第6章 疾走①

馬上から、紅葉に染まる霧降山の山嶺を眺めていた私は、前のエルマからの声に、目を目的地に向け直した。

「着いたわよ。」

私は小さく頷くと、かつての故郷であるセント・アリアの入り口で馬から降りた。

「ありがとうございました。ここまで連れてきてくれて。」

馬上の主、「深い森のエルマ」は労うように愛馬の首を叩きながら私を見下ろした。

「お安いご用よ。私はこの辺りで待ってるから、ゆっくりしてきて…いえ、あなたの思うように時間を使ってきていいわ。終わったら声をかけてね。」

私はもう一度小さくと礼をすると、村の入り口に向けて歩を進めた。

村の敷地を縁取る簡素な石積の塀は、すっかり苔むし、人が住んでいた気配をいっさい感じさせないものになっていた。記憶をたどりながら私は朽ちた門をくぐると、村の中心へと足を向けた。

渡り烏によって焼かれた村の家屋は全て草木に覆われ、かつての平和だった時の姿とも、あの地獄の夜の業火に覆われた時の姿とも違い、止まった時の中で、ただ静かに佇んでいるようだった。

エルザに拾われ、魔女の弟子として生活を始めた後は忙しい日々が続いたが、それでもこの場所を訪れる機会が無かったわけではなかった。しかし、故郷に対する懐かしさよりも、死んだ両親を弔う気持ちよりも、渡り烏に襲われた時の恐怖が勝り、どうしてもこの場所に足を運ぶ気になれなかったのだった。だが、自分の身体と精神が大人に近づくにつれ、もう一度、自分の出発点であるこの場所に帰ってくる必要があると感じるようになった。

村の中央広場にさしかかると、草木に覆われた村の残骸とは対照的に、比較的新しい構造物が設置されていた。亡くなった村人たちを弔うために、近隣の村と州軍が設置した、共同墓地を示す石碑だった。私は石碑の前に立つと、弔意を表す黒染めのマントの懐から、小さな花を取り出して供え、黙祷を捧げた。冷たい朝露の空気の中で、冬ごもりに向けた準備のために、木々を渡る鳥たちの声だけが響いていた。

黙祷を終えた私は、次に自分の生家のあった場所へと足を向けた。 かつての私の家は他の家屋と同様に、燃え尽きた残骸が草木に覆われていた。私は恐怖の記憶と共にこみ上げてくる吐き気を押さえながら、花を二輪供えると、手を合わせて目を閉じ、ここで命を落とした両親へと思いをはせた。既に両親との記憶は遠い過去のものになりつつあり、2人の顔を思い出すこともできなくなっていた。しかし、あの地獄の夜の炎の熱さと人が焼ける臭いだけは、忘れようにも忘れることはできなかった。そして、今もなお胸に燻り続ける報復心は、ますます私の魂を暗く焦がし続けていた。

渡り烏に襲われたあの日から6年の歳月が流れ、私はもうすぐ10才になろうとしていた。



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