【08】怪物の正体


「あああァ……ミレアぁああ……」

 すべてを思い出したぼくは頭を抱え呻き散らす。

 そうだ。

 彼女はあの陰気な沼地の畔で不気味な男ブギーマンに酷い仕打ちを受けて殺された。

 ぼくは姫君を守る騎士になれなかったのだ……。

「ごめん、ごめんなさい……ミレア」

 金砂のごとき髪。

 青く粒羅な瞳。

 焼きたての陶器のような艶やかな肌。

「守れなかった……ぼくは守れなかったんだ……」

 ぼくは歯噛みしながら嗚咽した。

 すると、病室の扉の向こうから声が聞こえる。

「面会人です」

 またあの赤毛のエルフだろうか。

 兎も角、誰でもいいから思い出した事を吐きだしてしまいたかった。

 彼女を守れなかった事を誰かに懺悔したかった。

 病室の扉が開いた。

 すると、姿を現したのは陰気な顔の司祭と、あの赤毛のエルフ……そして、不気味な赤い眼をした黒髭のドワーフだった。

 二人はベッドの脇までやって来る。

 そして、司祭が退室するのを見計らってドワーフが口を開いた。

「お初にお目にかかる。おれはルーミス。こいつの相方だ」

 といって、アメリアの事をぶっきらぼうに親指で差す。

 あのゴブリン退治で何があったのか、すべてを思い出した……そう言おうと口を開き掛けたときだった。

 アメリアが先に言葉を発する。

「彼女が見つかりました」

「本当ですか?」

 ぼくは目を見開き問い返す。ほんの少しだけ、万にひとつの奇跡を頭に思い描いた。

 あの記憶は、ぼくの悪夢か何かで現実の事ではなく、ミレアは、まだ生きているという可能性だ。

 しかし、それは次の彼女の言葉で儚くも崩れ去った。

「彼女の遺体は、地下墓地の隣の沼地に沈んでいました」

「ああああ……ミレアぁあああああ」

 わかっていた事だったけど、改めて他人の口からその事実を告げられた瞬間、ぼくはオイオイと滂沱ほうだの涙を流した。

 すると、アメリアが淡々と凍えるような冷たさで、その言葉を口にした。

「それで、この前も、疑問に思ったのですが……」

「何が……ですか?!」

 ぼくは泣きながら問い返した。

 すると、アメリアは言った。


?」


「は……?」

 時が止まった。

 ぼくの頭蓋骨の内側で何かが蠢いた。

「な……何を言っているんですか?」

 何かの冗談だろうか。

 しかしその表情は、真剣そのものだった。

 ぼくはもう一度、確認する。

「今、彼女が沼の底から見つかったと、あなた言いましたよね?」

「ええ」

 アメリアはどこか悲しげな表情でルーミスと顔を見合わせ頷く。

「……あたしが、沼地から見つかったと言ったのは、行方不明になっていたフィオナさんの事です」

「フィ……オナ……誰……?」

 頭の中で何かがガサガサと蠢く。

「“さんですよ」

「何を……何を言っているんだ……」

 世界に亀裂が走る音が聞こえたような気がした。

「金獅子遊撃隊の人は、前月の始めギルドからクエストを請け負い、グレイヴ村から地下墓地へと向かったきり帰ってきませんでした」

「四……人」

 ああ、そうだ。

 ぼくは、まだすべてを思い出していなかったんだ。

「……で、おれらがそのクエストの後始末を請け負った」

 ルーミスが話を引き継ぐ。

「それで、その地下墓地へと向かうと三体の顔のわからないの死体が見つかった。全員、大鼠ジャイアントラットにやられていてな。そこに、河原で発見されたお前さん……そして、まだ見つかっていなかった女ひとりを加えると五人になる。

「あなた、この前、言ってましたよね? 三十一番街の“南瓜頭パンプキンヘッド”という酒場で不気味なブギーマンを見たと……」

「ああ……ああ」

 “南瓜頭パンプキンヘッド”は、ぼくたち銀鷲騎士団のたまり場だった。

 しかし、アメリアは言う。

「このバトンフィールドの三十一番街に、“南瓜頭パンプキンヘッド”なんていう酒場はありませんよ。金獅子遊撃隊が拠点にしていたのは三十一番街の“秋風亭”という酒場です」

「嘘だ……嘘だ……」

「グレイヴ村のゴブリン退治を請け負った金獅子遊撃隊のメンバーは四人」

 アメリアは右手の指を折りながら、彼らの名前を詠んでゆく。

「……リーダーの戦士ボリス、司祭のゴドウィル、斥候のソゾ、そして魔術師のフィオナ」

 そして、その質問を口にした。


「あなたは、いったい誰なんですか?」



 この瞬間、すべてを思い出した。

 あのとき、沼地の畔でが発した言葉。


 『ミレアなんて知らない 』


 『私はミレアじゃないッ!』



 ああ、そうだ……。

 彼女は、ミレアではなかったのだ。

 そして不気味なブギーマンの正体は、このぼくだ。

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