第4話 旅立ち

「武装解除終了しました」

「ご苦労さまです」


 中東某国にて3年続いた内戦だが、国連の仲介により停戦に成功し、粛々と武装勢力の武装解除が進んでいた。

 日本からも自衛隊がPKO(国際連合平和維持活動)部隊として派遣され、武装解除後の難民キャプの運営にあたっていた。寺川リサ1曹もその一員として、学生時代に行った現地でのボランティア活動の経験を買われ、難民の生活支援に従事していた。


「全く、人手が足りないわね」

誰が聞くともなく独り言をつぶやきながら、支援物資を仕分けしていく。

「誰か運んでくれないかな」

答えるものなどいないはずの問に答えが返った。


「どこに運べばいいですか?」


「えっ?」

 一体、誰が答えたのかと振り返ると、目の前には、一人の東洋人風の顔立ちをした難民の少年が立っていた。


「今のあなた?」

「はい、どこに運べばいいか指示して下さい」

眼の前の少年が日本語で答える。

「あなた、日本語がわかるの?」

「はい、私の母は日本人でしたので」


 とまどいながらも救援物資の運搬を少年に手伝ってもらい、一段落した時点で少年と話をする時間を作った。


「少し、話を聞かせてくれるかな。あなたは、なぜここにいるの」

「私の母がこの国の人と結婚して私が生まれました。そして、3年前武装組織にさらわれ、少年兵として戦わされました」


「えっ」

 思わず言葉を飲み込む。眼の前にいる少年の表情の乏しいの風貌からは、いったいどうやって今まで生きてこられたのか、とても想像がつかない。


「あなたの名前は?」

 少年は自分の名前を答えたものかどうかしばらく逡巡した。そして、意を決したように、リサを見つめ答えた。

「沙羅」


 沙羅は、この国で生まれ育ったこと、三年前に武装組織に襲われた後、男のふりをして少年兵として仲間になることで生き延びたこと、そして、武装解除しこの難民キャンプに来たことを話した。両親は殺されたと言ったが、詳しい状況や、武装組織にいた3年間については口をつぐんだ。


「あなたのお母さん、神野美由紀? あなた、神野さんの娘?」

「母を知っているんですか」

「私が学生でボランティアをしていた時、あなたのお母さんにお世話になったことがある」

 こんな偶然があるのだろうか。いや、日本からわざわざこの国に来るような物好きは、神野さんと私ぐらいだ。だったら、この出会いも当然なのかもしれない。


 それから、しばらくの間、沙羅は難民キャンプの中で物資の援助や、医療スタッフの手助けをした。武装組織にいた時に覚えたのだろうか、簡単な治療も、手際良くこなしていた。


 ある時、物資を配給している沙羅の前に、一人の大男が立ちはだかった。

「おい、そいつをよこせ」

「順番だ。お前は後だ」

「いいから、さっさとよこせ」

 男が無理やり物資を奪おうとした時、沙羅がナイフを閃かせた。

「ぐぁー」

 男が、ふくらはぎから血を流し、崩れ落ちる。ひざまずき、沙羅の前に頭を差し出したような格好となった時、沙羅のナイフが男の首へと伸びた。


「止めなさい!」

寸前で止めたリサを、見下したような冷たい瞳で沙羅がみつめた。


「あなた、今、本気で殺そうとしたの?」

「あの男は私より大きい。中途半端な真似をしたらこっちがやられる」

「私達は、殺し合いを止めるために、ここに来たんです。二度と今のような真似はしないで」

「殺し合いは終わらない」

沙羅が感情のこもらない声で言った。


「終わらせます!」

この子は、戦闘で実際に人を殺したこともあるのだろうか。リサは思ったが、沙羅にそうした質問をすることは、はばかられた。



 リサが、神野沙羅の情報について日本に問い合わせると、本人の述べたとおり、神野美由紀の娘であることが確認され、日本国籍も持っていることが判明した。


「これからのことなんだけど、あなた、日本に住まない?」

「日本ですか」

リサの問に沙羅がオウム返しに聞く。


「この国にいても、当分難民キャンプにしかいられない。あなたにとっては、この国が生まれ故郷かもしれないけど、日本に住んだほうがいいと思う。真剣に考えてみてくれないかな。当分の生活費は国が保証する」

「わかりました。行きます」

 リサが戸惑う速さで即答が返ってきた。この国で生まれ育ったというのに、そんなに簡単に結論が出せるのか。異国に行く不安はないのか。故郷への愛着はないのか。


 沙羅にとっては、生き抜くために最も良い選択肢を選ぶことに、悩む余地などは微塵もなかった。自分を生かしてくれた両親のためにも、無残に死んでいった友達や、村の人達のためにも。

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