二章、俺の艦隊

 属する国が替わったからといって、アルマージュ・ランドーという名のこの俺の性格や能力が変わるわけではない。


 俺は士官学校に入学した時点から軍人で、それ以上になったことも、またそれ以上を目指したことも無い。俺の同期仲間には政治に興味を持ち、政治的議論を年中交わしている奴もいたが、俺はそんなこと考えたことも無かった。自分には政治に関わる能力は無いとも考えていた。


 それがどうだろう。俺は今や「皇帝付第一秘書官」などという良く分からない名称を冠されて、俺は銀河帝国(ロスアフィスト王朝)の元老院に引っ張り出される羽目となった。


 元老院というのは要するに貴族の代表者が国家の政策について協議する議会のようなものだ。アーム王朝にも貴族院という名前でほとんど同じものが存在する。両銀河帝国は共に主権君主制を採用しており、いわゆる民主主義は採っていない。つまり、民主議会は存在せず、その代わりに元老院(貴族院)が存在するわけである。


 この元老院には立法権が付与されている。特にロスアフィスト王朝においては、皇帝(行政権)、最高裁判所(司法権)との三権分立が確立されており、元老院の持つ権力は理論上皇帝と同格ということになっていた。もっともこれはあくまで建前で、皇帝にはこれに加えて軍への統帥権と不可侵権があるわけだから、実際には皇帝の絶対権力に元老院はほとんど逆らえない。しかし、それを鑑みてもかなりの権力を持った機関であるとは言えた。


 元老院の定員は5百名。構成人員はほとんどが貴族で占められており、わずかに10名分、平民議員が認められている。もっとも、ロスアフィスト王朝において貴族はそれほど閉鎖的な階級ではなく、例えば平民出の軍人でも功績を上げれば結構簡単に爵位が与えられた。そして各議員の随員や秘書も出席が認められていることが特徴で、彼らは別に貴族でなくても構わないというのがミソだった。随員や秘書の人数は議員一人につき7人に及んだから、元老院会場には貴族よりはるかに多い数の平民が出席していることになる。ただし、議決権はあくまで議員のものだったが。


 4千名に及ぶ人数が集結するのだから元老院議場はとてつもない広さを有していた。例えるなら陸上競技場がそのまま会議場になったような感じだ。形状も似ていて中央に演壇があり、それを取り囲むようにして議員席が並ぶ。最前列が議員本人が座る席で、その後ろに議員の随員たちの席が並ぶのである。


 随員席はいわば現場会議室で、仕切り板で仕切られた中では議員たちの政策ブレーンたちが議員たちに知恵をつけるために資料を引っ掻き回している。


 元老院では、皇帝もあくまで議員の一人に過ぎない。随員の数も他の議員同様7名と変わりない。つまり俺はその一人に選ばれた訳である。俺は詳しい事情を知って狼狽した。


「俺には政治の知識は無いし、足手まといになるだけだぞ」


 エトナは鼻で笑った。


「期待して無いわよ。あなたはあたしの横に立ってあたしの暇つぶしになってくれればいいの!」


 いいのかそれで。


 その日の元老院でもっとも重要な法案は、とある惑星における開発予算を認可するかどうかであった。星間国家であれば日常茶飯事的な法案であったのだが、この時はやや事情が違った。それはこの星、惑星「エイブ」がアーム王朝との国境地帯に位置しており、アーム王朝との争奪の対象になっている星だったからである。


 つまり、高い費用を費やして開発したはいいが、その瞬間アーム王朝に占領されようものなら、アーム王朝を利するために開発してやることになってしまいはしないかという懸念なのである。これは最もな懸念であるのだが、エイブの地下資源は非常に豊富で(であるからこそ争奪の対象になるわけだが)、これを開発すれば帝国を長く悩ませている資源不足を解消することが期待出来るのであった。


 議論は白熱した。賛成反対とも、非常に説得力がある意見を構築しており、どちらが有利とも言えなかった。民主主義国家ではこういう場合、往々にいて生産性が無く果ての無い議論のための議論になってしまいがちなのだが、ここは君主国家のアーム王朝だ。こういう時にこそ皇帝の一声が非常に重要な力を持つ。


 俺はエトナの横にぼんやり立っていた。エトナがそう命じたからである。後ろの随員席にいても、有能な官僚たちの邪魔になるだけだったろうから、これはこれで適材適所だとも言えた。


 エトナが呟いた。


「アル、どう思う?」


 俺に聞かれてもな。はっきり言って分からん。


「役に立たないわね」


「まぁね。ただ、アドバイスは出来るよ」


 エトナは説明を求めるように俺を見上げ、俺は腰をかがめて彼女の耳に口を寄せた。


 途端、エトナの柳眉が逆立った。


「…いやよ」


「チャンスだと思うけどね」


 エトナはそれからたっぷり20分は迷っていた。俺は知らん顔だ。


 しばらくして議論が途切れた。議長がエトナのほうを見る。


 エトナはなおも逡巡し、やがてに嫌そうに言った。


「太政大臣の意見は」


 元老院議場はその瞬間どよめきに包まれた。


 あの、太政大臣嫌いで名高い皇帝が、彼に意見を求めるなどこれまでありえないことであったからだ。議場の視線はケントス・ルクスに集中する。


 半ば禿げた白髪の老人。彼はこの年丁度70歳である。一見風采の上がらないこの男こそ、ロスアフィスト王朝を30年以上も支え続けてきた大政治家なのであった。彼自身驚きを隠せない様子でエトナの方、つまり俺のほうを見ていた。


 彼なら、エトナが送ったメッセージを正しく受け取ってくれるであろう。俺は彼の目を見ながら確信していた。彼の弱みはやはり、エトナの不仲である。この事は確実に彼の発言力低下を招いていた。彼は既に高齢で、しかも後継者となり得る政治家を未だに見出していなかった。彼の発言力の低下はライバルの勢力の伸張を許し、それは政界の混乱を招く。ルクスとしてはそれだけは避けたかった。戦時中、銃後を担う政界の混乱は戦争の敗北、つまり国家の滅亡を容易に招く。それを避けるために彼としても皇帝との関係改善を切実に望んでいるはずなのだ。


 驚き一色だったルクスの瞳に、やがて理解の色が加わった。彼は軽く頷いたようだった。


「陛下のお許しを得て意見を述べさせて頂きます」


 ルクスは立ち上がり、長年の政治家生活で鍛えられた朗々とした声でしゃべり始めた。彼の意見は開発賛成。要するに開発した後、敵に負けなければ良い、という論理だった。逆に開発しなければ帝国はその内、資源不足によって継戦能力を失うというのである。


 ルクスがエトナに一礼して腰を下ろすと、エトナは間を置かず言った。


「予も太政大臣の言を可とする」


 再び議場がどよめきに包まれた。彼女はこれまで太政大臣の意見には無条件で反対してきたものだったのだ。


 ルクスは、その瞬間老いた顔に感激の笑みを浮かべ、深々と一礼した。


 太政大臣の意見と皇帝の意見が揃えば、議論の行方は決まったようなものである。惑星エイブの開発計画は承認されることとなった。


 この法案の成立自体も、帝国の将来に大きな影響を与えるものだったが、それよりも太政大臣と皇帝との関係修復をロスアフィスト王朝政界に知らしめたという意味で、この日の元老院は銀河帝国史のターニングスポットになる。




 ルクス太政大臣はエトナの前に立っていた。王宮の一室。小さな窓が一つあるだけの、薄暗い部屋だ。エトナは椅子に座り、肘掛に肘をつきながら上目遣いでルクスのことを睨んでいた。俺はその様子を部屋の入り口近くに立って見ていた。


 ルクスは直立不動である。表情に緊張の色が濃い。


 エトナの決意が並々ならぬものであることを、ルクスはこの時点で悟っていた。理由はこの部屋だ。


 この部屋こそエトナの父、ドルトン帝が暗殺された部屋だったのである。エトナが座っているその椅子、正にその場所で、刺客に襲われたドルトン帝は息絶えたのだった。


 その場所で、その椅子に座り、ルクスを迎える。そのことの意味が分からないほどルクスは鈍感ではなく、更に彼はその意味を「正しく」理解していた。


 凡百の政治家なら、このような因縁ある場所に呼び出されれば、身の危険を感じることであろう。なにしろ、証明こそされていないがルクスはドルトン帝暗殺の首謀者だと見なされているのだ。その自分が暗殺の現場に、ドルトン帝の娘であるエトナに呼び出される。復讐の為、自分を討殺するために呼び出したのだと考えるのがむしろ当然であろう。


 しかし、ルクスは来た。俺は感銘を受けた。彼は、エトナの意図を正しく洞察したのだ。そして、その洞察が間違っていたならば素直に討たれる覚悟で、彼は粛然と皇帝の元に訪れたのである。流石に、天下に名高いケントス・ルクス。ロスアフィスト王朝、そしてエトナの今後のためには、彼のことをどうしても味方にしておかなければなるまい。


 エトナは睨んでいた。


 彼女はルクスのことを恨んでいた。もちろん父を殺されたからである。しかし、理由はそれだけではない。


 彼女は即位前。つまりドルトン帝暗殺以前にはルクスとの関係は悪くなかったのである。むしろ良かった。何しろルクスはドルトン帝即位以前から帝国の重臣であり、それはつまり皇帝一族と親密であることを意味した。ルクスは頻繁に王宮を訪れ、それこそ生まれた時からエトナに会っていた。


 エトナの祖父は皇帝であった。つまり、一般的な祖父ではなかったということである。そのためエトナはむしろ、ルクスのことを一般的な祖父のように感じ、懐いたものだったのだ。ルクスもエトナのことを可愛がり、その聡明さを愛していた。


 それがドルトン帝暗殺で暗転する。


 ドルトン帝をルクスは何度もいさめた。ドルトン帝は独断専行を好み、政界への根回しを嫌った。彼は改革者をもって自らを任じており、貴族たちを古い体制の守護者に過ぎないと軽蔑してさえいた。貴族たちのプライドは傷ついた。ドルトン帝が恐怖政治を行ったのだったら、貴族たちは畏怖の念を持ったのかもしれないのだが、彼はそれをしなかった。ただ無邪気なまでに貴族を無視しただけだったのだ。抑圧されるよりも無視されることの方が大きな反発を呼び起こし易い。ルクスはドルトン帝に、元老院を無視しないようにと懇願した。しかし自らの政治的才能と権力の絶対性を信じるドルトン帝はそれを聞き入れない。貴族たちは怒り、反発し、遂にはクーデターが計画されるまでになった。


 クーデターが内戦を引き起こせば、それは敵国アーム王朝にとって思いもかけない好機となるだろう。この期を逃さず、必ずや大規模な攻勢に出るに違いない。つまり、ロスアフィスト王朝の滅亡である。貴族たちを必死で抑えていたルクスであったが、遂に限界を悟る。ロスアフィスト王朝を救う方法は一つしかなかった・・・。


 エトナはその辺りの事情を完璧に理解していた。おそらく、俺が言ってやるまでもなかったであろう。しかし、彼女の激しい感情がその理解を納得に移行させることを拒んでいたのだった。


「あなたを許します」


 エトナは言った。


「全て許します。今後も予の事を助けなさい。いいですね」


 棒読みだな。それでも彼女にとっては精一杯のことであるのだろう。


 ルクスは緊張した面持ちのまま深々と礼をした。俺はほっとした。これでいい。これで帝国政界は一枚岩に戻った。ルクス太政大臣の元、強力な政府が出来上がる。それがなければ軍人は安心して戦争など出来ない。これでようやくロスアフィスト王朝はアーム王朝と本腰入れて戦える体制となったわけである。


 しかし、ルクスは顔を上げると意外なことを言った。


「先帝を弑し奉ったのは私です」


 あまりの言葉にエトナの表情が硬直した。


「先の戦いで、陛下の旗艦が損傷したのも私の手はずです」


 これには俺も驚愕した。なんとあの時の流れ弾まで彼の手によるものだったとは・・・。つまりは俺の運命までがこの男によって捻じ曲げられたということになる。


「全ては帝国のためを思えばこそであります」


 そしてルクスは再び頭を下げた。


 先帝暗殺と、皇帝暗殺未遂の告白である。しかも、先帝の娘にして暗殺未遂事件当事者の皇帝の前での。


 沈黙が部屋の中を重苦しく満たした。俺はエトナを見た。顔を真っ青にしつつ、下げたままのルクスの禿頭を睨んでいる。肘掛を握り潰すように握った手が、小刻みに震えていた。


 正念場だ。俺は思わず信じてもいない神に祈った。ここで彼女が叫んで衛兵を呼び、ルクスを逮捕させるようなことがあれば、全ては水泡に帰す。政界は大混乱となり、その隙を突いてアーム王朝は必ずや攻め込んでくるであろう。


 やはり、只者ではない。ルクスは明言を求めたのだ。皇帝弑逆を許す。エトナに対する暗殺未遂を許す。全てを不問に付す。暗黙の了解ではなく、明言を求める。そのことによって将来的な安全を要求したのであった。


 エトナが許すと言えば、彼女はいわばルクスの共犯となる。後々立場を翻し、ドルトン帝暗殺の罪を彼に問うことは出来なくなる。


 ルクスが求めたのは、要するに覚悟だった。エトナに、自分と本気で和解する気があるのかと、運命共同体となる気があるのかと問いかけたのだ。


 なんという、峻厳さであろうか。一見温和な老人に過ぎないこの男をして帝国政界主柱たらしめたのはこの峻厳さゆえかもしれない。


 エトナは追い詰められている。父の死、そして他ならぬ自分へのテロ行為を不問に付すなど、激しい彼女の性格からして非常に困難なことであったろう。しかし、長い、長い沈黙の果てにエトナは決然とルクスを直視し、言った。


「あなたを、許しましょう、ルクス」


 その瞬間、ケントス・ルクスは崩れ落ちるように額ずいた。震える声で、祈るように言う。


「我が皇帝陛下に絶対の忠誠を・・・」


 俺は不覚にも感動を覚えていた。おそらく顔を伏せたまま肩を震わせて泣いている太政大臣も同じ気持ちだったのではあるまいか。エトナ・ロスアフィストが、真なる意味で皇帝エトナ一世になったのは実にこの瞬間だったのかもしれない。




 銀河帝国(ロスアフィスト王朝)近衛艦隊は戦艦2000隻を中核とした総艦艇数1万5千隻という大艦隊である。


 まったく無茶苦茶だ。俺はいきなりこの艦隊の司令官に任命されたのである。


 俺はこの間まで駆逐艦の艦長だったのだ。その前は戦艦の副長。その俺が、艦隊を率いる。


 無理だ。俺はかなり頭を悩ませた末にさじを投げた。エトナの信頼は嬉しいし、艦隊を指揮して大会戦に望むなどは武人の本懐これに勝るものなしという感じだが、いかんせん知識不足、経験不足、そして能力不足は覆い隠しようが無い。大体がそんな俺を、部下になる艦隊の士官兵員たちが信頼してくれるはずが無い。


 なので俺は艦隊司令部の面々との最初の顔合わせであっさりと頭を下げた。


「俺は名目上の司令官です。全ては副司令に一任します」


 艦隊副司令はトマス・マクガバン少将という気鋭の士官だった。鉄錆色の髪を短く刈り込んだ精悍な顔つきの男だ。彼は拍子抜けしたような顔をした。


「どういう意味で?」


「だから、全て少将にお任せします。運営も、指揮も、思うようにやって下さい」


 ということで俺は当面、艦隊指揮権の全てを放擲した。


 もともと、近衛艦隊司令官というのは皇帝が兼務するのを常とした職である。しかし、軍事的才能を持った皇帝というのは極めて稀だ。なので近衛艦隊の実質的指揮はこれまでも副司令官が執ってきたものなのである。マクガバン少将はこれまでやってきたことをそのまま続ければ良いということになる。


 マクガバン少将はじめ艦隊司令部の面々は目に見えて呆れたようであったが、これはもう仕方が無いことである。ここで無理に指揮権を振りかざして無能をさらけ出すよりも、素直に自分の能力を認めてしまったほうが実害は少ないという判断だ。


 こうして俺は、表向きはお飾りの司令官として会議などの時はただ座っているだけの存在と化した。


 しかし、俺が何もしなかったということではない。俺は既にこっちの銀河帝国で、つまりはエトナのために微力を尽くして働いてやろうと決心していたのである。


 そのための基礎として、俺はまず自分の手足となる部下を探すことにした。何しろ宇宙艦隊というのは巨大な組織である。一人では何も出来ない。自分の意を汲んで、思い通りに動いてくれる、信頼出来る部下がぜひとも必要だった。


 しかし、これがそもそも容易ではない。何しろ俺には人脈が無かった。アーム王朝時代なら士官学校在学中の同期生が少なからずおり、その伝で枝を広げて人材を吟味することが可能だったが、こっちには知り合いすらいないのである。


 エトナに頼んで紹介してもらうという手も無いではなかったが、この時はその選択肢をとるわけには行かなかった。俺が欲しいのは、俺と戦友となってくれる存在なのである。皇帝の威に伏して渋々やってくるような連中にはそれは望めまい。


 とりあえず、人材情報を集めなければならなかった。俺は軍令部にその辺の知識が豊富な副官を送ってくれるように頼んだ。


 そうしてやってきたのがエルグレコ・オルカ中尉であった。


 黒髪をボブショートに刈った女性士官である。やたらと大きな黒い瞳をしているが、なんだかどこを見ているか分からないような茫洋とした印象を受ける。


「どうぞ、よろしゅう」


 と、訛りの強い口調でのんびり頭を下げた。おいおい、大丈夫かこいつ。


 しかし、彼女は役に立った。ぼんやりした外観を裏切って、彼女は抜群の記憶力の持ち主だったのである。ここに来る前は人事部にいたのであるが、その際のデーター整理を担当した時に帝国軍の左官以上全ての者の名前とプロフィールを覚えてしまったのだという。


 もっとも、付け加えれば、彼女はその記憶力以外はまったく外観を裏切らなかった。何しろお茶もろくに入れられないのだから。


 というわけで、俺はオルカ中尉の情報を元に、人材探しを始めたのであった。


 狙いは、能力はあるのに何らかの理由で出世が出来ない事情がある連中である。順風満帆に出世している奴は俺のような連中の誘いには乗りたがらないだろうと考えたのだ。


 俺はめぼしい連中を探り当てると、自ら出向いて面接し、良さそうな連中は勧誘してみた。


しかし、これがなかなかうまくいかない。面接して、明らかに能力が足りない連中は無論ダメだし、俺が気に入っても向こうがどこの馬の骨とも分からない俺の指揮に服するのを嫌がればそれまでだ。一月、様々なところへ出向いてみたのであるが、まったく成果無しに終わった。


 散々苦労している俺を見て、オルカ中尉はのんびりと言ったものだ。


「おやぶん、無理やで。普通にやったんでは」


 誰がおやぶんか。普通じゃダメって、何か案でもあるのか?


「無いことも無いなぁ」


 お前の案ではしこたま不安だが、今の俺はそんなものにも頼りたい気分だ。


 それでは、と話し始めたオルカ中尉の意見を聞いて、俺は正直考え込んだ。確かに良い考えではあるが・・・。


 俺はかなり迷ったが、結局その意見を採用して試みることにした。


 すると、程なくして望みの人材を集めることに成功したのであった。




 エトナはなんだか目を三角にしていた。


「・・・何、これ」


「・・・だから、今度新しく集めた俺の部下だよ」


「・・・なんで?」


 俺は溜息を一つ吐いて、5人の士官を紹介し始めた。


「エラン・ブロックン准将とコロー・ホリデー准将。俺の下で分艦隊を指揮してもらう」


 二人が踵を合わせて敬礼した。


「マイツ・アキナ大佐。参謀を務めてもらう」


「よろしく!」


「リンド・オフト中佐。同じく参謀」


「・・・」


「最後に、ナルレイン・カンバー准将。補給全般を統括してもらう」


「ハッ!」


 エトナは無言だった。謁見室の椅子に腰掛け、眉間に指を当てた姿勢で蹲っている。


「頭でも痛いのか?」


「あきれ果てているのよ!」


 やおら起き上がると肘掛をバンと叩く。


「あなた!一体どういうつもりでこんな連中を選んだの?」


 こんな連中とは失礼な。こんな連中でも皆30歳になっていないのにこの階級になっているのだ。特に3人の准将はかなり早い昇進のペースだと言って良い。つまり、相当有能であることが知れるわけである。ちなみに、俺はアーム王朝では27歳で少佐だった(アーム王朝とロスアフィスト王朝では学校制度が違い、士官学校卒業時の年齢が22歳と20歳で異なるので比較は出来ないと一応言っておく)。


「そんなことを言ってるんじゃないのよ!」


「じゃぁ、何が言いたいんだよ」


 エトナは遂に立ち上がり、腕を振り回しながら叫んだ。


「なんで全員が女なのよ!」


 ・・・そうなのだ。


 オルカ中尉の提案というのは「有能な女性士官なら、疎まれてあぶれとる連中がおるはずや」というものだったのである。


 軍隊というのは、どうしても男性社会だ。地球暦の昔から女性も軍隊に入るようになり、今や女性士官も珍しくはなくなったが、それでもやはり軍隊は男性優位の世界なのだ。有体に言って、女性は出世が難しいのである。


 特に昇進が早かったような女性士官はなんやかやと理由を付けられて閑職に回される例が多いのはアーム王朝もロスアフィスト王朝も変わらないらしい。つまり、今回集めてきた5人はそういう連中なのである。


 と、いうようなことを俺はエトナに説明した。


「ふん!」


 なんだよ。


「それじゃぁ、全員が若いのは偶然?」


 ・・・いや、偶然じゃない。いやいや、早まるな。やましい意味があるわけじゃない。


 俺としては将来的なことも考えて、出来るだけ若い面々を揃えたかったのである。この5人はこの先俺の部下連中の中核になる予定なのだ。年が近い方が意識の疎通もし易かろう。


「ふ~ん、女の子と意思の疎通をねぇ~」


「いったい何が言いたいんだ!」


「何でも無いわよ!」


「あの~」


 俺の後ろで成り行きを見守っていたオルカ中尉がのんびりと声を掛けた。


「もう、うちら帰ってもええかなぁ?」




「いや~!皇帝とタメ口きけるご関係とはねぇ~、やるじゃん!この色男!」


 エラン・ブロックン准将はそう言って俺の肩を思い切り叩いた。


 居酒屋である。つまりは、集めた6人と親睦を深めるために飲み会などをしている訳である。


 エトナが見たらそれはもう大変な事になったであろうが、彼女ははるか離れた王宮だ。そもそも、新たに部下にした連中、しかも自分の腹心にしようという連中と親睦を深めるのに酒盛り以上に役立つものがあろうか。いや無い。例え全員が男であっても俺は飲み会を企画したであろう。だからもちろんやましいところなど無い。


 ブロックン准将はジョッキを高々と煽ると気持ち良さそうに息を吐いた。


 彼女は、帝国軍内部で最も若い将官の一人である。僅かに26歳でしかない。赤い髪をかなりショートにしていることといい、浅黒いほど日焼けしている肌といい、典型的な軍人顔で、端正な顔つきだが頬に向こう傷がある。


 彼女の向かいで無言で座っているのはリンド・オフト中佐。時折手を伸ばして何か喰っているようだが酒は飲まないらしい。それ、自分で切ってるんじゃないか?と思えるようなぼさぼさの髪型といい、灰色の瞳に表情らしいものはさっぱり読み取れないことといい、いまいちつかみ所の無い女である。こう見えても23歳で中佐になっているのだから、必要があれば口はきくのであろう。


「それにしても、中将ってすごいんですね。陛下とノンアポで会えるんですから」


「そやでぇ、おやぶんはすごいんや。馬鹿にしたらあかん」


 お前に言われると馬鹿にされているような気がするのは何故だろう。そのオルカ中尉と話しているのがマイツ・アキナ大佐である。27歳だが、丸顔のせいかサイドテールに結った髪のせいか10歳ほど若く見える。


 その向こうでやや緊張気味に杯を傾けているのはコロー・ホリデー准将。この中では最年長の29歳。赤み掛かった茶色の長髪を後ろで結い上げるという優雅な髪型をした美人である。


 その向かいにナルレイン・カンバー准将。28歳。銀髪を腰まで伸ばした、少し釣り目気味のこれまた美人で、普段は大変真面目で理知的な女性なのであるが・・・。


「あはははははは」


 酒に弱いらしく完全に出来上がってしまっていた。お目目ぐるぐる状態でさっきから会話すら成り立たない状態だ。


 と、まぁ、俺が集めた連中はこんな面々である。いや、こんな連中だが、しかも全員妙齢の美女ばかりだが、士官学校のデータ、実戦での実績共に申し分ない、本当に大変優秀な軍人たちなのである。いったい誰に力説しているんだ俺は。


「しかしおやぶんよう!」


 これもかなり酔っ払っているブロックン准将が俺の首に腕を絡ませながら言った。


「あんた、近衛艦隊の司令官だろ?あたしたちも近衛艦隊所属になるのかい?」


「一応はそうなる」


「一応ってなんだよ」


「当面は名前だけの所属で、艦隊には配属しない。その内、近衛艦隊内部の分艦隊の名目で俺の艦隊を作る予定だ。貴官たちはそこに配属する」


 まじめな話になったらホリデー准将が身を乗り出してきた。彼女はどうも居酒屋の雑然とした雰囲気が嫌いらしい。


「何故ですか?中将は近衛艦隊の司令官なのですから、近衛艦隊そのものを指揮すればいいのではありませんか?」


 理由はいくつかある。


 まず、近衛艦隊は銀河帝国軍のエリート部隊であり、そこに彼女たちを割り込ませる余地など無いということである。俺はいきなり司令長官になったわけだが、これは新しいポストをエトナが勝手に新設して俺をはめ込んだからこそ可能だったのである。これが例えば副司令に任命されたのだったらどうであろうか。これはおそらく、大変な反発と混乱を招いただろう。副司令以下、高級士官のポストを全て見直さなければならなくなるからである。つまり近衛艦隊では序列がきっちり決まっており、上が抜けたら下が繰り上がることまで決まっているのだ。そんな中に無理やり彼女たちを押し込んだなら、やはり無用な混乱を招くだろう。


 もう一つは、やはり俺には近衛艦隊全てを指揮するというのは荷が勝ちすぎるということである。前にも述べたが、とても無理だ。今のままでは。艦隊指揮の練習という意味で、もう少し小さな艦隊を指揮して経験と実績を重ねなければならないだろう。


 あと一つある。その俺の艦隊で彼女たちの本当の能力を計るという意味もある。彼女たちが見込み違いであったなら、将来的な人事設計を考え直さなければなるまい。もっとも、これには俺の方こそ彼女たちに吟味されるという側面もあるわけだが。


「なるほど、分かりました。そういうことなら一生懸命に勤めさせていただきます」


「勤めるって?何を?夜伽をかぁ?」


「エラン!あなたはどうしてそう下品なのですか!」


「コロちゃんこそ何気取ってんだぁ。のめ~、のめ~」


 揉み合うブロックン准将とホリデー准将の横でオフト中佐は相変わらず無表情に座ったままだ。


「すごいわよねぇ、私たち、皇帝陛下の愛人に抜擢されたのよ!頑張らなきゃ!」


 おい、ちょっと待てアキナ大佐。その童顔でなに過激なこと言ってんだ。人聞きの悪いことを大きな声で言うんじゃない。なんとなく意味を取り違えると大変なことになるし、大体俺はエトナの愛人じゃないぞ。


「そやで!がんばらなあかん。がんばらな。がんばらな」


 お前はもっとハキハキしゃべれオルカ中尉。


「あははははははは・・・」


 そろそろカンバー准将はどうにかした方が良さそうだ・・・。


 それにしても、俺はこっそり頭を振った。


様々な意味で不安だ。不安すぎる。




 それから数ヶ月後、俺はとりあえず編成なった「俺の艦隊」を率いて辺境星域へと向かっていた。


 近衛艦隊の中に俺直属の分艦隊を新設するのは簡単だった。そもそも帝国軍には近衛艦隊を含めてナンバリングされた艦隊が8つあるが、各々の編成艦艇数が決まっている訳ではないのである。それでも近衛艦隊は伝統的な編成を維持してきたという理由でマクガバン少将は渋い顔をしたものだが、どうにか納得してもらった。


 戦闘艦艇数は600隻。それと補給艦艇である。これらは近衛艦隊司令官代理の名前を最大限に活用して調達した。戦闘艦艇は200隻ごとに3つに分け、俺の本隊とブロックン、ホリデー両准将に振り分ける。こうして、帝国艦隊の中にささやかな「俺の艦隊」が出来上がったわけである。


 名目上は近衛艦隊の742偵察分艦隊であったが、事実上この艦隊は俺の私兵と言っても良かった。実は、このような私兵的な分艦隊はアーム王朝、ロスアフィスト王朝共に幾つも例がある。例えば太政大臣ルクスも俺の艦隊よりもはるかに大きな規模の艦隊を私兵化して、護衛や領地の防衛に当てている。実際、俺の艦隊を編成したことに対して軍内部から問責するような意見はほとんど聞かれなかった。


 こうして出来上がった俺の艦隊に初陣を飾らせるべく、俺は海賊討伐を行うことにした。


 宇宙海賊は慢性的な問題で、規模さえ問わなければいつでもどこにでもいた。特にこの頃の辺境星域には軍隊崩れのかなり大規模な海賊集団が出没していたのである。諜報部の調査によるとその規模は1000隻くらい。手ごろな相手だと思えた。


 俺は軍令部に海賊討伐計画を提出し、承認された。そして、俺の艦隊全艦を率いて首都星レオンを進発したのである。


 アーム王朝もそうだが、こっちの銀河帝国も実は「銀河帝国」と呼べるほどの領域を有さない。


 二つの銀河帝国を合わせても、この銀河系全体の3分の1くらいにしかならないのである。それでも両帝国の端から端までは、最新鋭の宇宙戦艦を使っても丸一年掛かるだろう。銀河帝国だなどとご大層な名前を付けてはいるが、小さな人類のレベルは未だにそんなもんなのである。


 しかも、人類が居住可能な星というのは宇宙レベルで見れば大変少なく、更に言えば人類の科学レベルで航行が可能な宇宙空間というのも少数派に属した。ワープというものは、ある一定密度以上の物質が存在する場所を目標座標には設定出来ない(例えば空気中とか)。強い重力や電磁波の影響を受ける場所もダメだ。もちろん、空間座標の設定は必須である。つまり、あらかじめ調べられた、ワープに適する場所にしかワープを行うことは出来ないのである。


 この結果、人類の居住範囲は点在するワープエリアの周囲に限定されることになる。このワープエリアを増やすには通常航行で宇宙を探索するしかなく、これが大変困難であることは言うまでも無い。


 辺境星域とは、このワープエリアの密度が低い宙域を意味した。例えば首都星レオンの周囲50光年以内には無数のワープエリアが存在するのだが、俺たちが向かったオルリア星系には帝国認定のワープエリアは2つしかなかった。ワープエリアが少なければ航路は限定され、海賊も待ち伏せが容易になるわけだ。海賊が概ね辺境星域に多く出没するのはそういう理由による。


 オルリア星系にワープアウトした時、落伍艦はごく僅かだった。俺はかなり満足した。新たに編成したばかりで、しかも新兵も多く混じっている艦隊で、非常に順調な航海がこなせたからである。航海計画を立てたのはアキナ、オフトの両参謀で、これは彼女たちの手腕が確かであることの証明と言えるであろう。


 落伍艦を待ち、陣形を再編している最中だった。


「二時方向に正体不明の光点を見ゆ!」


 周囲を警戒中の策敵部隊から連絡が入った。


「やはりここで待ち伏せていたか・・・」


 このワープエリアは海賊どもが頻繁に出没している宙域にごく近かった。もとより、俺はここで海賊たちが待ち伏せていると予想してここにやってきたのである。


 海賊が正規軍を襲うことは珍しいことではない。海賊にも色々いて、いわゆるくい詰め者が寄り集まった文字通りの無頼の群れから、悪徳商人や貴族の肝いりで設立された私掠船、戦争マニアの退役軍人などがいた。中でもたちが悪いのが、アーム王朝諜報機関の息が掛かった連中である。


 アーム王朝は恒常的にロスアフィスト王朝領内へ諜報工作員を送り込み続けており、こいつらはしばしば海賊どもを煽り、武器弾薬を密輸して支援していた。アーム王朝に支援された海賊どもはなにしろ比較的新しい艦や武器を豊富に装備しているのだから始末に悪い。辺境警備部隊では歯が立たない場合も少なくなかったのである。


 この宙域に出没している海賊も、どうもそのような連中であるようだった。実は一月前に討伐に向かった小艦隊が大損害を被って敗北しているのである。なかなか容易ならざる敵であるようなのであった。


 こんな連中が辺境を暗躍していたのでは、帝国としては安心して敵帝国と戦えない(アーム王朝はそれが目的で海賊を煽っているわけなのだが)。アーム王朝と本格的に事を構える前に後顧の憂いを無くしておきたい。俺が海賊退治に乗り出したのにはそういう理由もあるのだった。


 そのために、俺は多少小細工も弄した。


 まず、分艦隊、つまり討伐艦隊の編成艦数をわざと少なくした。情報で得た海賊艦の数よりも少ない編成にしたのである。あまり多くの討伐艦隊が現われたのでは、海賊は逃げ隠れてしまう可能性があると考えたのである。


 そして、討伐艦隊は数も少なく、兵は新兵、指揮官は女ばかりで、挙句に司令官はどこの馬の骨とも分からない男だ、というようなことを噂で流させた(具体的にはゴシップ三流紙にリークして記事にさせた)。全て海賊が我々を侮ってかかるようにする為である。


 帝国認定のワープエリアに堂々と海賊が姿を現した事自体、俺の小細工が功を奏した証拠だと言えた。


 後は、こいつらを叩き潰すだけだ。それは俺と、部下たちの才幹次第ということになろうが。


 しかし、次の報告は俺の予想外のものであった。


「正体不明の艦隊を捕捉。方向は2時。距離は約2100光秒。艦数は推定2000隻」


 オフト中佐があまりに冷静に報告したせいで思わず聞き流しそうになった。


「2000隻?」


「はい」


 リンド・オフトはザンバラの髪を揺らして頷いた。


 おいおい。ちょっと待て。諜報部の情報では1000隻って話だったぞ?話が違うじゃないか。


「理由は幾つか考えられます。閣下が報告書を読み間違えた、諜報部が報告書を書き間違えた、諜報部が間違った情報を入手した、海賊が急激に数を増やした、策敵部隊が間違っている、策敵部隊が集団催眠に掛かっている・・・」


 もういい。俺はオフト中佐を黙らせた。彼女は特に不満もなさそうに口を閉じる。


 分かった。ここで重要なのは事実だけだ。敵が、1000隻だと思ったら実はその倍であったという事実。つまり、我が方600隻の三倍以上ということになるな。


 俺は思わず天を仰いだ。しまった。敵を侮ったかもしれない。諜報部の情報で得られた敵の数よりも少ない艦隊を編成したのは、それでも十分勝てるからだと考えたからだった。しかし、このような事態は想定外だった。俺の未熟さが暴露されてしまったと言っても良いかもしれない。


 その内、敵艦隊の光点がモニター越しに目視できるまでに接近した。


 大艦隊である。2000隻ともなれば宇宙全体を光が埋め尽くすような圧倒的な迫力がある。


 オルカ中尉は見るからにびびって、全身を震わせている。


「お、おやぶん、どうする?どうするんや?逃げるのか?」


 こいつ本当に軍人か?まぁ、この場合それも責められまい。3倍の敵と正面から戦えば負けるというのは、軍事学上の常識以前の問題だろう。


 マイツ・アキナ大佐の状態も似たようなものだった。オフト中佐にしがみついて歯の根が合わないほど震えている。オフト中佐は特に変化なし。


 その内、詳細な策敵情報が得られ、その結果が三次元ホログラムスクリーンに投影された。


 浮かび上がったのは巨大な敵艦隊と、それに比べればあまりにささやかな我が艦隊だった。


 敵艦隊は両翼に陣形を伸ばしてわが艦隊を包囲する構えだった。それはあたかも、巨大な幕が我が艦隊を包み込みが如く表示されている。これを見てオルカ中尉とアキナ中佐はいよいよ震え上がった。


「に、逃げた方がええ。そのほうがええて!」


「えっと、撤退は軍人の不名誉に非ず。あえて一時の汚名を甘受してもですね、提督?聞いてます?」


 聞いていなかった。俺はホログラムスクリーンに穴が開くほど注視し、そして考えた。


「・・・よし」


 俺は決断した。


「ブロックン、ホリデー両准将に連絡」


 すぐに二人の顔が指揮卓のスクリーンに浮かび上がった。二人とも目に見えて緊張している。


「全艦隊に密集隊形をとらせてくれ」


『ハ!』


 二人は敬礼したが、すぐに動こうとはしなかった。俺は続けた。


「これより全艦隊突撃して、敵陣の中央を突破する」


 二人の准将は驚愕を隠そうとしなかった。しかし、その後の反応は正反対だったが。


『いよぉおおおし!』


 エラン・ブロックン准将は雄たけびを上げた。


『男だな提督!それでこそ我が親分!』


 瞳が爛々と輝いている。


『ちょっと待ってください!』


 ホリデー准将の方は思わずカメラに顔を近づけている。モニターに大アップになった口が叫んだ。


『三倍の敵に突っ込もうというのですか?自殺行為ではありませんか!』


 もっともな疑問だ。アキナ中佐とオルカ中尉も大きく頷いている。


『それが軍人の花道ってもんじゃねぇか!』


『あんたは黙ってなさい!勇敢と無謀は違うんです!』


 俺は軽く手を上げて二人を宥めた。


「大丈夫だ。勝算はちゃんとある」


 俺は説明した。


「まず、敵の陣形を見ろ。意外に厚みが無いだろう」


 これは敵があまりにも性急に我が軍を包囲しようと艦列を伸ばし過ぎているせいである。俺たちが逃げることを疑っておらず、逃がさないようにと焦っているのだろう。相対的な艦数差からすれば、敵がそう考えるのも無理は無い。


 その性急な艦隊の動きからも敵艦隊の様々な情報が読み取れる。


「左右両翼の艦隊運用に明白な差異が見られる。これはおそらく指揮官が違うからだ」


 しかも、左右の連携がなってない。てんでバラバラに好き勝手に動いている。


 そして、移動速度がかなり遅い。これは錬度が低いのか、艦が旧式なのか、たぶん両方だろう。


「要するに、数は多いが烏合の衆だ。恐れるに足りん」


 俺はあえて断言した。


 俺の分析を聞いて、ホリデー准将の目の色が変わった。


『了解しました!』


『現金な女』


 ブロックン准将の皮肉も意に介さない。


『何しているんです!全艦隊突撃陣形!あなたも麾下の艦隊に早く命令なさい!グズグズしていると好機を逃がしてしまいます!』


『分かってるよ!』


 二人のやり取りを聞きながら俺は立ち上がった。


「よし!全艦隊、陣形再編を命ず。ホリデー准将を先陣に突撃隊形。全砲門、近距離砲戦用意!」


「?近距離ですか?」


「そうだ。一気に敵の懐に切り込むぞ」


 アキナ大佐は納得したように頷き、インカムで指令を発し始めた。


 さて、俺はこっそり呼吸を整えた。


 正念場だな。俺は、自らの敵状分析が正しいという確信は持っていた。しかし、これからやろうとしている戦術で絶対勝てるという確信は持っていなかったのである。


 確信が持てなかった最大の要因は、自軍がまだ編成したばかりで、演習すらろくにこなした事が無いということにあった。果たして、俺の思う通りに動いてくれるだろうか。


 そして、ブロックン准将とホリデー准将の指揮能力。彼女達の能力が期待した程で無かったなら、勝つことは出来ない。敵にいくら多くの欠点があろうと、何しろその数は三倍以上なのだ。


 もう少し楽な敵とで腕試しがしたかったが、まぁ、今更言っても始まらない。


 ここで敗れれば、命が残っても、軍人としては終わりだ。何しろ、無理を通して艦隊を組織し、自ら望んで海賊討伐にやってきたのである。敗れればそれは即ち俺が軍人として無能だと証明してしまうことになるだろう。それは、この先ロスアフィスト王朝軍内部で俺が何も出来なくなることを意味する。いくらエトナが贔屓してくれてもダメだろう。


 逆に三倍の敵に打ち勝てば、エトナの気まぐれで与えられた中将の位に、多少は相応しい能力があると証明出来る訳である。それは確実に軍内部での発言力の強化に繋がる筈だ。


 賽の目がどちらに出るか・・・。


「陣形再編終了」


 淡々と告げるオフト中佐の声に俺は頷いた。


「よし・・・」


 右手を上げる。


「全艦隊、突撃!」


「いてこましたれ~!」


 オルカ中尉が間の抜けた声で叫んだ。




 敵艦隊は驚愕した筈である。


 海賊というのは、基本的に弱いものいじめを身上とする。彼らにとって海賊行為は徹底して商売であり、それは必ず利益を伴わなければならない。つまり、自分の損害が出来るだけ少なく、利益が多そうな獲物を狙うのである。敵は弱ければ弱いほど良いのだ。


 敵が強ければ逃げる。強ければ戦う。彼らは常にそういう視点で戦っている。そして、彼らの目から見て、我が艦隊は確実に海賊連合艦隊よりも弱く見えた。勝てそうな相手であるからこそ海賊たちは戦うことを決心したのである。


 彼らの基準から考えると、弱い方である我が軍は逃げなければならない。なにしろ、三倍の敵が相手なのである。自分たちが逆の立場であれば必ず逃げる。我が艦隊もそう考えるに違いない。そう信じて疑わず、弱い獲物である筈の我が艦隊を逃がさないように、先を争って逃げ道を塞ぐべく、我が艦隊の後背に回り込もうとしていた。


 ところが、我が艦隊は逃げるどころか断固とした態度で前進を、しかも急進を始めたのである。


「突撃~!いけ~!」


 普段の大人しい仮面をかなぐり捨てて叫ぶのはコロー・ホリデー准将である。彼女はもともと猛将タイプなのである。なにしろ29歳で将官になっているくらいなのだ。


 我が艦隊の先陣を勤めたホリデー部隊はダイナミックな動きで陣形を収斂させつつ、海賊艦隊へと突入して行く。


「コロなんかに遅れをとるな!前進!」


 エラン・ブロックン准将もその躍動的な外観を裏切らない、勇猛果敢な将軍だ。


 この二人の女性将軍が先を争って前進する様は、後方から見ていても凄まじい迫力であった。矢面に立たされた海賊艦隊こそ災難である。


 海賊艦隊、特に我が艦隊の正面に位置する部隊は、我が艦隊を追撃するために各砲に長距離砲戦用弾薬を込めていた。しかし、我が軍は自らは弾も撃たずに突撃して来る。泡を食った海賊艦隊は急いで近距離砲戦に切り替えようとしたが・・・、既に遅い。


 速度を落とすこともせず、ホリデー准将指揮する先方部隊が海賊艦隊に襲い掛かった。


「撃て!」


 十分に距離を詰めてから、我が艦隊は一斉に砲門を開いた。


 空間に閃光が炸裂する。ホリデー准将はかなり離れた位置から、各艦がどの敵をどの距離から砲撃するかを精密に指示していたのである。つまり、この第一射撃は狙い済ました一撃であったのだ。


 その効果は絶大であった。海賊艦隊の内、正面から攻撃を受けた艦は瞬時に轟沈。宇宙空間に咲く光の花と化す。


 ホリデー准将は自分の役目を良く弁えていた。


「前進!正面の敵に攻撃を集中せよ!速力を落とすな!」


 我が艦隊の勝機は、敵艦隊の中央を突破して敵の背後を陥れることによって始めて生ずる。その鍵は、偏に彼女麾下の艦隊が突進力を維持できるかどうかに掛かっていた。


 逃げる敵には構わず、兎に角前進、突撃する。


 ホリデー准将の後背をブロックン准将が守る。彼女は更に敵の傷口を広げつつ、俺が指揮する本隊を迎え入れる。この微妙で困難な役目を難なく果たすところは、流石は帝国軍最年少の将官の一人であった。


 そして遂にホリデー准将は敵の艦列を突破した。


 そのまま速度を落とさずに、海賊艦隊の左翼後方に回り込む。左翼艦隊は右翼艦隊に比べて動きが鈍かった部隊である。


 我が艦隊は陣形を横一線に再編して、敵の左翼を半包囲した。この指示はアキナ大佐が出した。彼女は艦隊運用に非常に長けている。どの艦を前に出し、後ろに下げれば陣形がどのようにどのくらいの時間で変化させられるかが肌で分かるようなのである。この才能からして彼女は参謀よりもむしろ提督向きだと思えた。


 海賊艦隊の左翼を壊滅させるまで2時間と掛からなかった。艦隊の砲撃管制はオフト中佐が担当したのだが、顔色一つ替えずに彼女が出す指示はまったく的確であった。


 この時点で撃沈、大破、逃亡した敵の艦艇は1000隻以上に上った。しかし、まだ油断は出来ない。未だ敵の数の方が自軍より多いのである。しかも我が艦隊は戦いっぱなしである。俺はホリデー、ブロックンの両准将をスクリーンに呼び出した。


『このまま正面からぶち当たりましょう!』


 血走った目で髪を振り乱しながらホリデー准将が叫ぶ。どうも人格が変わっているな。


『そうよ!あんな敵、問題じゃないわ!』


 ブロックン准将も右こぶしで宙を殴りつける。大分、興奮しているな。俺は少しの間考え、決断する。


「二人とも本隊の左右後方に下がれ。本隊が前衛を勤める」


『ええ!』


『ずるいぞ親分!手柄を横取りする気か!』


 馬鹿なこと言うな。別におまえたちに楽させようって言うんじゃない。


「俺が正面から敵を引き受けている間に、お前らは左右から前進して敵の後ろに回りこめ。包囲して完全殲滅するぞ!」


『おお!それ、あたし好み!』


『了解!エラン!しっかりやんなさいよ!』


『あんたこそね、コロちゃん!』


 アキナ大佐が首を傾げた。


「両准将が正面を担当し、本隊が迂回攻撃を掛けても良かったのではありませんか?」


 あの二人はどう考えても攻撃向きだろう。それに比べて俺やアキナ大佐はどちらかといえば防衛向きだ。


「そうですかぁ?」


 サイドテールを揺らしてマイツ・アキナ大佐は不満げに首を傾げた。軍人なら誰でも、堅実だといわれるよりも勇猛であると言われたい。少女のような童顔の彼女でもそうであるらしい。俺は苦笑した。


 正面から敵艦隊が迫ってくる。半数の味方がやられてもなお戦意を失わないのは、もともとやられたのが連合を組んだだけの別系統の海賊だったからであろう。その指揮系統の分裂が奇襲成功に繋がった。この残りの敵の方が統一された意思を持っているだけに手ごわい可能性がある。


 しかし、部下たちの手腕を目の当たりにした俺は既に勝利を疑ってはいなかった。


「アキナ大佐、艦隊運用は任す。オフト中佐、各艦に攻撃指示をせよ」


 二人は踵を合わせて敬礼する。


「前進!」




 こうして、我が艦隊の初陣は大勝利に終わった。


 撃沈、大破させた海賊艦は1500隻に及んだ。我が艦隊の被害が50隻に届かなかったことを考えれば戦史的大勝利だと言っても良いだろう。この勝利によって辺境方面に跋扈していた海賊は壊滅したのである。


 海賊の根拠地を数箇所掃討した後、我が艦隊は首都星レオンに凱旋した。


 首都では想像以上の大騒ぎになっていた。


「アルマージュ・ランドー提督、三倍の敵を覆滅す!」


 新聞、TVは連日連夜特集記事を組み、俺と俺の部下、特にホリデー、ブロックン准将を英雄扱いしていたのだった。これはどうも、出発前にマスコミにネガティブな情報をリークしていたことの副作用であるらしい。ヘナチョコ艦隊を率いて、辺境の悪名高き海賊をやっつけた。すごい名将、というわけだ。実際にはもちろん、正規軍で新鋭艦を揃えた我が艦隊はけしてヘナチョコでは無かった訳だが。


 もちろん、我々の戦果は称えられてしかるべきではあった。軍令部は帰還した我が艦隊の一平卒に至るまでに、すぐさま勲章を授けた。


 ブロックン、ホリデーの二人は少将に昇進。アキナ大佐は准将へ。オフト中佐は大佐になった。ついでに言えば戦闘中にはまるで役に立たなかったオルカ中尉も大尉に昇進した。補給担当のカンバー准将は今回あまり出番が無く、彼女だけは昇進しなかった。更に言えば、俺も今回昇進しない。


 帝国軍は震撼したのである。皇帝陛下の気まぐれでわけの分からん昇進をした名前だけの中将である俺が、かくも見事な手腕を発揮したことに。そして、俺が引き抜いた女性准将が手柄を立てて少将に出世したことに。この時まで俺は「皇帝エトナが飼っている亡命者」でしかなかった。軍内部では無視された存在だったのである。それが、この時を境に変わる。皇帝のお気に入りでしかも実力のある、更に優秀な部下さえ手に入れた中将。俺は一気に帝国軍の重鎮に成り上がることとなったのである。




 エトナは実に不機嫌だった。


「・・・お帰り」


 なんだ、その投げやりな態度は・・・。


「楽しかったことでしょ~ね」


「どういう意味だよ」


「美しいおねぇさまに囲まれて、さぞ鼻の下を伸ばしてきたことでしょうよ」


 おいおい、戦をなんだと思ってやがる。この女王様は。


 そもそも、エトナは俺が海賊討伐に出陣する際、自分も同行するとごねて俺とルクス太政大臣を散々困らせたのである。


「あたしだけ除け者にして・・・。ふ~んだ」


 勘弁してくれよ。別にそういう意味で楽しかったことは無かったよ。


「いいのよ、アルなんか、アルなんか・・・」


 俺は溜息を吐いた。たまにはリップサービスも必要だろう。


「むしろエトナがいなくてさびしかったよ」


 エトナは途端に機嫌を直した。


「ほんと?本当に?」


「ああ」


 彼女は飛び上がって俺に抱きついた。おいおい。


 実は、俺の後ろには俺の部下たち、ホリデー少将、ブロックン少将、カンバー准将、アキナ准将、オフト大佐、オルカ大尉が並んでいたのである。彼女たちがこそこそしゃべっているのが聞こえる。


「やっぱり愛人や」


「でも、陛下ってまだ若いわよね」


「ていうか、子供じゃない?」


「ロリコンって奴か・・・」


「・・・」


「うちの司令って変態なの?」


 おい!誰が変態か!俺は叫びたかったがご機嫌で俺の手を取って踊っているエトナの機嫌を損ねてはならないので自重した。


 エトナはひとしきり踊ると満足したのか、侍従から一枚の紙を受け取るとすらすらと読み上げた。


「・・・以上の功績によって、アルマージュ・ランドーに騎士の称号を授与します」


 帝国騎士は貴族の称号である。つまり今回、俺は軍内部の序列の問題で昇進しない代わりに貴族に列せられることとなったのである。


 なんと・・・、俺が貴族とはね・・・。貴族になれば国家から年金が支給されることを初めとした様々な特権が約束される。同時にそれは、貴族たちの勢力争いの渦中に否応無く巻き込まれることを意味するはずだった。


 つまり、面倒ごとが増えるのである。俺は少なからずげんなりしたが、エトナの方はこの事が大変素晴らしいことだと信じて疑わないようだった。


エトナは顔を上げて眩しい様な笑顔を見せた。


「おめでとう、アル!これであなたはあたしと結婚できるのよ!」


 とんでもないことを言ったぞ今。なんだそれは。


「だって、皇帝と結婚するには貴族でなければならないのよ!」


 俺の後ろでまたしてもひそひそ話し。


「確定や」


「やっぱり、ロリ・・・」


「残念だわ~、いい男なのに」


「ま、セクハラ上司よりは・・・」


「・・・」


「どうかしら、女ならだれでもいいのかもよ」


「・・・お前らなぁ!」


 俺は遂に我慢出来なくなって後ろを振り向き、叫んだ。






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