第7章 火継ぎの港街⑥

服選びが終ると、私たちはいったん宿に荷物を預けた。エルザ師匠とエルマが着替えるのを待つ間、私は宿のロビーから、岬の灯台を眺めていた。

セント クラーナの雰囲気は私が夢の中でみたものとは大きく異なり、活気に溢れ、華やかな印象だったが、あの巨大な灯台を目にする度に、渡り烏が仮面を外す場面が脳裏にちらつき、不安な気持ちを振り払うことができなかった。


「お待たせ、ラルフ君。」


窓際からロビーの方を振り返ると、衣替えした二人の魔女が階段から降りてくるところだった。


エルマは薄いベージュのブラウスに、大きくスリットの入ったブラウンメインのチェックのスカートを身に付け、皮の肩掛けポーチを提げていた。頭には赤いベレー帽を乗せており、彼女の肉体年齢を考えると年相応という格好だったが、普段の狩人としての装いしか見ていなかった私の目には新鮮に写った。

エルザ師匠はというと、上はパリッとした白の襟付きシャツに、黒のカジュアルベストを身に付けていた。下はタイトな黒のパンツレギンスとパンプスという出で立ちで、髪は三つ編みを解き、鴨の羽をあしらった黒のフェルト製ハットをかぶっていた。全体的に黒を基調としたシルエットは姿勢の良い彼女の立ち姿をさらに際立たせ、王都の大通りを歩けばかなり目立つ見た目に仕上がっていた。


「どうかしら?」


エルマは感想を求めてその場でくるりと一回転してみせた。


「よくお似合いですよ、エルマさん。師匠はなんというか、"いつも通り"ですね。」


言うが早いか、私はエルマに羽交い締めにされていた。


「ラルフ君、こういう時は、形だけでも"綺麗ですね"と言っておくものよ!弟子としての礼節でしょうが!」


わりときつめに耳元でたしなめられた私はひそかに反省したが、エルザ師匠はというと、何も言わず、色の濃い丸サングラスをかけると、宿の出口に向かって黙って歩き始めた。


「あちゃあ、エルザったら、ラルフ君がどう反応するか楽しみにしてたんだけどなぁ…まだまだお勉強が足りないみたいだね、少年。」


やれやれとエルマは首を振っていた。


私は言葉が足りなかったことに、なおのこと反省して、すぐに師匠の後を追いかけた。

昼食までの道中、私は師匠の機嫌を取り戻すのに必死だったが、彼女はそっぽをむいたまま、口をきいてくれなかった。エルマはというと、助け船を出してくれるわけでもなく、後ろでニヤニヤと私の困る様を楽しんでいるようだった。


旧市街地に向かうために、私たちは船着き場まで下ると、桟橋エリア沿いの「39番」という名前のレストランに腰を落ち着けた。

2階の屋外席からは、店の前を行き交う人々や、桟橋に並ぶ船、堤防の上に並んで休憩する海鳥などを眺めながら食事が楽しめた。

私たちはセント クラーナ近海で採れる岩蟹を初め、海の幸をふんだんに使った料理が並ぶテーブルを囲んだ。


「それで、入国管理局に行って何を調べるの?」


エルマはぎっしりと身の詰まった岩蟹の足から身を剥がしながら尋ねた。

エルザ師匠は水揚げされたばかりの海老を盛り付けたシュリンプカクテルと、とうきびの蒸留酒を交互に口に運んでいたが、周囲を軽く見渡すと、人避けの香を炊いた。


「入国管理局では、ここ最近の密入国者数の推移を確認する。もし、ミラルダがこの街に潜んでいるとすれば、密入国者数が激減しているはずだ。」


私は嫌な予感がした。


「それは、何故ですか?」


エルザ師匠はナプキンで口を拭いた。


「ミラルダが引き連れている幽鬼(ファントム)だが、やつらの稼働を維持するには、常にエネルギー、すなわち人間の魂(ソウル)を補給する必要があるはずだ。私たち魔女集会や、国の治安部隊に悟られずに人を襲うには、死亡者数にカウントされない人間をターゲットにするのが都合がいいからな。」


エルマはエール(麦酒)に口をつけながら、眉を潜めた。


「そういえば、ミラルダもこの前退散するときにそんな事言ってたわね。『再調整と人間の魂(ソウル)の補給が必要』だって。でも、すでにあの幽鬼(ファントム)っていうのは、大量の人間の魂(ソウル)を魔女の遺体に取り込んで作ったものでしょう?使い魔にしてはずいぶんと燃費が悪いわね。」


エルザ師匠はグラスを置くと、私の方を見た。


「私の推測だが、おそらく、あれはただの使い魔じゃない。ラルフ、お前はこの前の戦闘でやつらの中にある魂(ソウル)を見たはずだ。どんな形をしていた?」


私はスープを口に運ぶ手を止めると、第三の目を開いていたときのことを思い出した。


「…同じでした。」


「何が、同じだったの?話したい範囲で構わないから、教えてくれる?」


エルマは優しく促してくれたが、正直なところ、あまり思い出したくは無いことだった。


「…同じ色だったんです。あの幽鬼たちの中にある魂(ソウル)と、俺の中の暗い魂の色が…」


世界に開けられた、深く、暗い穴のような漆黒は、あの幽鬼(ファントム)たちの内にも宿っていた。それは、つまり、


「あの幽鬼(ファントム)たちも不死人ってことなの?」


エルマが呆然と呟いた。


「完全な、とは言えないかもしれないがな。大量の人間の魂(ソウル)を必要とするということはつまり、人間の魂(ソウル)の中にわずかに混じっている、"暗い魂の欠片"を寄せ集めてつなぎ合わせ、暗い魂の代用としているのだろう。言うなれば、"擬似的な"不死人というところか。」


そう言うと、エルザ師匠はぐいっとグラスを一息に空けた。彼女の目の中には鋭い光が宿っていた。


「渡り烏が作り出したあの幽鬼(ファントム)たちに与えられた役割は、アストラエアの持つ魔女の魂の保管庫を強奪することだけじゃない。やつらそのものが、ミラルダや渡り烏の目的を果たすための鍵となる存在だと私は考えている。今はまだ、その目的はわからないが、幽鬼(ファントム)を破壊できれば、渡り烏やミラルダの計画を阻むことにつながるはずだ。」


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