第3話 宝石さん

 うん……こいつは思ってた第一印象より、だいぶ変わった奴だということは分かった。



 それにしても俺は、このまま彼女のパンケーキ代になってしまうのか?

 宝石として宝石商に売られ、そこから今度は誰かに買われて……。


 だが良く考えてみれば、それも悪い流れではないかもしれないな。

 自力で動けない今、誰かに運んでもらわなければ、この場から移動出来ない訳で。


 実際、俺に宝石としての価値があるかどうかは分からないが、これは外の情報を得られる良い機会かもしれない。


 それからの事はまず、ここを出てから考えよう。そうしなければ何も始まりそうにないからな。


 という訳で決めたぞ。



 さあ、俺をどこへでも持って行け。



 と言っても聞こえてないだろうが。


 現に彼女の意識は未だパンケーキの虜になっていて、焼き立てのそれを想像しているのか、洞窟の天井に目を向け恍惚の表情でいた。



 どんだけパンケーキ好きなんだよ!

 いいから、さっさと持ってけ!



 そんな心の声が通じたのか、彼女はようやく真顔に戻る。



 そうそう、それでいいんだよ。



 少女は俺のことを見つめ直し、そのままその場に屈む。




 ……ん?




 そして、俺を――




 地面にそっと置いた。





 ちょっ!? なぜ置いた!? おいっ!


 俺がいくら叫ぼうが彼女に伝わるはずも無い。


 こうしてる間にも彼女は踵を返し、元来た洞窟の入り口へと帰って行こうとしている。



 なんだよ、俺を売るんじゃなかったのか?


 パンケーキをたらふく食うんじゃないのか?


 さっきまでの浮かれっぷりは何だったんだよ!



 離れてゆく小さな革靴を見ながら俺は思った。



 くそっ、このチャンスを逃してたまるか。

 こんな場所に、いつまた人がやってくるかなんて分からないんだからな。


 だが、そうは言っても、どうする?



 今の俺に彼女を引き止める術は無い。

 あるのは己の中に存在する魔力のみ。



 そう――魔力。



 お……そうか。魔力か。



 内心で笑む。

 やはり魔法は俺を裏切らないな。


 魔法そのものは使えなくても、さっき自分の姿を把握した時のように魔力の流れは操作出来る。


 だったら、この魔力そのものを目一杯、内側から押し当てて周囲の空気を振動させれば、取り敢えずのアクションは起こせるはず。



 よし、やってみるか。



 俺は早速、魔力を体の中心に集める。

 そのまま一つの点になるくらいまでギュッと圧縮し、力を溜める。

 あとはそいつを一気に解き放つだけ。



 さあ――――伝われ!



 魔力が全方位に向かって放たれ、硬い体の表面が振動する。

 その振動は空気へと伝わり、洞窟全体を共振させる。


 地下水で出来た水溜まりに波紋が広がり、壁に這っていた小さな虫たちが蜘蛛の子を散らすように暗がりの中へと逃げてゆく。


 そして、突風にも似た衝撃が少女の横を駆け抜けた。



「っ!?」



 彼女は思わず立ち止まり、振り返る。

 その顔には焦りと怯えが混在していた。



「な……ななななななっ、なんですかっ??」



 彼女は、この狭い空間に於いて不自然な空気の流れに違和感を覚えたようだった。



「も……ももっ、もももももしかして……お化け!? お化けなのですか!?」



 違えよ! 


 つーか、いつも妖精とか精霊とかと戯れてるエルフが、お化けにビビってどうする!



「や、やっぱり……あの宝石は……何か邪悪な霊を封印していたものだったのですね……。私が不用意に取り上げてしまったせいで封印が解けて…………あわわわ……」



 だから違うっつーの!



 それに実際そうだったとしても、封印なんてのはそんな簡単に解けるもんでもないだろ。しかも勝手に邪悪扱いされてるし。



 そうしている間にも彼女は震えながら後退りしていた。

 小さな物音でもすれば、それが切っ掛けとなって今にも逃走しそうな状態だ。



 やべ……ただの切っ掛け作りのつもりが、驚かせただけになっちまった。

 このままじゃ折角のチャンスを逃しちしまう……。


 俺の中に焦りが広がり始めた時だ。


 どんな心境の変化があったのか、彼女が突然、慌てたように引き返してきたのだ。

 しかし、その表情からは怯えた様子は消えていない。


 俺に恐る恐る近付くと、目の前に屈み込む。

 あとは何かを探るように、じっとこちらを見つめていた。


 そして勘付いたように――、


「……思った通りでした。元あった場所からちょっとズレた所に置いてしまったから、お化けさんが怒ってしまったのですね……。ということは……やっぱり……元に戻さないといけませんかね……」


 そんなの関係ねえ!


 と俺は言いたかったが、彼女はそう思い込んでいるようで、躊躇しつつも俺に手を伸ばそうとしていた。


 これが彼女にこちらの意志を伝える最後の機会だろう。

 だから今度は失敗できない。


 とは言っても、慎重に物事を考えている時間は無い。


 やはりここは魔力に頼るしかないだろうな。

 それが俺らしくもある。


 ぶっつけ本番だが、これ・・に賭けてみるか。



 魔力感応に。




 人は体の内部の魔力で、外部の魔力である四大元素エーテルを感じ取り、魔法を操作している。

 だったら魔力の塊である俺だって、彼女に感じ取ってもらえるはずだ。


 だから彼女が俺に触れた時、その魔力に言葉を乗せて送れば、こちらの意志が伝わる可能性が高い。


 ただ、この世界の魔法理論も前世の世界と同じということが前提だが。


 まあ、それがどうであれ、今の俺には試す以外の選択は無い。


 俺は再び魔力を集め始めた。

 今度は先程のように強い力は必要無い。

 彼女が俺に触れた瞬間、僅かな量の魔力を流すだけでいい。


 こうしている間にも彼女の手が近付いてくる。

 警戒しているのか、触れるか触れないかの所で指先が泳ぐ。


 次は、びっくりさせないように慎重にやらないとな……。


 彼女は俺のことを人差し指で二、三回つんつんした後、何も起きないことを確認すると、両手で包み込むようにして、そっと持ち上げる。



 よし、今だ。



 タイミングを見計らって魔力を放出した直後だった。


 ってか、なんて言えばいんだ……?

 今更だが、何も考えてなかったぞ……。


 と、とにかく友好的に! それが大事だ!



 ということは……。




『こ……こんにちは……?』


「……」



 ファーストコンタクトとしては間違ってない台詞だが、もうちょっと何かあったんじゃないかと後悔する。


 だが、これで彼女の脳内に直接、俺の声が響いたはず。


 さあ、どうだ?


 事の成り行きを見守る。

 すると、彼女は俺を手にしたまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。



 ん? 伝わってない?



 上手くいかなかったのか?

 なら、もう一度。


『あー、あー……聞こえるだろうか? もし俺の声が聞こえていたら、何らかの反応を示してもらいたいのだが?』



「……」



 駄目だ……失敗に終わった。

 俺は一生この洞窟で過ごさなければならないのか……。


 苔生した自分の姿を想像して、不安が募り始めた時だった。


 彼女は瞠目した直後、



「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


『のわぁっ!?』



 甲高い悲鳴と共に、仰け反りながら転倒したのだ。


 その拍子に俺は宙に放り投げられた。

 空中でグルグルと何回転かして、気持ち悪くなる。


 感覚機能があるってのも難儀だな。


 そんなことを思っているうちに、俺の体は地面に打ち付けられる。


 それ相応の痛みを覚悟して待ち構えていたが――、

 地面に落ちたにしては衝撃が弱く、妙に柔らかな感触がある。


 ここは……もしや……。


 見ればそこは、彼女の腹に上だった。


 腹の上を辿った先に、頭を押さえて苦悶の表情を浮かべている彼女の顔が見えるので間違い無い。


 そんな彼女は、まだ痛みも引いていないというのに、両手を顔の前で組んで必死に謝り続けていた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ちょっとパンケーキに目が眩んだだけなんです! ここ数日、なんにも食べてなくて……だからその……あの……祟らないで下さいっ!」


『誰が祟るかっ!』


「えっ……?」


 彼女はゆっくり上体を起こすと、辺りをキョロキョロと見回す。


『ここだ! ここ!』


 再度訴えると、ようやく理解したのか、きょとんとした顔で俺を見つめてきた。


 そして彼女は首を傾げながら、呟く。



「えっと…………宝石さん??」


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