第6話 夕焼けのこと

夕焼け空を見ていると、なんとなく泣きたくなるのはなぜだろう。


今日の日が終わるのを惜しんでいるからなのか、また来る明日への不安からなのか。

そんな理由をあれこれ考えているよりも先に、感情が反応する。


そう、この感情は「寂しさ」に限りなく近い。


何も分からないのに、「置き去りにされてしまう」と心が警鐘を鳴らす。

何からか、どこからか、誰からか。

もう何もかもイヤになるくらい曖昧な自分の感情が居心地悪くて、さらに泣きたくなってしまう。


それでもなんとか涙を呑み込んで立ち上がる。

泣くのはキライだ。泣いたって何にもならないってこと、あたしはよく知っているから。あたしの今の居場所へと帰るため、この夕焼けがキレイに見える川沿いの道をあとにする。


この道は、ここへ来てすぐに見つけたお気に入りの場所だ。

建物の裏手をちろちろと流れている、小さいけれど止まることのない川。

その横に続く細い道は、手入れもそこそこにしかされていない、野晒しの場所。

それでもその自然な気配が気に入って、ヒマさえあればここに入り浸っている。


この川沿いからは、すべてがリアルに見えるのだ。

青空はより青く、花びらはより鮮やかに。

それらの景色の前で、川はいつも同じリズムで流れ続け。

その音を聴きながら、あたしは目に映る景色を脳裏に焼き付ける。

一瞬一瞬を、決して忘れないように。


そして夕方。

夕焼け空は、より寂しく美しく、空をオレンジに染める。

一面に広がる柔らかなオレンジは、空だけでなくそれを写す水面さえもキラキラとオレンジに染めて。

どうしてもこの手に夕焼けをつかみたくて、水の中に手を伸ばしたりもした。

もちろん残ったのは、冷たい滴だけ。

いつも夕焼けは、あたしの手の指をすり抜けていくのだ。


空の色が青からオレンジに染まり、またそのオレンジが深い群青色に変わっていく様が好きだ。

合間に挟まれる淡いピンクも、深い紅も、最後に空を覆い尽くす群青も。

それぞれが織り成すグラデーションがあまりにも儚くて、目が離せなくなる。

もう何度も何度も見ているはずなのに、夕焼け空は毎回新しい感動をあたしにくれるのだ。


それでもいつも通り時は流れ、待ち受けているのは現実。

夕食の時間までに、あたしはいつものあたしに戻らなければならない。


「寂しい」気持ちを抱えたまま、あたしは川沿いの道をあとにする。

誰もいない裏道には、自分の足音しかしなくてどんどん虚しくなってしまう。

足首を掠める草の感触も、しっとり香る湿った土の匂いも、すべてがこの感情へと繋がっていく。


どうして人はこんなに弱いのだろう。


それでも、川の終わりが近付く。

軽く頬を叩き、気持ちを切り替える。

ここからは、寂しさなんて知らないミハルの親友のホトリ、皆が把握している通りのホトリを演じなければならないのだ。


「よし、行こう」

軽く声に出して大きく息を吸う。

気合いを入れて、建物の中へ戻ろうとしたそのとき。


「…コハク?」

建物の壁にもたれ、空を見上げている人影。

その影は、紛れもなくコハクだった。

消えゆく夕焼けを見上げ佇んでいる姿は、普段のコハクから全く想像もつかない静けさだ。


柔らかい物腰で始終優しい笑みを絶やさないギンガと違って、コハクはいつも皮肉っぽい笑みを浮かべ冷ややかにこちらを見ている。

そんなコハクが悪態をつくことなく、ただ夕焼けを見ているのだ。


夕焼けの最期のオレンジ色が、コハクの白い肌を照らす。

全く似ていない双子の中で、唯一似ているのが雪のように白い肌だった。

その白い頬に、一筋の涙が光ったのを見た時、あたしは言葉を失った。


ねえ、あなたは一体何を思っているの?


今すぐ駆け寄って、聞いてみたい衝動をなんとか抑える。

これはきっと、聞いてはいけない。

聞いたとしても、コハク自身答えることはできない感情のような気がするから。

コハクの痛み。切なさ。

それをまるごと受け止めるには、あたしはあまりにもちっぽけだ。


きっとあたしは孤独なのだろう。

夕焼けに切なくなってしまうほど。

そんなこととっくに分かっていたけれど、わざと知らん顔して。

認めてしまえば、もうどうしようもなく寂しさに気づいてしまうから。

それでも事実は変えられない。


そしてそれは、あたしだけではないのだ。

ミハルと、ギンガと、そしてコハクと。

あたしを囲むものたちは、みんながみんなどうしようもなく独りだから。






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