五話 イケメンは悪天候も味方につける


 馬車から降りた瞬間、もの凄い雨と雪があたし達に襲いかかってきた。お陰で瞬く間に全身ずぶ濡れである。ちくしょう!


「ぶべら! な、なんなのこの雨と雪と風は」

「おい、ぼけっとするな」

「ちょっ、おま……何でそんなにクールビューティー出来てるわけ?」


 視界さえ遮られる状況なのに、リンドウは濡れた黒髪をかきあげてムーディーに決キメている。やっぱりイケメンってすげーなぁ!


「今日は普通の雨と雪なんだからマシだろ。魔界では、血の雨や墨汁の雪とか色々降ってくることもあるからな」

「そうかすげーな。……何言ってんだあんた」

「無駄話は後にしろ。これが祭壇だ」


 リンドウが指差す方を見やる。祭壇と聞いていたので、やたら大きくて荘厳なものを想像していたが。

 目の前に現れた祭壇は、白い石で組まれたシンプルな代物だった。祭壇の中央に台座があり、掲げられるような形で灰色の球体が設置してある。球体の大きさは、あたしの頭と同じくらいだろうか。


「ねえ、直すってどうするの? っていうか、そもそも何で壊れちゃったの?」

「見る限り、意図的に破壊されたような痕跡はない。本来は、この宝玉が緑色に輝いている筈なんだが……正直、お前が魔王城に来る前に壊したのかと思っていたが」

「残念、身に覚えはありません!」

「それなら、自然に壊れてしまっただけだろう。宝玉が無事で助かった。これなら、この場ですぐに修復出来る。気が散るから、邪魔だけはするなよ」


 そう言うとあたしに背を向けて、リンドウが宝玉に両手を置いた。目を閉じて、雨風に耐えながらぶつぶつと呪文のようなものを唱え始める。流石に何て言っているのかはわからない。

 仕方ない、邪魔しないでおこう。


「……うーん、暇だなぁ」


 少しだけ祭壇から離れ、辺りを注意深く見渡す。ここは魔王城から少し離れた平原であり、見晴らしが良い場所だ。街道からは距離がある為に、人が立ち寄ることは少なそうだ。

 そして、森や山も遠い為に魔物がわざわざやって来ることも無さそうだ。

 

「ふう……こういう天気の時って、どうしても前世のことを思い出しちゃうんだよねぇ」


 思わず、空を見上げて呟く。前世の私が生きていた地域では災害が多く、こういう悪天候の時は何度も怖い思いをした。

 だから、どうしても思い出してしまう。前世のあたしのお父さんお母さん、友達や近所の人達は元気かなぁ。災害にあったりしてないかなぁ。

 あ、上司はちょっと痛い目を見た方が良いと思います。


「……おい」

「あーあ、久しぶりにジャンクフード片手にゲームがしたい。据え置きハードの、ガッツリしたRPGがやりたい。ピザとポテトとコーラでデブ活しながらゲームしたい。高校のジャージで化粧もなんにもしない状態で一週間くらい引き篭もって一気にクリアしたい」

「おい、聞いてるのか勇者」

「うわっ、びっくりした! 何、どうしたの?」

「それはこっちの台詞だ。空を見上げたまま、アホ面で何をしている?」

「え、アホ面してた? マジで?」


 いつの間にか、リンドウが仏頂面であたしの前に立っていた。驚いた、いつの間に。流石はシュリが見込んだ将軍だわ。仕事が早い。いやー、すごいなー!

 ……うん、ただ単純にあたしが気を抜きまくっていただけですわ。


「……護衛なら、少しは護衛らしくしろよ」

「う……ご、ごめん。修理は終わったの?」

「ああ」


 うぐぐ、ド正論だから何も言い返せない。ここは素直に謝りつつ、リンドウの肩越しに祭壇を見やる。

 先程までその辺の石のような灰色だった球体が、美しく淡い翡翠色に輝いている。自ら発光しているのだろうか、こんな天気の中でも輝いて見えるなんて幻想的だ。


「わあ、きれい」

「この祭壇は、世界を構成する四元素を司っている。東の祭壇は風だ」

「四元素って、火と土と水と風?」

「よく知ってたな」


 感心したように、リンドウが言った。ふっ、ゲーム知識凄いっしょ。


「祭壇はそれぞれの元素が多い場所に設置してある。今はよくわからないだろうが、ここはいつも気持ちが良い風が吹いているんだぞ」

「そうなんだ。でも、なんかちょっと風が和らいだ気がするよ」


 雨と雪は相変わらず容赦なく叩いてくるが、風はなんだか暖かくなったように感じる。寒さと冷たさで感覚麻痺してきたかな?


「で、どう? これで防御魔法とやらは直ったの?」

「いや……これは、どういうことだ。まだ完全ではないぞ」

「あ、見て。さっきの子達が帰ってきた!」


 空から花弁のようにひらひらと舞い降りてくるのは、リンドウの使い魔達だった。三人ともあたし達の目線まで降りてくると、それぞれ踊るようなアクションで何か訴えている。

 かわいいなー! でも、黄色の服の子が何だか一際焦っているように見える。


「む……北の祭壇に何かあったらしいな」

「北ならそんなに遠くないんじゃない?」

「ああ、馬車でならすぐだ。行くぞ」


 リンドウの後を追って、馬車へと乗り込む。あっという間に景色が移り変わり、今度は黒々とした森の中へとやって来た。

 生い茂る木々のおかげか、雨風が多少は凌げるものの。昼間とは思えないくらいに薄暗くて、不気味だ。

 そして、リンドウが指差した先にあったものも不気味だった。不気味の極みだった。


「おい、見てみろ」

「うわ、何あれ! 超デッカイ蛇!」


 祭壇自体は東の祭壇と全く同じだった。ただ、宝玉を囲むようにしてとぐろを巻いている巨大な白い蛇が居た。祭壇からはみ出しそうな程に大きいから、目の前に居るのに何て言うか現実味がない。

 それに、白い蛇ってなんか縁起が良さそう。


「……お前、蛇も平気なのか」

「え、何? 何で引いてるの?」

「まあ良い。ここの宝玉も灰色になってしまっているな、あの大蛇が齧ったりぶつかったりしたのかもしれない。ここの祭壇は土を司っていて、周りよりも温かいんだ。加えて、この辺りは木々が茂っていて雨風が凌げるからな。嵐を凌ぐには絶好の場所だ」

「そうなんだ。それで、どうするの? 今は寝てるだけみたいだけど」


 大蛇といえば、噛み付いてきたり締め付けてきたりと何かと危険な生き物だ。しかも魔界の大蛇なのだから、何をしてくるかわからない。

 でも、かと言って傷つけるのは何だか嫌だ。可愛そうだし、縁起が悪そう。


「……巻き付いている大蛇の隙間を縫って、祭壇に近づくこと自体は出来そうだ。ついでに、祭壇自体の強度も上げておけば雨宿りの役目も果たせるだろう」

「うーん、でも。もし大蛇が起きちゃったら」

「そうならない為に、お前はこのハープを弾いていろ」


 ぽん、と手渡されるそれ。片手で抱えられる程の小さなハープだ。うっすら七色に輝く綺麗な楽器に、ほえぇと変な声が出た。

 よくエルフが持ってるやつだ。でも、ユウギリが持っていたところで全然似合わないだろうな。


「それは魔物だけを眠らせる魔法のハープだ。それが鳴っている間、魔物は深いねむりにつく。俺が修理を終えるまで鳴らしていろ」

「え……で、でも。あたし、ハープなんて弾いたことないよ!?」

「音さえ鳴っていれば良い、適当に弾いていろ」


 そう言って、リンドウはひょいひょいと大蛇の身体の隙間を縫って宝玉まで行ってしまう。

 魔法使いキャラって打たれ弱かったり、体力がない印象があったけど。逞しいな、あいつ。


「て、適当で良いなら……」


 とりあえず、ぽろんぽろんと適当に指で弦を弾いてみる。温かみのある綺麗な音だ。なるほど、これなら大蛇もすやすやだ。

 何より、ハープだなんてファンタジーど真ん中なアイテムじゃん! 前世に実在してたけど、馴染みなんかなかったし。

 はー。なんか、感動! これだけで美しさと教養のステータスが上がったわ。


「…………」

「ていうか、リンドウまだ?」

「…………」


 うわ、無視された。集中してるのかな。でもさっきはあっという間に直してたのに、今回はやけに苦戦しているようだ。

 ハープで寝かしつけているとはいえ、まあまあ怖いから早くして欲しいんだけど。


「……おい」

「うん? なに、どうしたの」


 つかつかと、リンドウが近付いてくる。何だろう、宝玉はまだ灰色のままだ。


「お前……いい加減にしろよ。その音、気が散る」

「な、何よ。あんたが適当に弾いてろって言ったんじゃない!」

「だとしても、限度があるだろ! 何だその不協和音!? 集中力がゴリッゴリに削がれる!」

「仕方ないじゃない! ハープどころか、まともに楽器なんか触ったことさえないんだから!」


 この世界では剣の修行ばっかりだったし、前世でもリコーダーくらいしか吹けなかったし。でもせっかくだし、なんならちょっと思い出したアニソンとか弾いてみようと頑張ったけど! 

 これは無理だわ! どうにもなりません!


「くそ、これは耳栓するしかないな」

「そんなに!? ていうか、そもそもあんた集中力なさすぎなのが悪いんでしょ。受験生でもファミレスの騒音の中で勉強するくらいなんだから、もっと頑張りなさいよ!」

「シュルシュル」

「ぐ……! お前、人が気にしていることを……。一回本気で思い知らせてやろうか」

「上等じゃない! 変な音出して威嚇するなんて良い度胸ね。その頭の角、圧し折って……うん?」

「何だ、急に暗くなった……あ」


 うーん、しまった。すっかりハープを弾く手が止まっていた。それに、こんなに傍でギャンギャン騒いでたら起きるよね。うん。

 しゅるしゅると怪しげな息を吐き、長い舌を覗かせながら。巨大な頭をもたげて、ぎょろりとした目で大蛇があたし達を見下ろしていた。

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