を騙る者がここに現れる可能性よりは、声の主が本物の国防軍総司令官である可能性の方が高いように思える。

「貴様がシモン・ケトラトスか。そして、クロナ・ホールギスにナナロ・ホールギス。よくも人造魔剣にまで辿り着いたものだ」

「国防軍の総司令官がわざわざ何をしに来た?」

「決まっている。人造魔剣を奪い返すためだ」

 予想通りのつまらない答えは、もちろん喜ばしいものではない。

「奪い返す? 出来ると思ってるのか?」

 内心を隠し、あえて余裕の嘲笑だけを口元に浮かべる。

 国防軍総司令官、ノクスが人造魔剣の研究を主導していたとすれば、当然その力の程も知っているはずだ。仮にノクスが引き連れてきた剣使の群れと彼らの剣がどれほど優れていたとしても、人造魔剣『回』の力には届かない。そうでなければ、自ら足を運んでまで人造魔剣の奪還に力を注ぐ必要がない。

「出来るだろうな。ホールギスは双方共に満身創痍、貴様は不安要素ではあるが、この数の剣使を相手に出来る可能性は低い。そして、人造魔剣『回』はその力を失っている」

「…………」

 ノクスの分析は正確で、俺には沈黙を返す事しかできない。

 流石に事の一部始終を見ていたわけではないはずだが、ノクスは如何にしてかクーリアが人造魔剣でなくなった事までを把握していた。あるいは推測を断言しただけの話かもしれないが、それでも否定の言葉を吐くのは逆効果にしかならない。

「人造魔剣『回』の構成要素を寄越せ。そうすれば、命だけは保証する」

「……人造魔剣じゃなくなったなら、もうお前達にクーリアは必要ないだろ」

「人造魔剣でなくなったなら、再び人造魔剣に戻せばいい」

 一歩、気持ち悪いくらいに足並みを揃えて迫る剣使の群れに悪足掻きを口にするも、返答は無慈悲だった。

 結局のところ、説得は不可能。戦うか降伏するか、それとも逃げるか。相手が強硬手段に出る前に選ぶしかない。

「……シモン」

 ふと、俺の名を呟いたクーリアが一歩前に出た。

「駄目だ。俺が殺される」

 クーリアは俺の命を繋ぐために自らノクスの元に下るつもりかもしれないが、その選択だけはあり得ない。この状況での交渉など無価値、相手の言葉は一切信用できない。俺達の価値が失われれば、交換条件など一瞬の内に踏み倒されるだろう。

「ううん、違う。私がやるよ」

 だが、クーリアの取った行動は俺の予想とは違った。

 隣に並んだクーリアは俺の手元へと手を伸ばすと、握っていた神剣『Ⅵ』を掴んだ。

「止め――」

 不穏な気配を察したのだろう、ノクスが周囲の剣使への指示を叫ぶも、遅い。

 その声が途切れた時にはすでに、そこに残るのは白目を剥いて倒れた、胸元に勲章をぶら下げた軍服の老人一人となっていた。

「これは――」

「やっぱりね」

 目の前で起きた現象に息を呑む俺を見て、クロナは苦笑した。

「クーリアは、人造魔剣だから強かったんじゃない。むしろその逆で、人造魔剣『回』は多分、クーリアが強いから成立してただけなんだよ」

 反射的に顔を向けた先、幼馴染の少女、クーリアはどこか気の抜けた表情を浮かべていた。

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