2-2  魔剣の選定

「まぁ、要するに、シモンは恋人である私を守るために人造魔剣の破壊に付き合うって事になってるわけ」

 目を微かに赤く腫らしている事以外はいつもの様子に戻ったクロナは、軽い口調で面倒な事態について説明した。

「なんでわざわざ、そんなクソみたいな理由を付けたんだ」

「そこ、クソみたいとか言わない。また泣くよ?」

「勘弁してくれ。時間の無駄だ」

「……せめて、もう少し私に興味を持てないかな、君は」

 嘆きに無視を決め込むと、クロナは諦めたように話を続ける。

「まず、君の目的を正直に伝えるのは微妙だからね。君の目的はあくまでクーリア・パトスであって、人造魔剣そのものじゃない。その二つを天秤にかけるような状況になれば、シモンは私達を裏切るだろうし、そんな君を仲間にするのはリスクが大きい」

「……なら、どうしてお前は俺を引き込んだ?」

 クロナの説明はもっともではあるが、それは俺側の考えるべき事だ。むしろ、それがわかっているならクロナもまた、俺の同行を拒むべき立場だろう。

「その方が楽しくなりそうだから、かな」

 そして、返ってきた答えはあまりにふざけたものだった。

「そんな答えで――」

「それに、必ずシモンが裏切ると決まってるわけでもないし。何となくだけど、私は君を連れて行った方がいい結果に転ぶ気がする。直感だから、兄貴を説得するには弱いけどね」

 続いたクロナの言葉は常のそれより真剣で。だが、おそらくそれが全てではない。それこそあくまで直感でしかないが、クロナは何かを隠しているような気がした。

「まぁ、私の事は別にいいでしょ。とにかく、ナナロには別の理由が必要だって事だよ」

 問い詰めるには根拠もない上、今はナナロを待たせている状況だ。クロナの事情は今は後回しにするべきだろう。

「なら、依頼で良かったんじゃないのか。金銭の関係はシンプルで強い」

 ナナロを説得するのに理由がいるなら、最も簡単なのは依頼関係だったはずだ。

 実際にクロナは当初、俺に依頼として話を持ち込んできた。クーリアの名を出したのはあくまで依頼を引き受けさせるためで、互いの関係性が依頼者とそれを受ける側である事自体にはいまだ変わりはない。

「それも一つの手だけどね。兄貴も人を金で雇って動かす事はあるし。ただ、兄貴は金で雇った人間を信頼しない。傭兵に任せるのは雑務や陽動が精々で、肝心な部分は私達、もしくは他の信頼できる人を加えた少数だけで動く。それだと、君も色々と面倒でしょ?」

「それなのに、お前の恋人を名乗るだけで信頼されるのか?」

 クロナの言い分も理解できないでもないが、それ以上に現状の方が納得できない。

 雇われの人間に全幅の信頼は置けないかもしれないが、妹の恋人を名乗って近寄ってくる男などそれ以上に怪しすぎる。当の妹、クロナの証言があるとは言え、単にクロナが騙されて利用されている可能性もあるだろう。仮に俺がクロナの恋人であり彼女を守るために行動したいというふざけた建前を全て信じたとしても、どこの誰とも知らない相手を軍の陰謀に関わらせるという選択肢は普通に考えてあり得ない。

「それは……どうだろうね」

「どう、って。どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。兄貴が何を考えてるのかは、私にも全然わかんないから」

 半ば切り捨てるようにそう言われてしまっては、俺もそれ以上は何も言えない。だとすれば恋人の偽称なんて手段を取るな、と糾弾したいのは山々だが、それも今更だ。

「そう言えば、お前の兄はどこに行ったんだ? 先に行くって言ってたような」

「ああ、それなら中庭だよ」

「中庭? なんでわざわざ」

「それは後でのお楽しみだよ、シモン君」

「余計な隠し事はやめてくれ、恋人云々の話だって、先に言われてればもう少しマシな対応ができた……いや、できたか?」

「今度のは平気だって、着けばすぐにわかるから」

 俺の自問自答を軽く流して先を行くクロナに、こちらも不安だがついていくしかない。

「思ったんだが、結局嘘泣きは何だったんだ?」

「いや、あそこは泣いといた方が自然じゃない?」

「演技としてならわからないでもないけど、二人になってからも続けてただろ」

「それは、ほら、男は女の涙に弱いっていうから」

「だから何なんだ……」

 どうやら、泣き真似に関しては特に意味のない悪ふざけだったらしい。万事がこの調子なら適当に流しておけばいいのだが、時折意図のある奇行を織り交ぜられると、こちらとしては判断が付かず振り回されるしかない。

「それより、もう着くけど、ナナロの前では恋人っぽく振る舞うように。私が袖を引っ張ったらキス、目が合ってもキス、胸にもたれかかったらねちっこいキスね」

「お前の中では、恋人っていうのは常に唾液を交換し合ってるものなのか?」

「えっ、違うの?」

 驚いたように問い返されるも、実際のところは俺も断言できるわけではない。

「……とにかく、却下だ。特にねちっこいキスはなし。俺のキスはいつも爽やかだ」

「あははっ、人の口の中なんて唾液まみれなんだから、爽やかなわけないじゃん」

「お前はまた、そういう事を言う……」

 互いに戯言を吐きながら、ふとクロナが突き当たりの扉を開けた。

「やぁ、いいところに来たね。こっちもちょうど用意が終わったところだ」

 扉の先で俺達を出迎えたのは、庭というよりももはや屋外の公園、そしてその手前に置かれた木の椅子に腰掛けたナナロだった。

 どうやら、ここが目的の場所である事は間違いないらしい。そして、わざわざ屋敷から屋外に場所を移した理由はすぐにわかった。

「魔剣……」

 庭に備え付けられた簡素な木机、その上に並ぶのは八本の剣。

「そう、ここにある剣は全て魔剣の類だ。正確には魔剣が五本、聖剣が二本、奇剣と神剣をそれぞれ一本ずつ用意した」

 その全てがナナロの言葉通り超常の剣だとすれば、にわかには信じ難い光景だ。取引価格の高額さはもちろんだが、加えて国による管理も厳重になっている現在では、個人でこれほどの魔剣を所有できる人間はごく限られている。

 そして、魔剣の複数所有はその難度と比べてあまり利にはならない。

 一般に、どれほど優れた剣使の適性があっても、一人の人間が同時に複数の剣を扱う事は不可能とされている。二本以上の剣を携えた剣使は、そのどちらの力も一切引き出す事はできなくなってしまうためだ。

 原理は魔剣の持つ超常の力のそれと同じく不明だが、特に剣士の間では二人の剣士が同時に一本の剣を扱う事はできないのと同じだという事から、『剣使は剣に使われている』という理屈の裏付けに使われている事も多い。俺としてはこじつけの理屈だと思うが、今のところ原理がわかっていないため、あらゆる主張に対しての明確な否定も肯定も存在しない。

 そして、理屈がどうあれ、ナナロやクロナが複数の剣を扱う事ができない以上、この場に九本もの超常の剣が並べられた理由は一つだ。

「僕達との同行にあたって、シモン君にはこの中から一本、好きな剣を選んでほしい」

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