第5話 このエルフ、魔力無しにつき


 彼女が何を言っているのか分からなかった。



 魔力は生命体である限り、誰の中にもあるものだからだ。


 特にエルフに至っては、生まれながらに強力な魔力を有している種族でもある。

 転生したこの世界では、その理が違うのかとも思ったが、彼女は先程の〝死者は魔法を使えない〟云々の質問に同意を示しているので、そういうことでもなさそうだ。


『そんなはずはないだろ。元々魔法が不得意な人間だって、鍛錬すれば種火や明かりに使用する程度の火の魔法は扱える。俺は、その程度の魔法でいいって言ってるんだ』


「いやあ、その程度も《・・・・・》私には無理です」

『どういうことだ?』


 尋ねると、ほんの僅かだが間が空いたような気がした。


「私、生まれながらに体内の魔力がゼロなんです」

『え……』


「だから自前の魔法は当然のこと、四大元素エーテルにも干渉できないんですよ」

『そんな事って……あるのか?』

「ええ、とても珍しい体質みたいで」


 俺は彼女の手の上に乗ったまま、改めてその姿を見回し、疑問を感じる。


『だが……見た所、エルフ族のようだが? エルフといえば元来魔法が得意な種族だろ』

「ええ、普通は《・・・》そうですね。ですが……なんと言うか、突然変異的な存在なんでしょうね。どういう訳か生まれつき魔法が使えないんです」

『だとしたら、魔法が日常的に使われているエルフの世界では結構大変なんじゃないか?』


「それがみんな、いい人達ばかりで、困ることはあまり無かったんですよ。でも、このままお世話になってばかりじゃいられない、何か私にも出来る事があるはず、そして今度はみんなに恩返しがしたい、そう思って自分探しの旅の出た訳なんですけど…………実際、出発してみたら早々に道に迷ってしまい、そのうちにだんだんお腹も空いてきて、そういえばもう三日も何も食べてないなーなんて思ってたら、なんだかヘトヘトになってきて、とりあえずどこか休める場所はないかって探してたら……この洞窟を発見、今に至るって感じです。てへっ」


 彼女は舌を出して、仄かに頬を染めた。


『てへっ、じゃないだろ。てへじゃ』


 初めて彼女を目にした時、草臥れた印象を受けたのはそのせいか……。

 衣服や髪のズタボロな感じは相当荒れた場所を通ってきたに違い無い。


 しかし、気になる。

 彼女の言っていることが本当のことだとしても、おかしな点がある。


 ただの石である俺が、今、彼女と会話出来ているのは魔力を同調させているからだ。


 完全に魔力が無い体質ならば、そんなことは出来ないはず。

 だが、目の前の彼女が嘘を言っているようには見えない。


 ちょっと……試してみるか。


『なら、本当に何も無いのか、お前の中を探らせてもらってもいいか?』

「えっ!? 中って……えっ、えええ!? でも……急に言われても……ここ数日、お風呂にも入ってないし……心の準備とか……そういうのが……」


 彼女は顔を赤く染め、動揺し始める。


『なっ……何を勘違いしてるんだ! 俺は魔力を探らせて欲しいって言ってんだよ』

「あ……なるほど。でも、そんな事って出来るんですか?」


『今の俺は、お前と魔力で同調している状態だ。だからこそ、こうして会話出来ている。それも普通は魔力を持っていなければ出来ない芸当なんだが……それはまあ今は置いといてだ……。この同調状態を利用して、お前に魔力があるのかどうかを調べる。あまりに少量過ぎて自覚が無いという場合もあるからな。その可能性も無きにしも非ず』


「ほっ、本当ですかっ! 私にもまだ可能性が!?」


 突然、彼女は俺のことを強く掴んでがぶり寄ってくる。

 基本的に動作がゆっくりな感じの彼女にしては、結構な勢いだ。


 てゆうか、近い! 近い!


『ちょっ、落ち着け! 調べられんだろが』

「あ……す、すみません……」


 彼女は少しばかり、しゅんとなる。


『じゃあ準備はいいか? とは言っても特にお前がやることは無いが』

「え? あ……はっ、はい! いつでもどうぞ!」


 彼女は俺を両手で包み込むと、冷たい地面の上で畏まったように座り直す。


『行くぞ』

「……はい」


 緊張状態の彼女をさておき、俺は魔力の流れに沿って相手の中へと意識を探り入れた。


 するとすぐに、とある光景が見えてくる――。



『これは……』



 そこは空洞だった。


 彼女の意識の中にある空間。

〝魔力の器〟とも呼ばれている場所だ。


 だが――そこには何も無かった。

 一粒の魔力の粒子さえ漂っていない。



 こんな状態の奴は初めて見た……。



 しかし、俺にとっての初めては、もう一つあった。

 これだけ巨大な空間は見たことが無いということだ。


 魔法使いのようにそれを生業としている人間の魔力の器は、手の中に収まるボールくらいの大きさが一般的だ。それが魔法が堪能なエルフであっても、せいぜい一抱えほど。


 なのにも拘わらず、彼女の器は天球状に広がっていて、地平の果てが確認できないくらいまで伸びている。

 俺自身の意識も、その天球の中で、まるで星空でも眺めているかのような気分になっていた。


『おっと……思わず見入ってしまった』


 俺は意識を元に戻すと、改めて彼女のことを見据える。


『見てきたぞ』

「えっ、もうですか?? で……どうでした?」


 彼女は食い入るように俺のことを見てくる。



 ぬぉっ……!?



 彼女の顔の近さに動揺しつつも、淡白な感じで伝える。


『何も無かった』

「で……ですよねー……」


 彼女は肩をガックリと落とし、非常に分かり易く落胆していた。

 そして納得した感じの苦笑いを見せる。


 しかし――俺は伝えなきゃいけない。

 あんなものを見せられたら、そういう衝動に駆られるのも当たり前だ。


『だが、面白いものを見させてもらった』

「面白いもの……ですか?」

『ああ、俺がお前と同調出来ている理由が少し分かった気がする』

「??」


 彼女は何の事だか分からないといった様子。

 しかし、気にせず続ける。


『そういえば、まだ名前を聞いてなかったな』

「私ですか?」

『他に誰がいる』

「えっと……エルナ。エルナ・ブラーシュです」


 唐突に名前を聞かれたことに戸惑いを見せる彼女。

 偶然か、必然か、俺はこの出会いに感謝していた。


 再び、あの感覚に触れられることへの喜びに、この硬い体が打ち震える。



『エルナ――お前、魔法が使えるかもしれないぞ』

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