3-4 人造魔剣の嘘

「――つまり、可能性は三つ」

 研究所区画を離れた人通りの少ない小道の脇、リースは小声でそう口にした。

「一つ、あの研究員が私達に事実を隠蔽している。二つ、研究員が軍から情報を隠蔽されている。そして三つ目は、そもそも私の情報自体が間違っていた」

 研究員、ガノリアが俺達に見せた人造魔剣『十三番』は、その外見に違わずガラクタに毛の生えた程度の代物だった。

 リースが実際に手に取り――正確には手を添えて力を喚起した結果、『十三番』の発生させた力は単純な発光。その規模も全体に薄く光を帯びる程度で、とどのつまり試作の人造魔剣は兵器どころか照明器具としてすら力不足だった。

 もっとも、実戦でこそ使えないものの、技術的な面では『十三番』がたしかに価値のある代物である事は間違いない。

 魔剣の類とその保有する超常の力については、いまだその仕組みはほとんど明らかになっていない。保有する力は微弱であり、ガノリア曰く偶然により生まれただけだとは言え、魔剣の力の一端を再現してみせた『十三番』の存在は紛れもなく革新的なものだ。

 だが、俺達の目的は国を揺るがすほどの力を持った人造魔剣の破壊。『十三番』が本当に現時点の最高傑作であるとすれば、そもそもの前提からして間違っている事になる。

「三つ目は、流石に無いでしょう。それなら、リースさんが俺達を騙してこの場所に連れて来たって方がまだあり得ますよ」

 もっとも、俺達も何の根拠もなくこの場所を訪れたわけではない。複数の資料、主に軍属であるリースの手に入れたそれらは、たしかに強力な兵器としての人造魔剣の存在を示していた。それらの情報が全て間違っているとすれば、軍内部の盛大な悪ふざけか、それともリースの捏造ぐらいしか理由は思いつかない。

「……そうか、たしかに君達から見ればそう思うのも無理はないか」

「いや、冗談ですよ。本気で思ってたらここでは言いません」

「そ、そうか? それなら良かった、のか?」

 本気で沈みかけるリースに、慌ててフォローを入れる。

 実際、少なくとも俺はリースを疑ってはいない。クロナとナナロに対してならともかく、軍の人間に俺をどうこうしようとする理由はないはずだ。つまり、情報が偽造であればそこにクーリアの名前がある理由はない。

「だが、そうなると情報を隠蔽しているのは軍上層部か、それとも研究部か。あのガノリアという研究者が嘘を吐いていたようには見えなかったが……」

「なら、軍部が情報を隠してると?」

「……それも微妙なところだ。軍が研究部に情報を公開していないとすれば、他に隠れた研究部があり、そちらで人造魔剣の研究を進めている事になる。それほどの研究員を集めるのは資金も手間も掛かる上、もしそうならあの場での研究は全て無駄でしかない」

 残る二つの可能性も、しかしリースの言う通り今一つしっくり来ない。

 より進んだ人造魔剣の研究が他の場所で進んでいるとすれば、ガノリア達の研究はコストが掛かるだけの無意味な行為だ。その上、現時点でもリースや俺達に嗅ぎ回られているように隠蔽としての効果も薄い。あくまで素人の考えだが、それなら研究部を合併して研究を早期に終わらせた方が妨害のリスクを避ける事にも繋がりそうなものだ。

 研究員が俺達に情報を隠蔽するというのも、あり得なくはないが難しい。口裏を合わせるためには、軍過激派が研究部へと事情を告げるリスクが生まれる。しかも所詮は口先だけの嘘、疑いを完全に晴らす事はできずやはり効果は薄い。

「……もしくは、使い方が悪かったのかも」

 ふと、浮かんだ考えをそのまま口に出す。

「使い方……そうか。たしかに、その可能性はある」

 俺の言葉に思い当たるところがあったのか、リースは頷きで返す。

「ガノリアは人造魔剣の剣使については何も知らなかった。語らなかっただけかもしれないが、言葉をそのまま受け取れば彼は人造魔剣の実験には参加していないはずだ」

 俺達に人造魔剣の使い方について語ったのは、研究者であるガノリアだ。その程度の嘘なら事前の口裏合わせも実際に吐くのも難しくはないだろうし、あるいは軍部が独自に別の使い方を発見し、それを研究者側には伏せてあるという線もある。

「だが、だとしても情報が必要だな。根拠もなくあれを破壊し、それで終わりというわけにはいかない」

「なら、研究員を尋問するのはどうですか?」

 程度や内容はどうあれ、研究員が嘘を吐いている可能性は尋問で潰すのが早い。いかに軍の管理下にあるとは言え、研究員自体の尋問への耐性は高くないだろう。

「……少なくとも、強硬手段は全員が揃ってからにすべきだと思う。戦力的にもだが、あちらで何か有益な情報を手に入れていた場合、それが無駄にもなりかねない」

「まぁ、そうですね」

 リースは生真面目ではあるが、尋問という手段を完全に否定はしなかった。今はそれだけわかれば十分だ。

「とりあえず、今は予定通りに動こう。次は資料庫の捜索、その後にホールギス兄妹と合流だったな」

「それしかないでしょうね……」

 一時は人造魔剣に肉薄したと思われたものの、結局のところそれは俺達の求める人造魔剣とは別物であり、実際の状況はほとんど好転してはいない。ある意味では当初の予想通りではあるものの、なまじ期待した分だけ余計な落胆があった。

「まずは、南の総司令部内にある資料庫に向かう。何事もなく入れればそれで良し、駄目だった場合は西側にまで足を運んで第二司令部の屋舎に、それでも駄目だったなら別の行動を取るべきだな」

 ハイアット市ほぼ全域に広がる軍事都市は、特定の施設と施設の間の距離が離れている事も少なくはなく、特に資料庫のある司令部同士は区画ごとに別れており、行き来するだけでも相当な時間を使うのは避けられない。ホールギス兄妹との待ち合わせの時間までに足を運べるのはリースの言った通り二つほどが限界だろう。

「そう言えば、さっきは――」

「指導員? コルテット指導員ですよね?」

 目的地を決めて歩き始めてしばらく、口を開きかけたリースの言葉は彼女の名前を呼ぶ声に遮られた。

「……ラフナ? 君はたしか、ゴート地区の配属だったはずでは?」

「そこまで知っていてくださったんですか!? たしかに最初はゴート支部に配属になりましたけど、それから二ヶ月ほどで配属を転換になったんです」

 疑問を顔に浮かべるリースとは対照的に、声を掛けてきた兵士は笑顔を浮かべながら自身について語る。身長は平均ほど――いや、長身と言うべきか。一見して青年のような顔立ちに髪型、体格をしたラフナと呼ばれた兵士は、しかしその実女性だった。

「この男は? 指導員の部下ですか?」

 リースから笑顔を逸らし、代わりに俺へと向けられたラフナの視線はどこか険しい。

「……あまり噛み付くな。彼は喧嘩を買うような性格ではない」

「別に噛み付いてなんていませんよ」

 ラフナが俺に視線を向けている隙に、リースも俺へと視線を送る。意味は謝罪、俺への部下扱いとラフナの態度に対してのものだろう。部下扱いは身分の偽称のためにはやむを得ない事であり、ラフナについても気分は良くはないが特に気にするほどでもない。

「私はラフナ・ミラゼフ。コルテット指導員とは、予備兵時代に指導していただいて以来の関係だ。お前は?」

「……シファ・ケルア。コルテット上等の付き添いで来た」

 ラフナの自己紹介には、軍の身分証に記された自分の偽名と短い説明だけを返す。言葉を選ぶ必要のある現状、このタイプを相手にするのはひたすら億劫だ。

「覇気のない男だな。お前自身はどうでもいいが、指導員に――」

「ラフナ、私達にはこれから用事がある。君も暇だというわけではないだろう」

「――はい」

 リースが少し固い声でたしなめると、ラフナはすぐに俺から離れ、背筋を伸ばしてリースへと向き直る。

「ですが、少々お時間をいただけませんか。私には指導員に伝えるべき事があります」

 姿勢を正したラフナの様子には、単なる上官に対する態度に加えて何か別の緊張感のようなものが感じられた。

「伝えるべき事?」

「はい、ボーネルンド総司令官からの伝達です。正確には私は伝令というわけではなく、司令部にいた者全員にコルテット指導員を発見した際に伝えるよう指示が出ていますが」

「総司令官が?」

 リースは表情こそ変えないものの、ラフナの告げた名からは厄介事の匂いがした。

 カウネス・ボーネルンドは、このハイアット市での最重要人物の一人だ。広大な軍事施設全体の最高責任者であり、国防軍における過激派の一人としても知られているボーネルンドは、必然的に人造魔剣の開発においての黒幕である可能性も高くなる。人造魔剣の破壊を目論む俺達にとって最も警戒すべき相手であると同時に、おそらく俺達の事を最も警戒している人間の一人でもあるはずだ。

「……それで、内容は?」

「いわゆる呼び出しです。至急、総司令部まで来るようにと」

 ボーネルンドからの指示は呼び出し、それだけでは用件は特定できないが、やはりあまりいい予感はしない。

「そうか、わかった。ありがとう、もう行ってくれて構わない」

「いえ、総司令部までご案内します。そうするようにと指示を受けてもいるので」

 ラフナをこの場から除けようとしたリースの目論見は失敗。対応について話し合う時間は与えてくれない。

 だが、ここで素直に呼び出しに応じるかどうかは難しい問題だ。応じなければ立場が悪くなるのは避けられないが、応じたところで上手く応対できなければそれは同じ。それどころか、総司令部に足を運んだが最後、そこで問答無用で排除される可能性すらある。

 流石にボーネルンドがすでに俺達の目的を人造魔剣の破壊だと確信しているとは思えないが、懸念材料を疑惑の段階で処理するという判断を取ってもおかしくはない。

「…………」

 腰の剣に手を添え、リースに視線を飛ばす。この距離なら、単純に剣の一振りでラフナを無力化する事も難しくない。

 俺の視線に気付いたリースの反応は、静観。やれと促すわけでも、かと言って止めるわけでもなく、つまり俺に判断を全て託していた。

「……………………」

 少しだけ考え、そして剣から手を外す。呼び出しには応じておくべきだ。

 おそらくこちらの選択の方が、危険が身に迫るのは早くなるだろう。だが、同時にこの選択は好機にも繋がりうる。

 カウネス・ボーネルンドが人造魔剣の開発と運用における黒幕であるとすれば、彼を締め上げて全てを吐かせればそれで事は片付く。それをすればハイアット軍事基地との全面戦争は避けられないだろうが、それ以前にあちらから仕掛けてきた場合、結局は同じ事だ。

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