魔剣使われに告ぐ

白瀬曜

Ⅰ    ―魔剣『不可断』―

1-1 なんでも切る屋

『なんでも切る屋』だ。

 何がと言えば、それはもちろん俺ことシモン・ケトラトスの職業であり、そしてそのまま俺の営む店の名前でもある。

「だったら、うちの馬鹿兄貴との縁も切ってくれるんでしょ?」

 だからと言って、流石に今回の依頼人の持ち込んできた問題は『なんでも』の範疇というか解釈的な何かを履き違えているとしか言いようがなかった。

「えっとですね、私の専門はあくまで物理的にモノを切断するという事でして、そういったご依頼は法律家の方に任された方がよろしいか」

「えーっ、それじゃあなんでも切るっての嘘じゃん。ひどーい、詐欺だ詐欺! みなさーん! ここのお店嘘ついてますよー!!」

 俺が至って常識的な対応をしてやっているというのにもかかわらず、自称依頼人の女はいきなり大声で営業妨害極まりない文言を叫び始める。

 思えば、最初から嫌な予感はしていた。

 女の一目で美人とわかる顔立ち、これはむしろ裏を勘ぐらなければむしろプラスの要素ではあるのだが、そいつがあまりにあからさまな少女趣味の衣服を身に着けていた時点でそれは不安に反転した。

 整った顔立ちも仇となり等身大の不気味な人形のようにも見える女を、だが依頼は依頼と笑顔で迎え入れたのは愚策だったようで。女はその見た目通り、いささか年齢に対して精神の成長が遅れてしまっている。

「ああ、わかった! わかったから黙れ!」

「んっ――もがっ」

 如何に精神が子供であろうと、その声は大の大人のものに他ならない。元々あまり繁盛しているとは言い難い店に悪評が付いてはたまらないと、女の口を物理的に塞ぐ。

「やだっ……そんな急に、激しい」

「顔が赤くなるほど本気で叫ばないでください、本当に」

 女はなぜか唇を抑え、赤らんだ上目遣いをこちらに向けてくる。なんとなく意図しているおふざけは理解できたが、仕事中に初対面の女との寸劇に付き合ってやるつもりはない。

「とにかく、うちはそういう抽象的な案件は扱ってないんで。俺にできるのは、あくまでこの剣でモノをこう切り離す事だけです」

 幼い子供に説明するように、丁寧にジェスチャーで示してやる。

「じゃあ、うちの兄貴をこう真っ二つにするってのはどう?」

「そういう物騒なのもちょっと」

「じゃあじゃあ、兄貴の剣を真っ二つにしてよ。そっから後は私がやるから」

「後って……一応、重金属の切断なら可能ですけど」

 余計な事を言った、と、女が次の言葉を発するより先に気付く。本人の了承なしに所持品を切るような真似は、当然ながら依頼として請け負うわけにいかない。

「――それが、魔剣でも?」

 だが、勢いを増して詰め寄ってくるかと思われた女は、意外にも真面目な面持ちとなると声を落としてそう問うてきていた。

「……そんなにお兄さんとの縁を切りたいんですか?」

 女の口にした魔剣という単語は、俺にとっては聞き流せないものだった。

 ただの冷やかしだったならば構ってやる理由はないが、女が本当に藁をもつかむ思いで俺の掲げた『なんでも切る』の単語に縋ってきていたというなら、話を聞いてやるくらいの事はないでもない。

「いや、別にそこまででもないんだけど」

 とは言え、実際のところはこれだ。

「……チッ」

「あっ、舌打ちした! みなさーん! ここの店は客に舌打ちかましやがりますよ!」

「お前のどこが客だ! さっさと帰れ!」

 喚く女にこれ以上構っていられないと、玄関まで無理矢理引きずっていく。一瞬でもこのイカれた女を心配してしまった自分を恥じたい。

「待って、待って! ねぇ、私ここら辺まだ来たばっかりで、友達いなくて寂しいの!」

「裸で身体に『友達募集中』とでも書いて路地裏に立ってろ」

「それじゃあ友達じゃなくて子供ができるじゃん! ……あれ? 私今上手い事言った?」

「そうですね、それだけ上手い事言えればいくらでも友達なんてできますよー」

「でしょでしょ! ……って、だから待って! って言うか力強――」

 何やら喚いている女をそのまま玄関口から放り出し、即座に扉と鍵を閉める。ああいう手合いを相手にするのは初めてだが、下手に相手をして懐かれると面倒だろうという事は想像が付く。俺の抱いた印象通りに女の本質が精神的に子供なのだとしたら、締め出された後もここに執着するよりは他に面白そうな事を探しに行ってくれるだろう。

「……ったく」

 店であり自宅でもある一軒家、先程まで女が腰掛けていたソファーに腰を沈め、何を考えるでもなく息を吐く。

 冷やかしを追い払ったからといって、すぐに取り掛かる仕事があるほど『なんでも切る屋』は繁盛しているわけではない。むしろ、知人の伝で定期的に回されてくる重金属の加工を除けば、依頼が持ち込まれる事の方が珍しいくらいだ。

「……魔剣、か」

 ふと、女が口にしていた単語を思い出す。

 あれがどこまで真面目に言葉を吐いていたのかは甚だ疑問であるし、もはや俺には関係のない事でもあるが、そういった事を抜きにして単純に女の言葉は俺に一つの興味を植え付けていた。

「俺は、本当に魔剣を切れるのか?」

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