第2話

ゆめのつづき

 この国には「闇」がある。それを手にすると、なんでも願いが叶うのだという、不思議な力が。誰も見たことも触れたこともない。

 しかし、それは確かに存在するのだ。




 この街の路地は、細く入り組んでいる。

 昼間でも薄暗く、妖しさと古い歴史の空気を漂わせていた。

 そこに、一軒の店があった。

 看板はない。宣伝もしていない。

 目印は、オレンジ色のランプだけ。

 路地に面した壁に、四角い窓と木の扉が一つずつ。扉には、20センチ四方の覗き窓があるが、小さなカーテンがかけられていて、中を見ることはできない。

 店を表すものは、扉の除き窓の内側にかけられた、「Open」の文字を記した白い木札だけ。木札の端には、「闇の在処についてはお答えいたしません」という注意書きがある。

 ここでは、魔術を使った情報提供をしていた。

 主は、黒目に黒髪の小柄な少年だった。

 いや、少年の外見をした「黒樹こくじゅ」と名乗るモノ。

 最近、この店には客が増えた。

 忙しくするつもりも、多く稼ぐつもりもない黒樹こくじゅにとって、それは、迷惑極まりないことだった。

 扉につけられた鈴が、リンと鳴る。

 ため息をついて、椅子から立ち上がり、後ろのラックに置いているコーヒーメーカーからコーヒーを注いで、座り直す。

「はぁーー」

 もう一度、深く息を吐いた。

 コーヒーを味わおうと口につけかけて、黒樹こくじゅは、カップをテーブルに戻した。

 いつもは浮かべる愛想笑いも浮かばない。

 クールな表情のままで、リンと鳴る扉の鈴の音を聴いていた。

「ただいまー」

 入ってきたのは、長身の明るい空気を纏う男だった。雰囲気をそのまま表したような、明るい色の茶色い長めのショートの髪と、同じ色の瞳。

かえで、そこ玄関じゃないって、何回言うの?」 

 かえでと呼ばれた青年は、片手に光を浴びるとキラキラ反射する、銀色の保冷バッグを持っていた。

「急いでたんだって。近道した結果なの。むしろ誉めて」

 最近ここに居候をし始めた彼を、黒樹こくじゅは、何故か追い出せないでいた。

 同意をして始まった居候ではない上に、黒樹こくじゅは、人との付き合いどころか関わりが苦手だった。仕事上の短時間ならともかく、生活を共にするなど、イライラして仕方ない。

 なのに、かえでがここに居座り始めて、1週間が経とうとしている。

 黒樹こくじゅは、どこまでも冷たい視線を、かえでに送った。そして、その後ろにも。

「で?それ、なに?」

 かえでは、後ろに、一人の少女を連れていた。

「あぁ、客。路地で迷ってたから、連れてきた」

 人のいい笑顔でそう答えて、かえでは、彼女の背中に手を添えて室内へと促した。

 そう、最近この店には客が増えた――――かえでのせいで。

 かえでは、頼んでもいないのに、客を連れてくる。しかも、ピンポイントでこの店を探していたという人に出会い、やんわりと知り合いになって連れてくるのだ。

ゆめちゃん、どうぞ」

 かえでは、少女を丸テーブルへと促した。椅子を引き、座るのを待つ。

 肩にかかる柔らかな髪は、黒に近い茶で、瞳は、楓と同じ明るい茶色。雰囲気は、明るく活発に感じる。15か16歳くらいの少女だ。

 かえでに言われるまま、椅子に座ったゆめは、正面にいる黒樹こくじゅをじっと見つめた。

「いらっしゃい。捜し物?」

 黒樹こくじゅもまた、ゆめをじっと見つめた。探るように、じっと。

 ゆめは、静かに一冊の本をテーブルに置いた。それは、子どもによく聞かせる、この世界に伝わる伝説の話、お伽話だ。

「この話の、顛末が知りたいの。話の続き」

 一瞬の間の後、黒樹は、置いたままだったコーヒーに口をつけた。

「作者に聞けば?」

 梦の方を見もしないでそう告げて、カップを置くと、「ふぅ」と軽くため息をついた。

「お代はいいよ。それじゃあね」

 さっさと追い出そうとすると、自分の後ろにいたかえでから、抗議の声があがった。

「ちょっと?!お客様だけど?!」

「とけるよ、それ」

 抗議には答えず、冷たく見上げると、楓はハッとして奥の住居スペースへと消えていった。

 視線を戻すと、ゆめは、強い意思を込めてこちらを見つめていた。

「まだ何か?」

「本の作者になら、もう聞いた」

「へぇ。見た通りの行動力だねぇ。なら、解決してるんじゃない?」

「してないから、ここにいるの。これは、昔から言い伝えられてる話だから、顛末も続きも何も、これ以上はないって」

 黒樹こくじゅは、面倒くさいと言いたげにため息をついた。椅子の背に凭れかかったまま、体を起こそうともしないで、冷たく彼女を見る。

「だから、解決してるじゃないか。顛末も続きも何も、それ以上はないんだよ。どこを探そうともね」

 ゆめは、黒樹こくじゅの言葉を聞いて、むくれ顔で俯いた。

「ととが、あるって言ってた……」

「とと?」

「おとーさん……」

 黒樹こくじゅは、深いため息をついた。

 住居スペースと店とを分ける扉が、無遠慮に開いた。

 かえでが機嫌よく戻ってきて、黒樹こくじゅを余計に苛つかせた。キッと睨みつけると、なぜかニコッと笑顔を返された。

「どう?物語の続きは見つかりそう?」

 かえでが、ゆめに声をかけると、残念そうに眉尻を下げて首を横に振った。

「楓、」

 厳しい声音で、黒樹こくじゅが呼ぶ。そちらを見ることもなく。

「何をどう言ったのか知らないけど、ここは、万能のなんでも屋じゃないんだよ?ないものは、探せないの」

 かえでは、更に明るい笑みを浮かべ、黒樹こくじゅの肩にポンと手を置いた。

「何言ってんだよ。お前に探せないものなら、俺は連れてこない」

「やるのは、僕なの。なに、そのワケわからない自信。ゆめだっけ?キミも、粘ってたって答えは変わらないんだけど?」

「探してや……――」

「ヤダ」

 かえでの言葉を遮って、黒樹こくじゅが応える。

 ゆめが、テーブルに置いたままだった本を手にして、悲しげに立ち上がった。

「……ありがとうございました」

 俯いてそう言って、ゆめは紙幣を一枚テーブルに置くと、店を後にした。

 扉の鈴が、リンと、寂しげに鳴った。

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